国際刑事裁判所(ICC)の裁判官らに対する米国の経済制裁は、現代社会における「アメリカの力」が軍事力だけではないことを浮き彫りにしている。
経済制裁というと、「米国内の資産を凍結される」といった措置だけを想像しがちだが、米国は世界経済の中心である。クレジットカードが止まり、銀行口座が使えなくなり、GmailなどのITサービスから締め出されるのだ。

赤根智子氏への制裁は日本にも他人事ではない
トランプ政権は2025年2月、大統領令14203号によってICC関係者への制裁を開始した。ICCが米国やイスラエルの関係者に管轄権を行使することを、米国の主権を侵害する行為だと主張している。大統領令は、制裁対象者への資金、物品、サービスの提供を原則として禁止している。
この「サービス」が恐ろしい。ICC関係者を取材した報道や国際刑事裁判所連合(CICC)の報告書によると、制裁対象となった裁判官らはクレジットカードを失い、米国外の銀行口座まで閉鎖された。Google、Apple、Amazonなどのアカウントが使えなくなったケースもある。
ペルー出身のルス・デル・カルメン・イバニェス・カランサ裁判官の場合、ICCとは無関係の娘まで米国ビザを取り消され、Googleなどのアカウントが閉鎖されたという。Gmailを利用できなくなった事例も報じられている。
銀行口座を凍結するだけなら昔からある経済制裁だ。ところが現在は、生活そのものが米国企業のデジタルインフラの上に乗っている。
AlexaもKindleも使えなくなった
さらに象徴的なのが、カナダ出身のICC裁判官キンバリー・プロストのケースだ。制裁対象に指定されるとクレジットカードが利用できなくなり、自宅で使っていたAmazonの「Alexa」まで応答しなくなった。
また購入した電子書籍が端末から消えたという。ICCのカリム・カーン検察官も銀行口座を閉鎖され、MicrosoftからICCのメールアカウントを停止された。
別の裁判官はApple IDを停止され、iCloudに保存していた写真などにアクセスできなくなった。Uber、Netflix、Airbnb、Booking.com、PayPalなどのアカウントも閉鎖された例が報告されている。フランス国内のホテルをExpediaで予約しようとして、米国の制裁を理由にキャンセルされたケースさえある。
つまり米国から追放されるのではない。世界のどこにいても、生活の中から「アメリカ製品」がなくなるのである。
米国企業が世界のインフラになった結果
なぜこんなことが可能なのか。ドル決済だけなら、ドルを使わなければよい。しかしVisaやMastercard、Google、Microsoft、Apple、Amazon、Meta、PayPal、Uber、Airbnbなど、世界の日常生活を支える巨大サービスの多くは米国企業である。
さらに怖いのは、米国企業だけが動くとは限らないことだ。欧州の銀行なども米当局との関係悪化を恐れ、本来必要とされる範囲以上に取引を停止する「過剰順守(over-compliance)」を起こす。実際、ICC関係者は欧州の銀行からも口座を閉鎖されたと報告している。
米政府が世界中の企業に直接命令しているわけではない。それでも「米国の制裁に触れるかもしれない」というだけで企業が自主的に制裁対象者との関係を切る。これこそ米国の経済制裁の本当の威力である。
われわれの生活は「アメリカ製」
8月18日にはトランプ政権が、ICC所長を務める日本人の赤根智子氏と上級法廷弁護士アブドゥライ・セイ氏を新たに制裁対象に加えた。米国側はICCによる米国・イスラエル関係者への捜査を主権侵害としている一方、日本政府は赤根氏への制裁を「極めて遺憾」と表明した。
もちろん、米国がICCに管轄権を認めておらず、その活動に強い反発を持つことには米国なりの論理がある。しかし問題は、その対抗措置の射程である。
裁判官の米国内資産を凍結するだけではない。銀行、カード、メール、クラウド、スマートフォン、ネット通販、ホテル予約、配車サービスに至るまで、世界中の日常生活を止める力を米国は事実上持っている。
われわれはGoogleやAmazon、Appleを便利な民間サービスだと思っている。しかし国際政治の局面では、その巨大なデジタル基盤そのものが米国の力になる。
「アメリカに制裁される」とは、ニューヨークの銀行口座が凍結されることではない。米国の経済制裁が恐ろしいのは、世界最大の経済大国だからだけではない。私たちの日常生活そのものが、想像以上に「アメリカ製」だからである。







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