黒坂岳央です。
たまにコスパ厨と呼ばれる人がいる。正直、自分は得意なタイプではない。一緒にいて話しても面白いと感じることが少なく、遊びや食事の提案がしづらいと感じるからだ。
彼らは何をするにも「コスパ」ばかり気にする。飲み会はお金の無駄、旅行は高いから嫌、読書は時間がかかるから要約動画で十分とこういう具合である。
だが彼らは「コスト」のことばかりで、「パフォーマンス」について言及することはほとんどな。つまり、コスパという言葉を使って「自分は全体感がある」ようにいっているが、実際にはコスト面しか見ていないのではないだろうか。

pain au chocolat 2/iStock
コストは事実、パフォーマンスは能力
筆者はコストは事実、パフォーマンスは能力と思っている。つまり、コストは思考ゼロで誰でも分かるが、パフォーマンスを出せるかどうかはその人の実力次第という考えだ。
たとえば、参加費5,000円の飲み会を考えると参加費は全員同じだが、そこで得られるパフォーマンスは人によって全く違う。
人によっては人との出会いを作ってそこから仕事や楽しい時間を得る。こうなると5000円は「コスパの良い投資」になるだろう。だが、誰とも話さずずっとスマホをいじって終わりにする人は「ゼロリターン投資」になる。
飲み会に限らず、これは何にでも言える。筆者は読書を良くするが1500円、2000円払ってそこから学びを得たり、記事や動画で紹介させてもらうことがある。そうなれば読書は元本以上のリターンを引き出したことになる。
つまり、コスパはトータルではその人の実力が強く出る。もちろん、相性の問題もあるが実力差が最も大きい。つまり、「コスパ悪い」という多くの場合、本人にパフォーマンスを高くするスキルがないだけなのである。
経験を避けるとコスパスキルが育たない
コスパはスキルなので、人生経験を回避するほどその能力は育たないまま年を取る。
世の中に最初から人付き合いが上手な人はいないし、最初から本の内容を深く理解できる人もいない。だから最初はものすごくコスパが悪い。だが継続する中で徐々にうまくなっていく。ここは非常に重要で、誰にとっても最初はコスパは悪いのが普通だ。だからこそ、将来のコスパを高めるために経験への投資が必要になるのだ。
ところが、目先のコスパばかり気にする人は、その投資を嫌う。「新しいことを始めても時間の無駄」「本なんて要約を読めば十分」といってやる前に切り捨てる。
しかし、経験する前から何でも切り捨ててしまえば、経験を通じて得られるはずの知識も技術も身につかない。その結果、いざ挑戦しても十分なパフォーマンスを出せず、「やっぱりコスパが悪かった」と考えてしまう。こうして、自分の判断が正しいという思い込みだけが強化されていく。
そうなると皮肉なことに、コスパを追求しているつもりが、自分自身のパフォーマンスを下げる悪循環に陥ってしまうのである。
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そもそも、人生のコスパを考えるなら、何をパフォーマンスと定義するかが重要になる。
お金を残すことだけが目的なら、何もしない方が有利かもしれない。しかし、人生の満足度を高めることが目的なら、話は変わる。人との出会い、新しい経験や思い出は、実際に時間やお金を使わなければ手に入らない。
コストを減らすことに成功しても、肝心の人生の満足度が低くなってしまえば、それこそコスパが悪いのではないだろうか。
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「Z世代を甘やかすな」(著:黒坂岳央)






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