黒坂岳央です。
先日、地方の大手企業に勤める10代の若手社員が、職場でのパワハラを訴える遺書を残して亡くなるという痛ましい出来事があった。会社は事実関係を調査中だが、遺書には先輩社員からの暴言などが記されていたと報じられているという。
この報道を受けて、SNSでは「死ぬくらいなら辞めればよかったのに」という声が多く見られた。これ自体は正論だ。しかし当事者になると、そう簡単に出来ない事情がある。
筆者自身、会社員時代に、令和の基準であればパワハラに抵触するであろう厳しい指導を受けた経験がある。だから、追い詰められた側の心理は多少なりとも分かるつもりだ。本稿では、なぜパワハラを受けても人は辞めないのか、そして辞めずに身を守るには何をすべきかについて持論を述べたい。

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パワハラでも簡単に退職できない
まず理解すべきは、責任感が強く、周囲の期待を背負っている人ほど辞めないという事実である。
特に地方の高卒者にとって、大手企業への就職は人生を左右するプラチナチケットだ。地方には都市部ほど良質な雇用がない。そうなると親は喜び、親戚にも報告し、地元の友人からも一目置かれる。
そのチケットを入社後、すぐにふいにすることは、本人にとって単なる転職ではなく、周囲の期待を裏切る行為に映る。真面目で周囲の人間関係がある人ほどそうだ。
さらに見落とされがちなのが、パワハラをする側は四六時中攻撃しているわけではないという点だ。普段は暴言を吐く上司や先輩は、ときに優しさを見せるものである。飲みに連れて行き、励ましの言葉をかける。すると部下は、その優しさをもう一度引き出そうとして頑張ってしまう。
これは心理学でいう「間欠強化」である。報酬が毎回ではなく不規則に与えられると、人はその行動をやめられなくなる。当たったり外れたりを繰り返すほど、ギャンブルがやめられなくなるのと同じ仕組みだ。
常に厳しい相手なら誰でもすぐに見切りをつけられるが、アメとムチを交互に与えられると、人は「自分がもっと頑張れば認めてもらえる」と考え、耐える方向に走る。これはモラハラの被害者が加害者から離れられないのと同じだ。
「嫌なら辞めろ」という助言が当事者に届かないのはこうした事情によるものだ。
パワハラの防衛策は何をすればいい
こうした簡単には辞めない選択をした人は、ではどうやってパワハラから身を守ればいいのか。筆者の考えは、「辞めるか耐えるか」の二択を捨てることだと思っている。
1つ目は記録を残すことである。パワハラをする側も、メールやチャットなど証拠が残る手段は避けるのが普通だ。暴言は口頭で行われるもの。だからこそスマートフォンなどで録音が有効になる。
録音にはコツがある。暴言や暴力を受けたら、「やめてくださいよ、〇〇さん」と相手の名前を入れて反応することだ。誰の発言かが特定でき、同時に本人が拒否の意思を示したことも記録に残る。
録音できなかった場面は、その日のうちに日時、場所、発言内容、同席者をメモし、家族や信頼できる同期にLINEで送っておくといい。送信時刻が残るため、後から作った記録ではないことの裏付けになる。
2つ目は記録を持って動くことである。記録は持っているだけでは意味がない。社内の相談窓口、人事部、労働局の総合労働相談コーナーなど、しかるべき出口に持ち込んで初めて効力を発揮する。
筆者がいた会社では、ある社員がパワハラを社内の委員会に通報したことがある。人事部は連日関係者から聞き取りを行い、周囲の社員の目撃証言を集め、社内は大変な騒ぎになった。最終的に管理職は全員パワハラ研修を受けることになり、職場には厳しい言葉を口にしにくい空気が生まれた。
昨今は一周回って、部下からの「逆パワハラ」に悩む上司がいる時代である。裏を返せば、被害者が声を上げれば、会社は何らかの対処をせざるを得ない時代になったということだ。黙って耐えることが、最も割に合わない。
3つ目は辞めずにまずは一時的に離れることだ。実際にそういう選択肢は取れる。心身に不調が出ているなら、医師の診断書を取って休職すればいい。休職は退職ではないので、せっかくのチケットを手放さずに済み、周囲の期待を裏切ったという罪悪感も小さい。まず物理的に加害者から距離を取り、冷静な頭でその間に異動を求めるか、転職するかを判断すればいいのである。
◇
「死ぬくらいなら辞めろ」という助言は正論かもしれない。しかし、毎日死を考えるくらいきつく叱られている当事者には届かない言葉だ。
責任感が強く、周囲の期待に応えようとする人ほど、自分を追い込む。そういう人にこそ、記録を取り、声を上げ、休むという選択肢があることを知ってほしいと思っている。
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「Z世代を甘やかすな」(著:黒坂岳央)






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