日本の「財政敗戦」はすでに進行中だが、その被害者は気づかない

池田 信夫

日経新聞がまた高市内閣の財政政策を批判している。食料品消費税の減税は日米開戦のようなもので、2029年4月に増税できないと「財政敗戦」するという話である。

私も日本の財政が維持可能でないことには同意するが、今は日経のいうような財政破綻のリスクはない。2020年代に財政をめぐる状況が大きく変わったからだ。

日本政府の純利払い費は先進国では低い

その端的な例が金利である。かつてはゼロ金利で誰も気にしなかったが、最近は10年物で2.9%と上がってきた。これを日経は「市場の反乱」と恐れるのだが、実質金利では0.5%程度で、まだ国際的には低い。

これは新発債の金利であり、既発債も含めた平均クーポン率(利率加重平均)は0.98%である。これは借り換えで上がっていくが、名目成長率を上回る危険な水準になるのは10年ぐらい先だろう。

さらに日本政府は巨額の金融資産を保有しており、その受取利息を引いた純利払いでみると、日本はGDPの1.1%程度で、OECD平均の2.3%より低い(図1)。

図1(IMF Data Mapper)

2024年末貸借対照表では、一般政府の金融負債は約1442兆円だが、金融資産も約882兆円あるので、純債務は約560兆円である。利払いに関しては米国債の受け取り金利がドル高で大きく増えた。(Esri Japan)

年金基金を含むSNAベースでみると、日本はGPIFの受取金利が大きいので7300億円の受け取り超過である(上のIMFの基準とは違う)。少なくとも当面は、財政が利払いで行き詰まることは考えられない。

財政は健全化したが国民は貧困化した

インフレで名目ベースの税収も増える一方、インフレで実質債務は減る。だからインフレ税によって政府債務のGDP比は下がるのだ。ドーマー条件(r<g)も、rを純利払い率と考えれば、見通せる将来に破れることは考えられない。

これは名目債務のデフォルトという意味での破綻ではないが、2020年から政府の実質債務はインフレで15%も減った。これは実質債務のデフォルトであり、この意味での「財政敗戦」は今も進行中だ。

むしろ現在の日本で警戒すべきなのは、財政破綻ではなくインフレと円安である。高市政権の「積極財政」は財政を健全化するが、インフレで国民の預金や年金を目減りさせ、賃金を目減りさせる。

円安で日本人の賃金(ドルベース)は2010年から40%も下がり、G7で最低になった(図2)。いいかえればインフレ税は国民から政府への所得移転であり、財政というより日本経済が敗戦したのだ。

図2(小川製作所)

黒田日銀から始まった「インフレ税」

日本が突出して大きい政府債務を抱えながら金利が低かったことは世界の謎だが、その最大の原因は、1100兆円の銀行預金を実質マイナス金利で預けてきた預金者の貸しっぱなしである。これが変わらない限り、政府債務が膨大でも財政破綻の心配はない。

したがってゼロ金利の国債を銀行に買わせ、インフレで実質債務を踏み倒すインフレ税は巧妙な債務削減策であり、日銀の黒田総裁の時代から一貫しているが、インフレ税が通貨価値を毀損して円安をまねくことは避けられない。

最大の被害者は預金者と年金生活者と時給ベースの労働者だが、誰も気がつかない。高市政権が減税と金融抑圧でインフレ・円安を進めるのは、このような国民の錯覚を利用した財政健全化だが、減税に喜ぶ国民はそのコストを自分が負担していることを知っているのだろうか。

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コメント

  1. yuzo.seo より:

    財政破綻よりもインフレと円安を警戒すべきとのご主張には同意しますが、その原因と対応については、ちょっと考える必要がありそうです。
     
    提示された平均給与のグラフですが、実は、一人あたりのGDPとほとんど同じ傾向となっております。
     
    これらのデータはドルベースですから、ドル円のレートの変動に応じて上下します。しかし、ちょっと考えればわかるように、GDPは為替レートだけで決まるものでないのですね。GDPが為替レートだけで決まっているように見えるのは、円ベースで見た我が国のGDPがほとんど成長していないことの裏返しなのですね。
     
    我が国の円建てGDPは、実は、長期的には大きく変化しております。
     
    1960年代の日本は、所得倍増政策の下、年率10%近い経済成長を遂げております。続く1970年代も、環境問題やオイルショックが我が国を襲ったのですが、日本企業は世界に先駆けて対応し、低公害で優れた燃費のに本社が世界市場を席巻するなど、引き続き高いGDP成長率を実現しました。1980年代は、バブル経済という、病的な状況下ではあったのですが、引き続き高い成長率を続けたのですが、1990年のバブル崩壊とともに、この高い経済成長の時代も終焉し、1995年以降の経済成長率はほとんど0となっております。
     
    1970年までの我が国の成長は、戦後の焼け跡からの復興の延長線上ともいえるでしょうけど、1970年代の急成長は、明らかに日本企業の技術的優位性が国際競争に勝つ最大要因であったといえるでしょう。この背景には、資源環境問題にいち早く対応し、当時急成長した半導体技術をいち早くものにしたことがありました。
     
    一方、1995年以降の成長が停止した理由として、バブルの崩壊と金融危機の影響も無視はできないにせよ、技術面では情報通信技術の急速な進歩に乗り遅れたことが最大の要因と考えられます。そして、その背景には、我が国固有の固定した業界構造と、柔軟性に乏しい人事制度があったものと考えられるのですね。
     
    これらの背景を考えるとき、今日わが国のGDP成長率がほとんどゼロであり、給与も伸びない原因を、インフレと円安に求めることは、果たして妥当か、少々疑問に思えるのですね。むしろ、インフレと円安は、我が国の経済成長が停止している結果として生じているのであり、同じ経済成長の停止が給与が伸びない原因であると考えるのが妥当であるように私には思えるのですね。
     
    そしてなぜ我が国の経済成長が停止しているかといえば、最新の技術へのキャッチアップができていないこと、さらにその原因は、我が国の固定した業界構造と人事諸制度にある、そう考えるのが妥当ではないでしょうか。
     
    さらに、インフレと円安は、これら我が国の諸問題を解決する方向に作用するはずであり、金利引き上げなどで円高方向にドライブしてインフレを抑制することは、かえって日本経済を傷つける要因ともなりかねない、そのように私は危惧するのですね。
     
    結局のところ、これらの問題を解決する方向は、我が国の産業に国際競争力を取り戻すことであり、そのための技術開発が必要であること、技術開発がきちんとできる体制づくりと人づくり(研究開発推進をなし得る能力を持つ担当官庁官僚も含めて)も要求されるのではないでしょうか。これがすなわち、ジャパン・イズ・バックだと思うのですね。
     
    それを高市総理がうまくやってのけるかどうか、そこが問題なのですが。