凡人がハイスペと長く付き合えない理由

黒坂岳央です。

「自分より格上の人と付き合いたい」という人は、いつの時代も多い。

これは婚活だけの話ではない。ビジネスにおける人脈形成についても、まったく同じことが言える。「ハイスペックな人と付き合えば、自分も得るものがあるのではないか」そう考える人は多いだろう。

しかし、問題はその先だ。一度は会うことができても、2回目がない。一緒に仕事をしても、次の仕事には呼ばれないということが起こる。ハイスペとの関係は「始める」より「続ける」ほうが難しい。

筆者自身をハイスペとは思わないが、数々のハイスペと人たちと仕事をしてきた。高学歴のエリート、フォロワー100万人以上のインフルエンサー、資産50億円以上のお金持ちなどである。

今は「なぜ凡人はハイスペとは長続きしないか」がかなり解像度高く分かるようになった。持論を述べたい。

努力についての考え方

ハイスペックな人と話していて、しばしば感じるのが「努力している感覚が薄い」ということである。彼らは普通の人からすると真似できないような努力の継続を息を吸うようにする。

たとえば「資産形成に興味を持った。入金力が全てと理解し、転職、起業で年収を上げた。毎月100万円投資を続けて今資産3億円を作った」みたいな話をする。

この場合、「資産形成に興味を持ち、入金力が重要と分かる」というところは普通とまったく同じだが、普通の人が「節約して少しずつ蓄財」という行動に対して、彼らはリスクを取って転職や起業という行動に出る。

これを実現するためのプロセスにはとてつもない努力が必要だが、彼らはそれを「目標達成をする必要な行動ならやるだけ」という感覚なのだ。

ハイスペとは努力で人生を切り開いた人種だ。彼らにとって努力は当たり前であり、「努力できるのも生まれつき」と何もしない人を「怠慢」と解釈する。だから普通の人とは話が合わない。

「普通」の基準値が違う

人間関係が長続きしなくなる最大の原因の原因が「普通」の違いである。

誰しも人は自分が普通にやっていることを、他人も普通にできると思ってしまう。だがハイスペックの「普通」は、世間一般からすると普通ではないことが多い。

仕事はクライアントからもらっている給料分は労務サービスとして返すのが常識とか、会話する時は相手にリスペクトを持って適切な距離感を保つべきと考える。自分の価値を引き上げたいなら、早起きしてスキルアップ、市場価値を高める努力をするといったものだ。

こうした行動を、ハイスペは「特別な努力」と認識していないことがある。自分にとっては当たり前の光景だ。だが、人間には感情や価値観があまりにも違う。人によってはどれかは頑張ればできても、難しいことだってあるだろう。

人によって能力や事情が違うのは当然だ。しかし問題は能力そのものではなく、「それをやろうとすることを普通だと思うか」である。

ハイスペにとっては「この人は、なぜ行動しないのか」という疑問が生まれるが、逆に凡人側からすると、「なぜこの人は、そこまでやるのだろう」となる。

最初は能力差がなかった関係でも、時間とともに「経験してきた世界」の差が広がる。

自立を強く求める

誤解されやすい事実として、ハイスペは必ずしも相手に高収入や高学歴を求めるわけではない。むしろ重要なのは、自分の人生を自立して生きているか?である。

年収300万円でも、自分なりに目標を持って努力している人なら何も思わない。自分自身、」昔は大した力も収入もなかったが、会社の役員に「君を課長にしたい」と引っ張ってもらったり、独立を志すと先輩経営者から「君の会社から注文してあげるよ」と応援してもらったりした。

これは「自立したい、上昇したい姿勢」を買ってもらったのだと思っている。今の筆者も上を目指して頑張る人を見たら、その人を特別に応援したいという気持ちになる。

その逆に、年収や地位が高くても、「会社が悪い、社会が悪い」みたいに感謝を忘れて愚痴を言い続けている人はハイスペほど嫌う。「だったら転職やら起業すればいいのでは?」となるからだ。彼らは自分よりスペックが低いことを嫌うのではなく、自立しようとしない人を嫌うのだ。

ハイスペからすると、自分の人生だけで忙しいのに、依存心が強い人と関わると足手まといになる。自分の人生だけで精一杯なのに、他人の人生まで背負わされる関係を好む人は少ない。

問題に対する考え方の違い

普通の人は、問題が起きたときに「我慢する」「愚痴を言う」「誰かに相談する」ことで気持ちを処理することが多い。「自分がなにかやっても変わらない」という諦めを持っている人も少なくない。

だが、ハイスペックな人は、問題を「解決すべき課題」として扱う傾向が強い。たとえば収入に不満があるなら、「会社が悪い」と愚痴を言うのではなく、転職や起業する。

自分自身がこれと同じ事を考えたことがあった。サラリーマンの頃、職場によっては愚痴や不満を言う人が多いと感じていた。みんな会社や上司の悪口をいうが、具体的な行動は何もせず我慢して働いていた。一方で余暇時間でスキルアップして転職していくのはいずれもその職場のエース社員ばかりだった。

このテーマについては筆者はハイスペ側と同じ感覚を持っている。自分は愚痴・不満は大嫌いである。昔、若い頃に不満を言う人に「それなら環境を変えればいいだろ」というと、「あのな、自分では変えようがないことだってあるんだ。オレは問題解決を求めてない。腹立つから聞いてほしいだけなんだよ」と返されてしまった。

だが愚痴不満をいうなら根本解決をすればいいと思う。愚痴をいっても明日は変わらない。そして変わらないと思い込んでいることが思考停止であり、今やり方を知らないだけで具体的に解決する方法は世の中いくらでもある。

もちろん、本当に努力ではどうしようもない課題はある。たとえば病気とか事故による障害は努力では超えようがないこともある。だがそれも愚痴とぃう形で周囲にぶちまけるのは違う。言うにしても愚痴という形ではなく、「自己開示」という形にしない姿勢を敬遠される。つまり、内容ではなく伝え方が良くないという話だ。

ハイスペと2回目に会うにはハイスペになることではない。自立して相手の負担にならないことだ。「会って損をした」と思わせる人は当然もう会ってもらえないが、「会って楽しく話ができた」となればまた会いたいと思ってもらえるものであり、それには類まれなく才能よりとにかく相手の負担にならないことが最重要だ。

これは何もハイスペ専用のコミュニケーション術ではない。誰にとっても同じで、テイカーだってテイカーは大嫌いなのだ。

2026年7月、全国の書店やAmazonで最新刊絶賛発売中!


Z世代を甘やかすな」(著:黒坂岳央)

アバター画像
働き方・キャリア・AI時代の生き方を語る著者・解説者
著書4冊/英語系YouTuber登録者5万人。TBS『THE TIME』など各種メディアで、働き方・キャリア戦略・英語学習・AI時代の社会変化を分かりやすく解説。

コメント投稿をご希望の方は、投稿者登録フォームより登録ください。

コメント