老人ホームほど嫌な響きはない、と老人ホームを経営する私が言ってしまってはおしまいですが、書いて字の如く、老人ばかりが集まるホームなのだからそこに住めば「まだ元気だ」と思っている人も「ようこそ老人クラブへ」となり、一気に老け込むのであります。ただし、もう長く老人生活をしている人には老人の仲間が増えるわけで明るい日々になり得ます。

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この手の報道や書物を読んでいると「いざという時のために早めに入居した」という話をよく耳にします。ライブハウス「ロフト」を経営していた平野悠氏の著書「超高級老人ホーム入ってみた」はその典型です。お金があってまだ元気なうちに千葉県の鴨川に周りの風景とは一線を画する異世界の新築ホームに入所金6千万円を払って生活をしたその手記のような本であります。老人ホームに入所を考える人は一読したらよろしいかと思います。平野氏は最後ブチ切れて退所します。要は生活がつまらないのです。南房総と聞けば暖かそうで海も見えていいよね、ですが、それは観光客の目線であり、平野氏のように刺激的なライフを送ってきた人には耐えがたい静寂だったのでしょう。
ある程度の年齢になり絶対に必要なものは病院とスーパーマーケットです。少なくとも都会でなくても地方都市でもある程度街に近ければ病院もあり、スーパーもあり、宅配の選択も可能であります。つまり最低条件は満たします。では次に必要なのは何か、と言えばどうやって時間を潰すかであります。
歳をとると同じぐらいの年齢の人はやれ体が動かない、今日は調子が悪いとなり出不精になりがちで自分だけ元気でも遊んでくれる人はだんだん少なくなるものです。奥さんが相手をしてくれればまだ幸せですが、上述の平野氏は別居状態ですから会話どころか顔すら合わせていません。となれば朝から図書館の開館前に並び、一目散に新聞コーナーに行き、各紙を舐めるように読み、どうにか午前中を過ごすわけです。今日、誰かとしゃべった?と聞いても「一言もない」という人も多いでしょう。
結局私から見ると老人ホームの期待値とは話し相手とか自分に近いコミュニティ探しという面もあると思います。みんな暇ですからね。ところが閉鎖的で限られた人的関係の中で平野氏が苦しんだのはこの部分。つまり村社会の縮図なのだけど皆違う人生を歩んできていて価値観も人生経験も住んでいたところも何もかも違う人が年寄りになってから集まってきて「初めまして」なのです。そんなにウマが合うわけないのです。「あの人とはやってられん!」、これが往々にして起きる問題であります。
私どもが経営するグループホームの入所者の平均年齢は90歳を超えています。逆に訪問介護をして、もう在宅介護は無理という人が最後の最後に選択するという発想です。つまりできるだけ在宅で頑張ってほしいというのが介護事業を長年やってきた社長のポリシーであります。これは私もいたく同意します。
日経に特集があり、「『終のすみか』の現実(上)老人ホーム 手届かぬ東京 入居費1000万円、4割上昇」、「高級シニア向け施設、入居一時金2億円超 住んでいるのはどんな人?『終のすみか』の現実(中)」とあります。このタイトルだけ読んでおなか一杯という人もいるでしょう。日経もなんで金銭面だけにフォーカスしているのか、もっと取材力を見せてほしいと思います。
お金がある人は1億円でも2億円でも老人ホームで散財してくださって結構なのです。だけど、99%の人には無縁の世界であり、そんなSF小説のような記事を書かれても誰も読みたくないのです。むしろ、一番知りたいのは老人ホームに入るべきかどうか、これが最大の課題であり、知りたいところです。
私が平野氏の書籍を一目散に読んだのは彼の入所に対するモチベーションと退所するまでの葛藤を知りたかったわけで、グループホームを経営する者として非常に参考になりました。私どものグループホームはデイリープログラムがあり、皆さんが参加し、テレビを見る時も一緒に見ています。では入所者だけでコミュニティが成り立っているか、と言えばそれは無理。半ば認知症の方もいらっしゃるし会話が展開しないのです。ではなぜ、我々のホームは皆楽しそうで元気にしているかと言えばスタッフがその仲介役になっている部分はあります。つまり入所者だけではコミュニティが自立しないけれどスタッフがデイリープログラムから食事、寝起きから夜の見回りまで皆さんの状況を把握しながらしっかり支援し、皆さんと会話することが元気の素なのだと思います。
高級老人ホームの受付にはまるで一流オフィスの受付嬢と見間違えるようなきれいな方が鎮座して笑顔で「おはようございます」と天使のほほ笑みをしてくれるところもあるでしょう。私どものところではみな同じエプロンして臨戦態勢で(耳が遠い人も多いので)デカい声で笑いながら「〇〇さーん」とまるでサザエさんの家のようなにぎやかさです。
老人ホームに入って感じてもらいたいのは「生きる」という意識を持てるかどうか、これがポイントだと思います。いくら高級でもいくら居住面積が広くてもいくら食事が豪勢でも「暮らす」という部分が充実していなければ1億円の価値は全くないのです。これが私の目線から見た老人ホームに求めることであります。
では今日はこのぐらいで。
編集部より:この記事は岡本裕明氏のブログ「外から見る日本、見られる日本人」2026年8月25日の記事より転載させていただきました。






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