今回のコラムの見出しは少々グロテスクな面があるが、イランで大きな反響を呼んだ出来事だから、その話を紹介する。
イランの最高指導者アリ・ハメネイ師は2月28日、米イスラエル軍の空爆を受けて他の幹部たちと共に殺害された。話はその出来事の数日前、ハメネイ師は詩を書き、側近にペルシャ語の詩をアラブ語に翻訳してほしいと要請した。その直後、ハメネイ師は爆死した。国営メディアはハメネイ師の死を神格化し、「ハメネイ師は自身の殉教を予め知っていた」という神話を作り、流した。ここまでは独裁国家ではよくあることで取り立てて言うことではない。

自身の死を予言する「詩」を書いたといわれるイラン最高指導者アリ・ハメネイ師、IRNA通信
イランのメディアはハメネイ師の詩を「奇跡の詩」と讃える報道を繰り返したが、問題はその後だ。一般の読者やネットユーザーがその詩を精査したところ、恐るべき仕掛けが発覚したのだ。ペルシア語で書かれたその詩の各行の最初の文字(頭文字)を上から順番に繋げて読むと、22文字からなる以下の文章が浮かび上がってきたのだ。man Ali Khamenei zadeh-ye Sheytanam、「私はアリ・ハメネイ、サタンの息子」という文だ。
偶然では絶対にあり得ない文章が浮かび上がってきたのだ。、最高指導者を蔑視、冒涜した内容だ。イラン現政権をあざ笑う反体制派の活動家か、内部の反乱分子がハメネイ師の作品を偽装してメディアのチェックをすり抜けさせて、自爆させたのか。
慌てたのは、ハメネイ師の詩を「奇跡の詩」として報じたイラン国営メディアだ。この出来事はあっという間に拡散され、大騒ぎとなった。国営メディアは該当する詩の記事を削除したことはいうまでもない。
ハメネイ師の「詩」に隠されたメッセージがあることを最初に気が付いたのは、海外のイランメディア「イラン・インターナショナル」だ。アラシュ・ソフラビ記者は20日、「ハメネイの予言と称賛される詩はアクロスティック詩:『サタンの誕生』という見出しで、「殺害の数日前、アリ・ハメネイ師は翻訳者に詩を渡したと、ある高官の聖職者は語る。イランのメディアはこれを、彼自身の殉教の予言として報じた」というのだ。
ところで、「イラン・インターナショナル」によると、「この話は、アフヴァーズの元金曜礼拝指導者であり、専門家会議の元メンバーであるモハンマド・アリ・ムサヴィ・ジャザエリ氏によるもので、今週ペルシャのソーシャルメディアで拡散された動画だ」という。ジャザエリ氏は、この話をフーゼスターン出身のアラビア語詩人アッバース・ハズバヴィ氏から聞いたという。
先ず、アクロスティックについて説明する。文学の世界で「アクロスティック(折句 / おりく)」と呼ばれる技法で、きわめて知的な情報戦、言葉遊びだ。日本語の「縦読み」は、文字を上から下に並べるため比較的容易に気づくが、ペルシア語は「右から左」に横書きする言語だ。詩を普通に読む(右から左へ視線を動かす)と、各行が美しい宗教的な韻律や表現で満ちていた。しかし、各行の「右端(=行の始まりの文字)」だけを上から下に縦につなぎ合わせると、全く別の文章が現れる仕組みになっている。
この仕掛けは古典的だ。ペルシアの詩人たちは、伝統的な韻律でモヴァシュシャー(movashshah)と呼ばれるアクロスティックを何世紀にもわたり使い、連続する行の冒頭文字に名前や献辞を隠した。22文字が文法文を形成するのは偶然ではありえない。誰かが意図的に作った、という結論になる。
ハメネイ師の詩が辿った経路を振り返ると、最高指導者の執務室を通り、翻訳者の手に渡り、ハメネイの名のもとに印刷された。そして彼の崇拝者によって公表された。ここまでは「ハメネイ師の敵」の関与の痕跡はまったくない。
ハメネイ詩を神聖化したいイランの国営メディアはさまざまなとこころで、その詩を掲載した。具体的には、ILNA(イラン労働新聞)、日刊紙「ハムシャフリー」、ハバール・オンラインなどで掲載され、イランのメディアはハメネイ師が自身の死を予言していたと解釈していった。例えば、ILNAのバージョンは「殉教までの瞬間を数えた指導者」と題された。もちろん、その記事はその後削除された。
ソフラビ記者は「誰だったのかは未解決のままだ。イラン・インターナショナルはジャザエリの証言、ハズバヴィの証言、詩の作者を検証できず、ハメネイが詩を書いたという証拠もない」と述べ、正直に報告している。「指導者の家の中の誰かがこれをやったのか」、「ハメネイ師の周囲の誰かがこれを手配したのかもしれない」と憶測する声も聞かれる。
ある読者は事件の核心にある逆転劇を重視する。曰く「彼ら(ハメネイ師の崇拝者)は奇跡を見せたかった。彼(ハメネイ師)は実際に自分の殉教を予見したのだ。ただし、彼らが証拠として使っている詩自体が逆を言っていたのだ。彼(ハメネイ師)はサタンから生まれたという」と解釈している。
ちなみに、ハメネイ師を「悪魔の息子」と表現したのは以前にもあった。最近では、今年1月、駐イスラエルのマイク・ハッカビー米大使はXの投稿でハメネイ師を「真のサタンの息子」と呼んでいた。
ハメネイ師の支持者たちが「奇跡の聖句」として賞賛して拡散していた詩の正体が、実は指導者を「悪魔の申し子」と罵る強烈な反体制メッセージだったという、イラン情報戦における最大級の皮肉なスキャンダルとなったわけだ。
編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2026年8月25日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。







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