私用Gmailで公文書を隠した:ファウチ氏の元側近が認めたコロナ行政の闇

コロナ禍をめぐる議論では、「研究所流出説か自然起源説か」という対立ばかりが注目される。しかし、もっと手前に重大な問題がある。

米国立アレルギー感染症研究所(NIAID)でアンソニー・ファウチ元所長の下、所長室上級顧問を務めたデービッド・モレンス氏が8月18日、コロナウイルス研究助成をめぐる政府記録を情報公開から隠そうとした共謀について有罪答弁した。

問題は、どちらの起源説が正しかったかではない。国民に「科学を信じろ」と求めた政府機関の内部で、その科学行政を後から検証するための記録が意図的に隠されていたことである。

「研究所流出説」は証明されていない。しかし有罪答弁は事実だ

2026年8月18日、米司法省はデービッド・モレンス氏が「米国に対する犯罪の共謀および詐欺の共謀」について有罪答弁したと発表した。

モレンス氏は2006年から2022年までNIAID所長室の上級顧問を務めた。パンデミック期のNIAID所長は、米国のコロナ対策の「顔」となったアンソニー・ファウチ氏である。

今回の事件を「研究所流出説が証明された」と理解するのは間違いだ。

SARS-CoV-2の起源は現在も確定していない。米情報機関の評価も割れており、FBIは研究所由来を支持し、CIAも低い確信度ながら研究所由来の可能性が高いとしている一方、複数の情報機関は自然感染を支持している(出典:Reuters)。

しかし、モレンス氏が情報公開制度を回避するために政府記録を隠そうとしたことについて有罪答弁したという事実は、それとは別問題である(出典:米司法省)。

ここを混ぜてはいけない。

むしろ起源が確定していないからこそ、この事件は重大なのである。

私用Gmailを使った理由

事件の中心にあるのが、米国の情報公開法FOIA(Freedom of Information Act)だ。

司法省によれば、NIHは「Understanding the Risk of Bat Coronavirus Emergence(コウモリ・コロナウイルス出現リスクの解明)」という研究助成を打ち切った。

この研究費はNIAIDからEcoHealth Allianceに交付され、武漢ウイルス研究所(WIV)にも再助成されていたことはNIH自身の資料で確認できる(出典:NIH RePORTER)。

研究費打ち切り後、モレンス氏らは助成復活を支援するとともに、新型コロナウイルスが研究所から流出したとの見方に対抗しようとしていた。

ここまでは、それだけなら政策や科学上の議論ともいえる。

問題はその先だ。

司法省によれば、彼らは自分たちの通信がFOIAによる情報公開請求の対象になることを予想していた。

そこで公式のNIHメールではなく、モレンス氏個人のGmailを使い、通信を意図的に公衆の目から隠すことを文書で合意していたという(出典:米司法省)。

私用Gmailでは、

  • 非公開のNIH情報の交換
  • 研究費を再び得るための働きかけ
  • NIH幹部宛て文書の修正
  • 「Senior NIAID Official 1」へのバックチャンネルでの情報提供

などが行われた。司法省によれば、これらはいずれもモレンス氏の公務に属し、本来は政府システム上に作成・保存されるべき連邦記録だった(出典:米司法省)。

単に「仕事のメールをうっかりGmailで送った」という話ではない。

後から国民に見られることを予想し、見られない場所へ移した。

そこが本件の核心である。

ワインと「自然起源」を主張する論考

さらに驚く記述が司法省発表にはある。

モレンス氏は、共謀者との間で違法な利益供与についても共謀したことを認めた。

司法省によれば、共謀者からモレンス氏にワインが贈られ、その理由として「舞台裏での工作」を意味する表現が使われていた。そしてモレンス氏が、その贈り物に「値する」公的行為として挙げたのが、著名医学誌にCOVID-19の自然起源を支持する科学論評を書くことだったという。

さらに共謀者からは、パリ、ニューヨーク、ワシントンのミシュラン星付きレストランでの食事など、将来の利益供与も提案されていた(出典:米司法省)。

この部分は慎重に読む必要がある。

これによって自然起源説そのものが間違いだったことになるわけではない。科学的仮説の正否と、研究者や行政官の行動の適否は分けなければならない。

しかしだからこそ、利益相反と記録の透明性が必要なのだ。

ファウチ氏本人の犯罪が認定されたわけではない

そして重要な留保がある。

今回有罪答弁したのはモレンス氏であって、ファウチ氏ではない。

AP通信も、ファウチ氏はモレンス事件では起訴されていないと明記している(出典:AP通信)。

司法省発表にはモレンス氏らが「Senior NIAID Official 1」にバックチャンネルで情報を提供したとの記述があるが、その人物を発表文では実名で特定していない(出典:米司法省)。

したがって、今回の有罪答弁だけを根拠に「ファウチ氏が隠蔽を指示した」と書くことはできない。

しかし、ファウチ氏が38年間率いたNIAID、その所長室で長年上級顧問を務めていた人物について、こうした行為が明らかになった以上、組織として何が起きていたのかを検証することは当然だろう。

個人の有罪・無罪とは別に、科学行政のガバナンスの問題が残る。

「科学を信じろ」ではなく、科学を検証できるようにせよ

コロナ禍では世界中で「専門家を信じろ」「科学を信じろ」という言葉が繰り返された。

私は、この言葉には以前から違和感がある。

科学は信仰ではない。

科学が科学であるのは、疑い、検証し、反証できるからだ。

行政も同じである。

どの研究に公金を出したのか。誰が誰と相談したのか。どの仮説を支持し、どの仮説を退けたのか。その判断に利害関係はなかったのか。

政策判断が正しかったと言うなら、なおさら記録を残せばいい。

ところが今回、米国の感染症行政の中枢にいた人物が、その検証に必要な政府記録を情報公開から隠す行為に加わったことを自ら認めた。

それでも司法制度が動き、刑事事件になり、有罪答弁にまで至った点は米国らしいともいえる。

では、日本はどうなのだろうか。

コロナ禍の専門家会議、ワクチン政策、行動制限、医療提供体制、巨額の公費支出について、「誰が、いつ、何を根拠に決めたのか」を後から第三者が再現できるだけの記録は残されているだろうか。

そして、その記録を本気で掘り起こそうとしている政党や議会は存在するだろうか。

これは次稿で検討したい。

ファウチ氏やモレンス氏個人を悪者にして終わる話ではない。

巨大な権限を専門家に与えるなら、それと同じだけ巨大な検証可能性を社会は要求しなければならない。

「専門家を信じろ」の前に、まず記録を残せ。

それが、今回の事件から日本が学ぶべき最低限の教訓ではないだろうか。

【出典】

 

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