
(前回:私用Gmailで公文書を隠した:ファウチ氏の元側近が認めたコロナ行政の闇)
2023年、日本政府は前国立アレルギー・感染症研究所長(当時)アンソニー・ファウチ氏に旭日重光章を授与した。
それから3年。ファウチ氏は米上院公聴会で自己負罪拒否特権を100回以上行使し、上院委員会は司法省に刑事訴追を求めた。元側近のデービット・モレンス氏は、COVID-19関連記録を隠すため政府を欺く共謀に加わったとして有罪を認めている。
誤解してはいけない。ファウチ氏本人は2026年8月23日現在、起訴も有罪判決も受けていない。
だからこそ今、先に聞いておきたい。
仮に将来、ファウチ氏が米国で有罪になったら、日本政府は旭日重光章をどうするのだろうか。
日本には、実刑確定によって実際に勲章を取り上げられた人物がいる。池袋暴走事故の飯塚幸三氏である。
一方、戦後には東京大空襲を指揮したカーチス・ルメイ将軍に勲一等旭日大綬章を贈った歴史もある。
功績と問題行為は切り離すのか。それとも、後から国家的顕彰を取り消すのか。
日本の勲章は、いったい何を評価しているのだろう。
ファウチ氏をめぐる状況は明らかに変わった
2026年7月29日、ファウチ氏は米上院国土安全保障・政府問題委員会の公聴会に出席した。
COVID-19の起源や研究資金などについて問われ、憲法修正第5条に基づく自己負罪拒否特権を100回以上行使した。
8月6日には同委員会が議会侮辱決議を可決し、ランド・ポール委員長は司法省に訴追を求めた。もっとも、この委員会単独の紹介にどこまで法的効力があるかには異論があり、ファウチ氏は現在も起訴されていない。
さらに8月18日には、NIAIDでファウチ氏の上級顧問だったデービット・モレンス氏が、COVID-19関連の政府記録を情報公開制度から隠すための共謀について有罪を認めた。
Morens氏の事件でも、ファウチ氏本人は訴追されていない。ここを混同してはいけない。
それでも状況が平穏とは言い難い。8月21日にはReutersが、連邦・州レベルでの調査に対応するため、ファウチ氏側が法律防御基金を設立したと報じている。ファウチ氏側は一連の追及を否定している。
日本政府はファウチ氏の何を評価したのか
ここは意外に重要である。
日本政府はファウチ氏を「コロナ対策の功労者」として叙勲したわけではない。
2023年4月29日の在米日本大使館発表によれば、旭日重光章の功績は「日本・アメリカ合衆国間の医学協力の促進及び関係強化に寄与」したことだった。
NIAID所長として50年以上続く「日米医学協力計画」を発展させ、「日米バイオ・ディフェンス・プログラム」を推進したことが具体的に挙げられている。
つまり、日本政府が評価したのは人物のすべてではない。
日米関係の中でファウチ氏が果たした役割を切り出して評価した。
ここで思い出すのが、カーチス・ルメイ将軍である。
東京を焼いたルメイにも日本は勲章を贈った
第二次世界大戦末期、ルメイは日本本土への戦略爆撃を指揮した。
ところが日本政府は1964年12月7日、ルメイに勲一等旭日大綬章を授与した。理由は、戦後の航空自衛隊育成への貢献だった。叙勲には社会党や広島県労などから反発が起き、国会でも問題になった。

東京大空襲から、まだ19年しか経っていない。
私は今でも、この判断には疑問を持つ。航空自衛隊への協力に謝意を示す方法は、最高位級の勲章以外にもあったはずだ。
ただ、日本政府の論理は分かりやすい。
戦争中に何をした人物かという評価と、戦後の日米関係に何をした人物かという評価を切り離したのである。
そして、その翌1965年には佐藤栄作首相とリンドン B. ジョンソン大統領の会談を基礎として「日米医学協力計画」が始まった。

約半世紀後、その計画への貢献がファウチ氏への叙勲理由になった。
ルメイとファウチ氏を人物として同列に置くつもりはない。
比較しているのは、日本政府の行動である。
ところが日本には「後から取り上げる」制度もある
ここで話が複雑になる。
日本には勲章褫奪令という現行法令が存在する。
現在の第1条では、勲章を持つ者が死刑または拘禁刑に処せられた場合、勲章を褫奪すると定めている。
さらに第2条には、刑の執行猶予や懲戒免職だけでなく、
「素行修ラス帯勲者タルノ面目ヲ汚シタルトキ」
にも、事情に応じて褫奪できるという規定がある。
つまり、勲章は一度与えれば永久に保証されるわけではない。
実例が飯塚幸三氏である。
飯塚氏は旧通産省工業技術院長などを歴任し、2015年に瑞宝重光章を受章した。
しかし池袋暴走事故で禁錮5年の実刑判決が確定すると、2021年9月17日付で瑞宝重光章を褫奪された。内閣府賞勲局も当時、「返上ではなく、褫奪」と説明している。

ここが重要だ。
飯塚氏が工業技術行政などで挙げた過去の功績そのものが、事故によって消滅したわけではない。
それでも日本国としての顕彰は取り消された。
ならば、功績と後の行為は常に別問題とは言えないことになる。
では、ファウチ氏が有罪になったらどうするのか
ここで2023年の旭日重光章に戻ろう。
仮に将来、ファウチ氏が何らかの刑事事件で起訴され、有罪判決が確定した場合、日本政府はどうするのだろうか。
飯塚氏と同じように褫奪するのか。
それとも、
「旭日重光章は日米医学協力への功績に対して贈ったものであり、別の刑事事件とは関係ない」
とするのか。
さらに難しいのは、外国の裁判所による判決をどう扱うかである。
勲章褫奪令そのものは受章者の国籍を明示的に区別していない。一方、施行細則を見ると、判決をした官庁や検察官などから賞勲局へ書類を送るという、日本国内の司法・行政手続きを前提とした仕組みになっている。
外国人受章者が外国で有罪になった場合、どの条項をどの手続きで適用するのか。
少なくとも、国民が容易に確認できる明快な説明は見当たらない。
叙勲には入口がある。しかし外国人叙勲の「出口」は見えにくい。
外交で贈った勲章なら、褫奪も外交になる
さらに厄介な問題がある。
内閣府自身、外国人叙勲には二種類あると説明している。
国賓の来日や外交官の離任時などに行われる「儀礼的色彩の濃い叙勲」と、日本との友好増進などに顕著な功労があった外国人への叙勲である。
そして、どちらも外務大臣の推薦に基づいている。

外国人叙勲に外交的性格があることは、制度上も隠されていない。
ならば逆の問題が生じる。
外交的意味を持って贈られた勲章を褫奪することもまた、外交的意味を持ってしまう。
2023年にファウチ氏を顕彰した時の米国はバイデン政権だった。
2026年現在はトランプ政権であり、トランプ大統領自身がファウチ氏を訴追すべきだとの考えを示している。
仮に将来、有罪判決まで出た場合、日本政府が旭日重光章を維持すれば、それも一つのメッセージになる。
褫奪すれば、それもまたメッセージになる。
だからといって私は、「トランプ政権に配慮してファウチ氏の勲章を取り上げろ」と言いたいのではない。
むしろ逆である。
外交の都合で贈り、外交の都合で取り上げるのであれば、勲章とは人物の功績を評価する制度なのか、その時々の国家関係を示す外交小道具なのか分からなくなる。
「過去は過去」で済ませるのか
日本政府がファウチ氏に旭日重光章を授与した2023年時点で、COVID-19の起源や研究資金をめぐる論争はすでに存在していた。
それでも日本政府は、その人物全体ではなく、日米医学協力への功績を評価した。
その判断自体は理解できる。
だが、国家的顕彰にはもう一つの問題がある。
授与後に重大な事実が判明した場合、誰が、どんな基準で再評価するのか。
飯塚幸三氏には褫奪制度が作動した。
ルメイには「功績と過去を分ける」という判断が働いた。
では、ファウチ氏ならどうなるのか。
2026年8月23日現在、ファウチ氏は犯罪者ではない。刑事責任が確定した人物であるかのように扱うべきではない。
しかし、だからこそ今のうちに制度の側を問える。
旭日重光章を授与した理由は公表されている。
ならば、国家的顕彰を後から再評価する基準も、公表されていてよいのではないか。
勲章に入口があるなら、出口にもルールが必要である。
ファウチ氏をめぐって問われているのは、本人の好き嫌いだけではない。
日本の勲章とは、誰のために、何を評価し、いつまでその評価を保証する制度なのか。
ルメイ叙勲から60年余り。
そろそろ、その問いに答えてもよい頃ではないか。







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