鯨が打ち上がったら地震が来る?九十九里のCO2実験のせい?

先に結論
  • 鯨やイルカの打ち上げ(ストランディング)は、日本で年300〜400件報告されている。日常茶飯事です。そのたびに地震を心配してたら身がもたない。
  • 地震の前兆説は、統計で調べた研究で相関なし。2015年に茨城の鉾田で156頭が打ち上がったけど、巨大地震は来ていない。気象庁も「地震は予知できません」と言い切っている。
  • 九十九里のCCSは、まだCO2を入れていない。今は地層を調べる試掘の最中で、貯留が始まるのは2030年代。入れてもいないものが生き物に悪さをするわけがない。そもそも千葉・茨城の集団座礁はCCSの話が出るずっと前から起きている。
  • 千葉・茨城で集団座礁が起きやすいのは、黒潮に乗って北上してきた暖かい海のイルカが、冬〜春に南下してくる親潮系の冷たい水に出会うのが大きい、と考えられている。
  • 但し書き:「地震とは絶対に無関係」と証明した研究があるわけではない。言えるのは「何度調べても関係が見つからない」まで。原因も1つには決まらない。

こんにちは。永江です。

最近、千葉の海岸にクジラが打ち上がったというニュースが続きました。そしたら案の定、SNSに出てくるわけです。「地震が来るんじゃないか」。「九十九里でCO2を海底に入れる実験をしてるせいだ」。

反ワクチンとか「添加物は毒」とかと同じ構造の話です。不安をあおる、原因をひとつに決めつける、調べない。ww

なので今回は、論文と公的資料を片っ端から当たって全部つぶします。ついでに「じゃあなぜ千葉・茨城でよく打ち上がるのか」もちゃんと説明します。

① そもそも鯨の打ち上げは「日常茶飯事」

まず大前提。鯨やイルカが海岸に乗り上げたり、死んで流れ着いたりすることを「ストランディング」といいます。これ、日本でどのくらい起きてると思いますか。

国立科学博物館(科博)の山田格・名誉研究員の解説では「毎年300件以上記録されています」。科博の田島木綿子さんたちの資料では年300〜400件です。

注意してほしいのは、これが「頭数」じゃなくて「件数」だということ。1件で1頭のこともあれば、何十頭もまとめて打ち上がる「集団座礁(マス・ストランディング)」もある。科博のデータベースには、昔の記録も含めて1万1,635件が登録されています。

つまり、ほぼ毎日どこかで打ち上がってる計算です。それをいちいち「地震の前兆だ」と言っていたら、日本は毎日地震の前兆だらけになる。

最近の千葉の件は「死んで流れ着いた」ナガスクジラ

今回ネットが騒いだのは、千葉県匝瑳市の海岸の件です。報道によると、9月19日に体長16〜17mのナガスクジラが漂着。9月30日にも同じ海岸に約17mのナガスクジラがもう1頭。

科博の田島木綿子さんは、1頭目について「近海で死んであそこに流れ着いたのではないか」。2頭目については「おそらく台風という大きなものが海流を多少変えている」と話しています。

つまり、元気なクジラが群れで浜に突っ込んできたわけじゃない。死体が流れ着いたんです。地震とも実験とも話がつながらない。

② 「鯨が打ち上がると地震が来る」は何度調べても関係なし

この話の出どころとしてよく持ち出されるのが、2011年の東日本大震災です。

科博のデータベースによると、2011年3月4日、茨城県鹿嶋市の海岸にカズハゴンドウ54頭が打ち上がりました。震災は3月11日なので7日前。たしかに「当たった」ように見えます。

でもね、話はここで終わらない。

156頭打ち上がっても、巨大地震は来なかった

2015年4月10日、茨城県鉾田市の海岸にカズハゴンドウ156頭が打ち上がりました(科博データベース。鉾田市と鹿嶋市の分を合わせた数字)。2011年の3倍近い規模です。

で、巨大地震は来ましたか? 来ていません。

地震予知を研究している織原義明さんは、日本地震学会(2024年秋季大会)の発表でまさにこの点を指摘しています。2011年の54頭は確かに本震の7日前だった。でも同じ海岸では以前にも集団座礁が起きていて、その後に同じような地震は起きていない。2015年の156頭のあとも巨大地震は起きていない、と。

もっと前の、2015年の日本地球惑星科学連合大会では、織原さんたちは鹿島灘の座礁記録と地震を統計で検証しています。結論は「相関なし」。2011年3月4日の座礁も東日本大震災とは関係ない、としています。

海外の研究でも結論は同じ

米国のワシントン州とオレゴン州で、海洋哺乳類の座礁5,122頭と、M4以上の地震161回を突き合わせた査読論文があります(Grant, Savirina, Hoppitt 2018, Animals)。

結果は、地震を計算に入れたモデルのほうが、入れないモデルより当てはまりが悪かった。タイトルからしてそのまんまで、「沖合の地震は海洋哺乳類の座礁リスクに影響しない」です。

ちなみに、論文自身が限界も書いています。期間中にM6.5を超える地震がなかった、震源の深さや距離は考慮していない、地域が限られている。こういうところを正直に書くのが研究です。

深海魚の言い伝えも検証済み

似た話に「リュウグウノツカイなど深海魚が上がると地震が来る」があります。これも織原さんたちが調べています(2019年、米国地震学会誌BSSA)。

米国地震学会の発表によると、1928年11月〜2011年3月の深海魚の出現336件と地震221回を照らし合わせて、関係がありそうなのはたった1件。M7以上の地震の前に深海魚が出た例はありませんでした。

気象庁「地震は予知できません」

そして気象庁はこう書いています。

地震は予知できません。
出典:気象庁「地震は予知できるのですか?」

「いつ」「どこで」「どのくらいの」の3つを正確に知ることは、現在の科学技術ではできない、とも。プロが地震計や観測網を総動員してもできないことを、浜に上がったクジラができるわけがない。

なぜ「当たった」ように見えるのか

理由は単純です。日本では年300件以上打ち上がっていて、地震もしょっちゅう起きている。だったらたまたま近い時期に重なる例は必ず出てきます。

重なったときだけ「ほら当たった!」と騒ぐ。外れた何百件はだれも覚えていない。2015年の156頭を覚えてる人、ほとんどいないでしょ。これが後付けの正体です。

③ 九十九里のCCSは、まだCO2を入れてすらいない

次。「九十九里の炭酸ガス実験のせい」説。


https://foejapan.org/issue/20260408/29129/
まず、何の話か整理します。CCSは、工場などから出たCO2を集めて、地下深くの地層に閉じ込める技術です。千葉で進んでいるのは「首都圏CCS事業」。2024年6月に経済産業省の「先進的CCS事業」に選ばれた案件のひとつで、INPEX、日本製鉄、関東天然瓦斯開発の3社の名前で選ばれています。

今やっているのは「地層を調べる井戸掘り」

現状はこうです。

時期 できごと
2024年6月 「先進的CCS事業」に選定。貯留地域は「千葉県外房沖(海域帯水層)」
2025年9月17日 CCS事業法にもとづき「千葉県九十九里沖の一部区域」が特定区域に指定
2026年4月15日 首都圏CCS株式会社に試掘が許可される
2026年7月6日〜 九十九里町の沖約5kmで1本目の調査用の井戸を掘削(11月上旬ごろまでの予定)
2026年11月〜2027年1月 沖約13kmで2本目を掘削する予定
2030年代 CO2の貯留を始める計画
出典:経済産業省(2024年6月28日発表、試掘許可の公告)、千葉県CCS事業ページ、首都圏CCS株式会社「首都圏CCS事業の現況説明」(千葉県 第2回CCS事業に関する連絡会議 資料3)、経済産業省パブリックコメント回答

経産省の試掘許可の公告を読むと、井戸で予定されている注入は「海水圧入試験」だけです。CO2を入れるという記載はありません。実際にCO2を貯める段階に進むには、改めて国の許可が要ります。

そう、CO2はまだ入れていない。入れてもいないCO2が、どうやってクジラに悪さをするんですか。

「放出」じゃなくて「貯留」

もうひとつ。「海底に放出する」という言い方からして間違っています。千葉県の説明では、CO2を貯める地層は地下約1,000〜3,000m。その上にCO2を通さない地層がフタのようにかぶさっている場所を選んで、閉じ込めます。今回の井戸も海面下約1,900mと約1,600mまで掘る計画です。海の中にCO2をぶちまける話じゃない。

唯一の実例、苫小牧では漏れたデータなし

日本で実際に海の下の地層にCO2を入れたのは、北海道の苫小牧だけです。環境省によると、2016年4月6日〜2019年11月22日に累計30万110トンを圧入しました。

その後の環境省の海域調査(2024年1〜2月)では「海洋へのCO2の漏出が懸念されるデータはありませんでした」。正直に書いておくと、同じ調査で一部の地点の海底の生き物に変化があり「継続監視が必要」ともされています。なので「影響ゼロ」とまでは言いません。でも、それは実際に30万トン入れた苫小牧の話。まだCO2を入れていない九十九里とは別の話です。

なお、海底を音で調べる「エアガン探査」がクジラに影響するという議論はあります。ただ、首都圏CCS事業の公表資料には、エアガン探査を行ったという記載は見当たりませんでした。事業者は、既存の井戸や探査のデータを解析し直したと書いています。

CCSの話が出るずっと前から打ち上がっている

とどめはこれ。科博のデータベースで、千葉・茨城の主なカズハゴンドウの集団座礁を並べてみます。

発見日 場所 頭数
2001年2月11日 茨城県波崎町(現・神栖市) 53頭
2006年1月23日 千葉県旭市 26頭
2006年2月28日 千葉県一宮町付近 約100頭
2011年3月4日 茨城県鹿嶋市 54頭
2015年4月10日 茨城県鉾田市(鹿嶋市分を含む) 156頭
2023年4月3日 千葉県一宮町〜いすみ市 32頭
出典:国立科学博物館 海棲哺乳類ストランディングデータベース。2006年一宮町は同館「NEWS展示続報-研究続く鯨類のストランディング」の表記

CCSの事業が選ばれたのは2024年です。2001年にも2006年にも2011年にも2015年にも、九十九里にCO2の「シ」の字もありません。原因が後から来ることはないんです。

④ じゃあ、なぜ千葉・茨城でよく打ち上がるのか

ここからが本題です。上の表を見て気づきませんか。全部1〜4月なんです。そしてどれもカズハゴンドウ。

暖かい海のイルカが黒潮に乗ってやってくる

カズハゴンドウは、本来は熱帯・亜熱帯の海にすむイルカの仲間です。科博の解説はこう書いています。

熱帯の海と日本の海を繋ぐものに海流の黒潮があります。(中略)カズハゴンドウもこれに乗って日本に辿り着き,冬の水温の低下によって体力を奪われたのかも知れません。
出典:国立科学博物館「NEWS展示続報-研究続く鯨類のストランディング」

黒潮に乗って北上してきた暖かい海のイルカが、冷たい水に出会って弱る。これが有力な仮説のひとつです。

ただし科博は、同じページでこの仮説への疑問も書いています。もし黒潮に乗ってきたなら、茨城と種子島で打ち上がった群れは同じ群れのはずなのに、調べたら別の群れだった、と。だから「これで決まり」ではない。こういうところを省かないのが大事です。

冬〜春は、親潮の冷たい水が茨城沖まで下りてくる

じゃあ「冷たい水」はどこから来るのか。北から南下してくる親潮です。

気象庁によると、親潮は1月ごろから本州の東側を南に張り出し始めて、4月ごろに一番南、宮城県沖あたりまで来ます。三陸沖では舌のように伸びた冷たい水の帯があって、沿岸寄りを「第1分枝」、沖合を「第2分枝」と呼ぶ。そして「時には茨城県沖付近まで達することがあります」。逆に11〜12月ごろには釧路沖まで下がります。

昨日現在の潮流。小笠原は26度なのに茨城から上は10度台。しかも海流には分流というのがあって太い海流以外に支流もできます。

つまり黒潮と親潮の間の海は、きれいに2つの水が分かれているわけじゃありません。気象庁は、親潮からちぎれた周りより冷たい「冷水渦」や、黒潮からちぎれた暖かい渦が入り混じって、複雑に動いていると説明しています。大きな海流図には出てこない、細かい冷たい水があちこちにあるわけです。

2015年鉾田のときは、親潮系の冷水が沿岸に入り込んでいた

これを裏づけるのが、2015年の鉾田の156頭についての海洋研究開発機構(JAMSTEC)のコラムです。

茨城県の沿岸域には例年より3度以上も低い海水温が広がっていました
しかも沿岸域には親潮系の冷水が入り込んでいるために暖海性のカズハゴンドウは衰弱し、海岸に漂着した可能性があります。
出典:JAMSTEC アプリケーションラボ コラム「茨城県の海岸に打ち上げられた多数のイルカと海洋異変について」

同じコラムでは、2011年春に茨城で多数のイルカが打ち上がったときも「沿岸域には冷水が入り込んでいたようです」と書いています。そう、2011年の鹿嶋の54頭も、地震じゃなくて冷たい水で説明できる可能性があるんです。

ただしJAMSTECも最初に「原因は不明です」と断っています。可能性の話であって、断定じゃない。

冬の千葉・茨城の海は、10月より約8℃も冷たい

気象庁の沿岸の海面水温の平年値(1991〜2020年)で比べてみます。

海域 10月15日 2月15日
八丈島沿岸(黒潮域の目安) 25.8℃ 19.0℃
千葉県北東部沿岸 22.9℃ 15.2℃
茨城県南部沿岸 21.7℃ 13.9℃
茨城県北部沿岸 20.8℃ 12.7℃
岩手県南部沿岸 18.6℃ 7.9℃
出典:気象庁「沿岸域の海面水温情報」平年値(1991〜2020年)。小数第2位を四捨五入

2月の茨城の沿岸は13〜14℃。黒潮の八丈島沿岸より5〜6℃低い。熱帯・亜熱帯育ちのイルカには相当こたえる温度です。しかもこれは平年値なので、2015年のように親潮系の冷水が入り込めば、さらに3℃以上下がる。

逆に言えば、今回の匝瑳のナガスクジラ(9月、死体の漂着)は、この冬〜春のパターンとは別の話です。何でもかんでも一緒くたにしないことです。

遠浅の砂浜、シャチ、寄生虫……原因はひとつじゃない

冷たい水だけでもありません。JAMSTECのコラムは、沿岸に来たところで遠浅のため、超音波で位置を確かめる「エコロケーション」が乱れたことを直接の理由として挙げています。群れを率いる個体がシャチや大型のサメに追われて、群れごと浅瀬に誘い込んでしまった可能性も書いています。

科博の解説にも、2006年1月と2月の座礁では、いずれも直前に沖合にシャチの群れがいたという証言がある、とあります。寄生虫については「100%寄生虫の所為,と言うのは難しい」「健康な個体にも寄生虫はいます」。

つまり、暖かい海のイルカが冷たい水で弱る+遠浅の浜+群れで動く習性。いくつもの要因が重なって起きる、というのが今の研究の到達点です。「地震」とか「CO2」とか、ひとつの分かりやすい悪者を立てる話より、ずっと地味。でも、こっちが本当です。

最後に

まとめます。

鯨の打ち上げは年300件以上ある日常茶飯事。地震との関係は何度調べても見つからない。九十九里のCCSはまだCO2を入れてすらいないし、集団座礁はCCSの話が出るずっと前から起きている。千葉・茨城で多いのは、黒潮に乗ってきた暖かい海のイルカが、冬〜春に下りてくる親潮系の冷たい水に出会うことが大きい、と考えられている。

あなたのタイムラインに「クジラが打ち上がった、地震が来る」と流れてきたら、「去年もおととしも打ち上がってたよ」と言ってあげてください。不安をあおる話はだいたい、調べたら終わる話です。

この記事の検証について
原典確認済み(26件):国立科学博物館(解説ページ2本、ストランディングデータベースの総件数と個別記録、田島木綿子氏らの資料)、気象庁(地震予知FAQ、東北地方太平洋沖地震の発生日時、親潮の解説、親潮前線・黒潮前線と混合域の解説、沿岸の海面水温平年値)、JAMSTEC コラム、Grant et al. 2018(Animals)、織原義明ほか(JpGU 2015発表要旨、日本地震学会2024発表要旨)、経済産業省(先進的CCS事業の選定発表、試掘許可の公告、パブリックコメント回答)、千葉県(CCS事業ページ、特定区域指定、連絡会議資料)、環境省(苫小牧の圧入量、2023年度冬季海域調査)
報道・二次情報ベース(3件):匝瑳市のナガスクジラ漂着2件と田島木綿子氏のコメント(KSB/ANN)、深海魚と地震の研究(Orihara et al. 2019, BSSA)は論文本文ではなく米国地震学会のプレスリリースで確認
確認できなかった主なもの:首都圏CCS事業でのエアガン探査の有無(公表資料に記載なし。「実施していない」とは断定していません)。なお2006年一宮町の

編集部より:この記事は永江一石氏のブログ「More Access,More Fun!」2026年10月9日の記事より転載させていただきました。

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