消費税はいかにして「弱者から取る税」になったのか:導入前夜10年の政治言語史

島澤 諭

「低所得者」と「弱者」は同じではない。だが、日本の消費税論争は、両者を同じものとして語ることで成立してきた。

逆進性とは、所得の少ない人ほど所得に対する税負担率が高くなることを示す概念である。そこから直ちに、消費税が「弱者から取る税」だという結論が導かれるわけではない。現在所得が少なくても資産を持つ人はおり、所得が多くても重い家族負担を抱える人はいる。「低所得者」は所得による分類であり、「弱者」は政治が描き出した人間像である。

この区別を消したのが、消費税をめぐる政治言語だった。所得税が現在所得を得る人々を中心に負担を求めるのに対し、消費税は高齢者や資産を取り崩して暮らす人を含む全世代に負担を求める。その性格は、社会共通の費用を広く分かち合う公平ともなり得た。

ところが政治的に記憶されたのは、現在所得の少ない人にも負担を求めるという一面だった。逆進性は「低所得者への負担」となり、低所得者は「弱者」となり、消費税は「弱者から取る税」となった。

税の性格が変わったのではない。税を語る言葉が変わったのである。

本稿は、一般消費税構想が具体化した1978年から消費税導入に至る1988年までの国会論争をたどり、逆進性が「弱者から取る税」という政治言語へ変わった過程を明らかにする。

政府税制調査会は1978年8月に一般消費税特別部会を設置し、9月に一般消費税特別部会試案をまとめ、12月には「一般消費税大綱」を含む税制改正答申を提出した。一般消費税が具体的な政策案として姿を現したのが、この1978年であった※1)

以後、国会では「逆進性」という言葉が繰り返し用いられた。しかも、それを語ったのは消費課税の反対派だけではない。政府税制調査会の側も、逆進性が一般消費税をめぐる主要な問題となることを認識しながら、所得税への負担集中を改め、消費へ負担を広げる別の公平を提示していた。

したがって、当初の論争は、消費課税に逆進性があるかという事実認識だけをめぐるものではなかった。争われていたのは、誰の、どの時点の、何に着目して税負担の公平を判断するのかという問題だったのである。

政府税制調査会も認識していた逆進性

1979年2月28日の衆議院大蔵委員会は、その出発点を示している。

税制調査会長の小倉武一は、所得税への追加的な依存は中堅所得層への増税に結びつき、現実的にも公平の面でも限界があると説明した。そのうえで、「どうしても消費一般に対してこの際は税の負担をお願いするということにならざるを得ないのではないか」と述べた※2)

一方、一般消費税をめぐって、「いわゆる逆進性の問題でありますとかあるいは物価に及ぼす影響」が指摘されたことにも言及している※2)

ここでは、所得税への依存の限界と消費一般への課税の必要が語られる一方、逆進性が主要な問題となることも認識されていた。一般消費税構想は、逆進性を視野の外に置いて提案されたものではない。所得以外へ負担を広げる必要と、現在所得の少ない人にも負担が及ぶことを同時に意識した構想だった。

所得税への依存を強めれば、負担は現在所得を得る人々、とりわけ勤労世代へ集中する。消費一般に課税すれば、勤労世代に加えて、年金で暮らす高齢者や過去の蓄積によって消費する人にも負担が広がる。その一方で、現在所得の少ない人にも消費を通じて負担が及ぶため、年間所得に対する負担率では逆進性が現れる。

この時点で、逆進性は主として消費課税の負担構造を判断する政策上の概念として語られていた。しかし、そのわずか数カ月後には、逆進性を「弱者への負担」へ読み替える言葉が国会に現れる。

1979年6月14日、上田卓三が提出した「一般消費税導入の動きに関する質問主意書」は、一般消費税によって「逆進性」が一層増し、「弱者にはとてつもなく大きな税負担となる」と批判した。さらに、一般消費税は誰でも物を買えば一律にかかるとして、老齢者、障害者、寡婦、勤労学生などへの配慮を政府に求めている※3)

「逆進性」と「弱者への負担」は、1987年の売上税論争で初めて結びついたのではない。一般消費税構想が争われた1979年の段階で、すでに接続されていたのである。

二つの公平

1979年に逆進性と「弱者への負担」が結びつけられた一方、消費課税を公平と捉える政府側の論理も残っていた。この二つの公平が明示的に問われたのが、1981年の国会審議である。

同年3月27日の参議院大蔵委員会で、大木正吾は、税制調査会答申の「消費の実態に応じてより公平な負担を求めることが可能となる」という表現を取り上げた。そして、広く消費に着目する間接税を「社会的に公平」と受け取ってよいのかと質問した※4)

これに対し、大蔵省主税局長の高橋元は、個別消費税では特定の商品や産業部門に課税が偏り、資源配分を乱す可能性があると説明した。消費が多様化するなかで、法律によって課税物品を指定する方法では、新しい商品やサービスを十分に捉えられない。広く消費に着目する課税には、こうした個別消費税の難点を避けられるという意味があると答えた※4)

大木が「消費の実態に応じてより公平な負担を求める」という部分の意味を重ねて問うと、高橋は、法律で物品を指定する個別消費税には技術的に越えがたい難点があり、それが高級消費へ負担を求めることを妨げていると説明した※4)

ここには、後の消費税論争を貫く二つの公平が現れている。

一つは、現在所得の少ない人には軽く、所得の多い人には重い負担を求める公平である。この尺度によれば、所得が少ない人ほど所得に占める消費の割合が高いため、消費課税は逆進的な税として評価される。

もう一つは、特定の商品、所得、世代だけに負担を集中させず、消費という経済行為を広く課税対象とする公平である。この尺度によれば、消費課税は、現在所得を得て所得税を負担する人だけでなく、過去所得や蓄積した資産によって消費する人にも負担を求める税となる。

消費税は、年間所得に対する負担率では逆進性を持つ一方、負担者の範囲では所得税よりも広い。国会論争の底流にあったのは、逆進性の有無だけをめぐる対立ではない。所得に応じた負担と、消費を通じて幅広く分かち合う負担のいずれを公平の中心に置くかという対立だったのである。

1981年にはなお抽象的な公平論として語られていた対立は、1980年代半ばになると、消費課税の負担範囲の広さをどう評価するかという形で先鋭化した。

「すべての消費者が負担する」という逆進性

二つの公平の対立を鮮明に示したのが、1985年3月6日の衆議院大蔵委員会である。戸田菊雄は、間接税では納税者と実際の負担者が異なることを指摘し、次のように述べた※5)

「最終的にはいずれにしても消費者すべてに負担がかかる、こういう性格のものだと思うのですね。だから、そういう意味では非常に逆進性が強い、各般の欠陥というものが存在をするんだろうと思うのであります」

この発言は、本稿の問題を凝縮している。「消費者すべてに負担がかかる」という消費課税の広がりが、そのまま「非常に逆進性が強い」という評価へ接続されているからである。

消費するすべての人が負担するという性格は、高齢者を含む幅広い世代が社会共通の費用を分かち合うことを意味し得る。ところが戸田の言葉では、その広がりが、所得の少ない人にも負担を及ぼす逆進性の根拠として語られている。同じ「広く負担する」という性格が、一方では公平の根拠となり、他方では不公平の根拠となっていた。

これに対し、竹下登大蔵大臣は、税制調査会の中期答申に示された議論を紹介し、次のように答弁した※5)

「確かにある種の逆進性というものが存在しておる。しかしまた、これにつきましては税負担配分の累進性、逆進性は所得税との組み合わせ、さらには税体系や財政全体として判断すべきである」

竹下は続けて、一般消費税をむしろ比例的と捉える指摘にも触れている。竹下は、年間所得に対する負担率だけで評価する見方と、所得税を含む税体系や財政全体から評価する見方とを区別したのである※5)

消費課税を単独で取り出せば、逆進性が現れる。一方、所得税との組み合わせや歳出を含む税財政全体から捉えれば、家計の最終的な負担と受益は変化する。政府側が提示したのは、単一税目の負担分布と、税財政全体がもたらす再分配の結果を分けて考える視点であった。

しかし、一つの税目の負担率を語る批判に対し、所得税や歳出まで含めて公平を説明する政府の言葉は複雑だった。その複雑さは、やがて政治言語としての弱さとなって現れる。その不利が政治的な敗北として表面化したのが、1987年の売上税論争であった。

売上税論争が変えたもの

1979年にすでに現れていた「弱者への負担」という批判は、1987年の売上税論争を通じて、税負担の分布をめぐる議論から、政権の政治姿勢と正当性をめぐる争いへ広がった。

第108回国会では、売上税関連法案をめぐって予算審議が難航した。参議院本会議における予算委員長報告も、衆議院の予算審議が「売上税導入問題に関連して難航」し、最終的に売上税関連法案の扱いが衆議院議長のあっせんによって決着したと記録している。売上税は個別の租税政策を超え、国会運営を左右する政治問題となっていた※6)

ここで起きたのは、逆進性という概念の誕生ではない。逆進性と「弱者への負担」は、1979年の段階ですでに結びつけられていた。1987年には、逆進性と弱者への負担を結びつける批判が、売上税導入をめぐる政権運営そのものを左右する政治問題と結びついた。

逆進性は、所得に対する租税負担率が低所得者ほど高くなることを示す分析概念である。これに対して「弱者から取る税」という言葉は、政府を負担の加害者、生活の苦しい人々を被害者として配置する。税制の評価は、負担構造の分析から政治権力の倫理性へ移る。

その結果、所得税減税をどの程度組み合わせるのか、歳出によって負担をどれほど調整できるのか、消費を担税力の現れと理解できるのかという論点は、政治的対立の背後へ退いた。高齢者にも負担を求めるという消費税の特徴も、過去所得や資産に支えられた消費へ負担を求めるという面より、年金生活者からも税を取るという面から理解されるようになった。

売上税構想の挫折は、一つの政策案の敗北であると同時に、政府側の公平論が国民へ届く政治言語を獲得できなかったことを映し出した。売上税という名称を消費税へ改めても、この政治的な条件は変わらなかった。

社会共通の費用を広く分かち合う

売上税構想の挫折を経験した政府は、1988年の消費税導入に際し、税制改革全体の公平を改めて前面に出した。

1988年7月29日の所信表明で、竹下登首相は、税制を「国民の皆様が社会共通の費用を広く公平に分かち合うためのものである」と位置づけた※7)

そのうえで、改革の方針を「所得に対する課税を軽減し、消費に広く薄く負担を求め、資産に対する負担を適正化するなど、『所得』『消費』『資産』の間でバランスをとる」ことだと説明した※7)

ここに政府側の公平論が最も明瞭な形で現れている。

消費課税は単独の増税ではなく、所得に偏っていた負担を消費と資産へ広げる税制改革の一部として位置づけられていた。所得税が現在所得を得る人々を中心に負担を求めるのに対し、消費税は現在所得の有無を問わず、消費する人々に負担を求める。年金で暮らす高齢者や、過去に蓄積した資産を取り崩して生活する人も、その負担者に含まれる。

政府側が提示したのは、現在所得に応じた負担とは別に、社会共通の費用を広い範囲の人々が分かち合う公平だった。しかし、この説明は逆進性を消し去るものではない。むしろ1988年の国会論争では、「広く分かち合う公平」と「所得の少ない人にも負担を求める逆進性」が正面から衝突する。

では、現在所得の少ない世帯に生じる負担を、政府は具体的にどのように調整しようとしたのか。

税と歳出による「中和」

1988年9月22日の衆議院本会議で、玉置一弥は消費税の逆進性を第一の問題として取り上げた※8)

「消費税は、低所得者ほど増税を強いるものであります。政府が考えている生活保護基準の引き上げや人的控除の二万円ばかりのアップだけでは逆進性は解決されません。また、非課税世帯が重税になることも明らかであり、政府はこれらの人たちに対して適切な処置を講ずるのか、明確にしていただきたいと思います」

玉置は、低所得者、生活保護世帯、非課税世帯という具体的な生活者像を示した。

これに対し、竹下登首相は、消費税単独ではなく、税制と歳出を合わせた「中和」によって応じた※8)

「いわゆる生活保護基準等を適切に措置するという歳出によってカバーできるもの、それから消費税ではなく税体系の総合的な中で、すなわち所得税の減税とか控除額の割り増し控除とか、そういうもので対応できるもの、これがあるのは御案内のとおりでございます。したがって、まずはそうした税制全体の中とそれから歳出を含めた施策と、そういうところで中和すべきものと考えておるところであります」

両者の違いは、逆進性の存在だけをめぐるものではない。玉置は消費税という一つの税目が低所得者にもたらす負担を捉え、竹下は所得税減税、割増控除、生活保護基準の調整を含む税財政全体から家計の負担を捉えた。政府側は税と歳出を合わせた全体を語り、反対側は毎日の消費に伴って現れる負担を語ったのである。

この応酬には、十年間の国会論争が凝縮されている。「低所得者ほど増税を強いられる」という表現には、負担を受ける具体的な生活者の姿がある。これに対して、「所得」「消費」「資産」の均衡、「税体系や財政全体としての判断」「税と歳出による中和」は、広い範囲と長い時間を捉える視点を含んでいるが、目の前の生活者を瞬時に伝える言葉にはなりにくかった。

しかし、この応酬にはもう一つ注目すべき点がある。玉置が実際に用いた言葉は「弱者」ではなく、「低所得者」「生活保護世帯」「非課税世帯」であった。消費税が「弱者から取る税」と理解される過程を考えるには、これらのカテゴリーが「弱者」という言葉に包摂された意味を問わなければならない。

この二つの認識は、消費税法の成立直前まで政府答弁のなかに併存していた。1988年12月13日の参議院税制問題等に関する調査特別委員会で、竹下登首相は、消費税導入の基本に「社会共通の費用を広く薄く公平に分かち合っていく」という考えがあると説明した。その一方で、「消費税そのものの持つ所得に対する逆進性」に触れ、「そういうことに対する逆進性があることを否定する考え方はありません」と答弁している。

竹下は逆進性を退けることによって消費税を正当化したのではない。所得に対する逆進性を認めつつ、生活保護基準や所得控除を通じて負担を調整し、公共サービスの費用を幅広い人々が分かち合うことに別の公平を見いだしていたのである※9)

「弱者」とは誰だったのか

消費税が全世代に負担を求めるという性格は、社会共通の費用を世代を超えて分かち合う公平よりも、現在所得の少ない人にも負担を求める逆進性として理解されるようになった。

ただし、ここでいう「弱者」は、所得、資産、年齢、家族構成、負担と受益を総合して特定された人々ではない。国会論争で繰り返し言及されたのは、「低所得者」「生活保護世帯」「非課税世帯」などであった。

1979年の質問主意書では老齢者、障害者、寡婦、勤労学生などが挙げられ、1988年の玉置発言では低所得者、生活保護世帯、非課税世帯が示された。問題にされたのは、現在所得の少なさや生活上の困難を抱える人々への負担だったのである※3)※8)

現在所得の少ない人と、社会的に弱い立場にある人は、必ずしも一致しない。現在所得が少なくても金融資産や住宅資産を保有する人は存在する。一方、現在所得が平均以上でも、住宅ローンや教育費などの負担が大きく、生活の余裕に乏しい勤労世帯も存在する。

ところが、消費税をめぐる政治言語では、この区別が後退した。逆進性という負担構造の概念が、低所得者への負担、弱者への負担という政治的カテゴリーと結びつき、その後、政府が弱者から税を取るという道徳的批判へと意味を広げていった。

ここで語られる「弱者」とは、現在所得の少なさを中心に構成された政治的カテゴリーである。括弧付きの「弱者」と呼ぶべきものだろう。

この読み替えは、高齢者を含む幅広い世代に負担を求める消費税の性格を見えにくくした。現在所得の少ない高齢者を直ちに「弱者」と置けば、その人の資産保有の有無や規模、過去所得に支えられた消費能力、社会保障を通じた受益は議論の外へ退く。現在所得を得る勤労世代へ集中する所得税や社会保険料との比較も後景に移る。

「弱者」という言葉が担税力の分析に代わり、税の公平を先取りして判断するようになったのである。

では、こうした括弧付きの「弱者」は、なぜ政府側の「広く分かち合う公平」よりも強い政治的説得力を持ったのか。

なぜ逆進性が記憶されたのか

逆進性が消費税を代表する言葉となった理由は、説明の長さと生活実感の差にある。

所得税と消費税の違いを捉えるには、年間所得と生涯所得、現在所得と過去所得、所得と資産、現役期と退職期を視野に入れる必要がある。これに対して、「所得の少ない人ほど負担率が高い」という説明は、現在の所得と税負担の比較だけで完結する。

負担と補正が現れる経路も異なる。消費税の負担は買い物のたびに現れる一方、所得税減税、割増控除、生活保護基準の調整は別の時点と経路で行われる。税財政全体として負担を調整しても、生活者は消費税の支払いと減税や給付を一体のものとして経験しにくい。竹下が「中和」と表現した負担調整は、生活者の実感のなかでは分離されやすかった※8)

さらに、逆進性を語る側は、低所得者、老齢者、生活保護世帯、非課税世帯という具体的な人間像を提示した。政府側が語った「社会共通の費用」「所得・消費・資産の均衡」「税体系全体の公平」は、目の前の生活者を描く物語になりにくかった。

短く具体的な言葉は、長い説明を要する概念より政治的に訴求しやすい。「低所得者への負担」が「弱者への負担」となれば、政府は加害者、所得の少ない人々は被害者として描かれる。消費税を嫌われる税にしたのは、逆進性という経済的性質だけではない。逆進性を生活者への加害として表現する政治言語の力だったのである。

消費税論争をどこから再開するか

この政治言語の形成史を踏まえるなら、消費税をめぐる議論は、逆進性の確認だけで終えることができない。

年間所得に対する逆進性は、低所得者の生活への影響を明らかにする重要な尺度である。しかし、その尺度だけでは、所得税と消費税の負担者の違い、勤労世代と高齢世代の負担配分、生涯を通じた所得と消費の関係を十分に捉えられない。

消費税の公平を考えるには、現在所得に加えて、消費、資産、年齢、家族構成を視野に入れて担税力を捉える必要がある。さらに、消費税という一つの税目の負担率だけでなく、所得税、社会保険料、現金給付、医療、教育、福祉サービスを含む最終的な負担と受益を考えなければならない。

そのうえで、生活上の支援を必要とする人々を確実に支えながら、社会共通の費用を各世代がどのように分かち合うのかを考えるべきである。

1978年から1988年までの国会論争を通じて、全世代が負担する消費税は、括弧付きの「弱者」に厳しい税として語られるようになった。その過程で、所得に応じた負担という公平は強い政治言語を獲得し、消費に応じて世代を超えて負担するという公平は、国民に届く言葉を持てなかった。

この十年間の国会論争が明らかにしたのは、消費税の評価が税の構造だけで決まるのではなく、誰を負担者として描き、どの尺度を公平と呼ぶかによって形成されるという事実である。

1979年に「逆進性」はすでに「弱者への負担」と結びつけられ、1987年の売上税論争を経て、その道徳的意味を強めた。

「低所得者への負担」が「弱者への負担」として語られた結果、所得税とは異なり高齢者を含む幅広い世代に負担を求める消費税の特徴は、「社会共通の費用を広く分かち合う公平」ではなく、「弱者から取る税」という政治的イメージとして記憶されたのである。

【出典】

※1)政府税制調査会一般消費税特別部会「一般消費税特別部会報告」、昭和53年9月12日。政府税制調査会「昭和54年度の税制改正に関する答申」、昭和53年12月27日。
※2)第87回国会、衆議院大蔵委員会第7号、昭和54年2月28日、発言番号002、小倉武一参考人。
※3)第87回国会、質問第52号、上田卓三「一般消費税導入の動きに関する質問主意書」、昭和54年6月14日。
※4)第94回国会、参議院大蔵委員会第10号、昭和56年3月27日、発言番号002、004、006、008、大木正吾委員、発言番号003、005、007、高橋元政府委員。
※5)第102回国会、衆議院大蔵委員会第9号、昭和60年3月6日、発言番号047、戸田菊雄委員、発言番号048、竹下登国務大臣。
※6)第108回国会、参議院本会議第11号、昭和62年5月20日、檜垣徳太郎予算委員長報告。
※7)第113回国会、竹下登内閣総理大臣所信表明演説、昭和63年7月29日。
※8)第113回国会、衆議院本会議第8号、昭和63年9月22日、玉置一弥議員質問、竹下登内閣総理大臣答弁。
※9)第113回国会、参議院税制問題等に関する調査特別委員会第10号、昭和63年12月13日、発言番号070、塩出啓典委員、発言番号071、竹下登国務大臣。


編集部より:この記事は財政学者・島澤学氏のnote「市民経済論で読む日本」2026年9月11日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方は島澤学氏のnote「市民経済論で読む日本」をご覧ください

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