怒りに任せてDSをぶん投げた母、息子とどうなった?

(前回:5歳児の放った「くそばばぁ」が母のHPを削りきった件

結論から言う。物を壊しても、なにも解決しない。

とはいえ説教として聞かされたところで誰の心にも刺さらない。『子どもにくそばばぁと言われた人が読む本』の著者・毒子氏がすごいのは、これを完全に自分の敗北として書いている点である。

子どもにくそばばぁと言われた人が読む本』(毒蝮毒子 (著)、ぱおっち (編集) Kindle版)

時はニンテンドーDS全盛期。持っていない子のほうが少なかった時代だ。クリスマスプレゼントとして買い与えた——買い与えたのは、母である。ここ重要。あとで効いてくる。

ある日の夕方。DSに没入している長男に声をかける。ガン無視。もう一度。ガン無視。必要な用件を何度伝えても電波が届かない。親のHPがじりじり削られていく。

そして、ぷつん。

母「こんなものがあるからいけないんだ!!」

DSを取り上げ、思い切り放り投げた。ガシャン。壁に激突。画面にヒビ。電源を入れても、うんともすんとも言わない。完全沈黙。

……いや、買い与えたのあなたですよね。著者自身、そこにちゃんと注釈を入れている。「自分で買い与えておきながらどの口が」。分かっているのが人間で、分かっていてもやるのが親である。

問題はここからだ。息子の顔。著者はこう書く。「家族を殺した犯人をにらみつけるような顔」。

重い。比喩が、重い。

そして壊れたDSを確認したときの絶望的な涙。今まで一度も見たことのない憎しみの表情。

「お母さんなんて大嫌い!」
「ウオオ〜〜〜〜〜!」

聞いたことのないうめき声とともに、家出。小学5年生である。

母は追わなかった。よちよち歩きの下の子の風呂の時間と重なっていたし、今追えば火に油だと判断した。近所の公園か学校のグラウンドだろうと当たりをつけ、のん気に妹を湯船に入れて待つ。暗くなり始めた頃、息子は帰ってきた。ホッ。

……ホッ、じゃないんだよなあ。いや分かる。分かるけども。

代償は明快だった。修理してもデータは戻らない。しかも高い。結局、新しいDSを買い直すはめになる。自分で買ったものを自分で壊し、自分で買い直す。著者はこれを「アホな親(泣)」と切り捨てる。失ったのは金とデータと、たぶん信頼だ。

章のタイトルにある通り、この話には有名な前例がある。ブログに息子のゲーム機を壊したと書いてバッシングを受けた高島ちさ子氏の件だ。著者は当時それを見て、逆に安心したと書いている。どこの家庭も似たようなことをやっているのか、と。「子育てしたことないやつがきれいごと言うんじゃねー!」という一文まで置いてある。炎上は「そんな親がいるのか」という驚きで燃え広がるが、当事者から見れば珍しくもなんともない。そういう話である。

ただし、著者は開き直らない。章の末尾に置かれた教訓はこうだ。

「ものを壊しても意味ないし、怒っちゃ負けよ」

厄介なのは、この一件のあと「前より母の声をきいてくれるようになったかな」とも書いてしまっている点で。効いてしまっているのだ。効いてしまったからこそ、直後に「怒っちゃ負け」と自分に釘を刺す。この順番に、この人の誠実さがある。

なお、高島氏の件について本書は時期も詳細も書いていない。あくまで著者の記憶と受け止めとして書かれている。そこだけは押さえておきたい。

※ここでは、本編のエピソードをラノベ調コラムに編集し直しています。

尾藤克之(コラムニスト、著述家、作家)

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