
「顧客の声を聞け」。
マーケティングや商品開発の世界では、当たり前のように語られる言葉である。アンケートを実施する。レビューを分析する。営業担当者から現場の声を集める。SNSの反応を見る。
顧客起点で商品やサービスを改善することは重要だ。しかし、この言葉には一つ落とし穴がある。
顧客の声を聞くことと、顧客の言う通りにすることは違う。
顧客が「欲しい」と言っているものと、その顧客が「なぜ自社を選んだのか」は、必ずしも同じではないからだ。
「もっと安くしてほしい」は本当の顧客の声だった
私は父が創業したオリーブオイル輸入事業に22年間携わり、販売や顧客対応を続けてきた。
その中で、「もっと安くしてほしい」という声は何度も聞いた。
もちろん、安く買いたいという要望は本物である。しかし、だからといって価格を下げれば顧客のためになるとは限らない。
私がオリーブオイルで重視していたのは、酸化度が低く、ポリフェノール量が多く、さらにその商品ならではの旨みがあることだった。香りも重要だが、それ以上に味わいを重視していた。
そして、価値のある中身だからこそ、その品質を守るためにもコストがかかる。
オリーブオイルは、酸化や光によって品質が劣化する。そのため、価値のある中身を守る容器や包装にもコストがかかり、製造者から出荷される時点ですでに一般的な商品より価格は高くなる。さらに輸入後も、品質を維持するための流通・保管管理にコストがかかる。
製造者からの出荷価格だけを見て、小売価格を安易に決めることはできないのである。
「もっと安くしてほしい」という顧客の声だけを見れば、価格を下げることが正解に見える。しかし、そのために品質を守るコストを削れば、顧客がその商品を選んでいた理由まで失いかねない。
ここに、顧客の声を聞く難しさがある。
「何が欲しいか」ではなく「なぜ選んだか」を聞く
だからといって、顧客の声を聞く必要がないわけではない。むしろ、もっと深く聞く必要がある。
「どんな商品や機能が欲しいですか」だけではなく、
「なぜ最初に問い合わせようと思ったのか」
「他社ではなく自社を選んだ決め手は何だったのか」
「実際に利用して、何が印象に残ったのか」
「なぜ継続して利用しているのか」
「誰かに紹介するとしたら、どのように説明するのか」
と聞くのである。
一人の回答だけなら、個人的な感想にすぎないこともある。しかし、複数の顧客の「選んだ体験」を重ねていくと、共通するものが見えてくる。
たとえば企業側は、「高い技術力」「丁寧な対応」「長年の経験」を自社の強みだと考えているかもしれない。
しかし複数の顧客から、「専門的な内容でも、納得できるまで説明してくれたので安心して決められた」という声が出てきたとする。
この会社の強みは「説明が丁寧」であることだとしても、顧客が受け取っている価値は、その先にある。
「納得したうえで、自分で決められる状態をつくってくれる」
ことが、選ばれている理由かもしれない。
強みは、自社が「持っているもの」である。選ばれる理由は、その強みが顧客にとってどんな価値になったのかである。
顧客の声を「判断軸」に変える
選ばれている理由が分かれば、顧客から新しい要望が出たときの判断も変わる。
「顧客から要望が出たから採用する」のではない。
「この変更は、自社が選ばれている理由を強くするのか。それとも弱くするのか」
と考えるのである。
先ほどのオリーブオイルであれば、「もっと安くしてほしい」という声を無視する必要はない。価格を抑えながら品質を維持できる方法があるなら、改善すればよい。
しかし、顧客が価値を感じていた品質そのものを損なわなければ実現できないのであれば、やらないという判断も必要になる。
顧客志向とは、顧客の言う通りにすることではない。
顧客がなぜ自社を選び、何に価値を感じているのかを理解したうえで、守るものと変えるものを判断することである。
顧客に「次の一手」を決めてもらわない
「お客様の声を聞こう」と言われると、私たちはつい、次に何をすればよいのかを顧客に尋ねたくなる。
しかし、次の一手を決めるのは経営者の仕事である。
顧客に聞くべきなのは、
「次に何をすればいいですか」
ではない。
「なぜ私たちを選んだのですか」
である。
その声を集め、選ばれた体験の共通項を探す。そして、自社が顧客に対して守るべき価値を定義する。
顧客の声は、経営判断の答えではない。
判断軸を見つけるための材料である。
顧客の声から自社が選ばれている理由を見つけられれば、新しい要望が出るたびに振り回される必要はなくなる。
何を変え、何を守るのか。
その判断を顧客に委ねるのではなく、自社が選ばれている理由を根拠に決める。
それが、顧客の声を経営に生かすということである。







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