フランスで暴動が広がっている。高校生の抗議活動に始まった騒乱は、略奪や放火を伴う暴動に発展し、一部地域では夜間外出禁止令も導入された。1968年の「五月革命」を思わせる光景だが、今回の暴動には明確な革命思想がみえない。

この混乱を見て思い出すのが、フランスの作家ミシェル・ウエルベックの長編小説『服従』である。
民主主義がイスラム政権を生み出す
2015年に発表されたこの小説は、2022年のフランスでイスラム政党が大統領選挙に勝利し、共和国がイスラム化していくという政治的フィクションである。
既成政党が衰退し、極右の国民戦線とイスラム政党「ムスリム同胞団」が決選投票に進む。社会党や中道右派は極右を阻止するためイスラム政党を支持し、モハメド・ベン・アッベスが大統領に当選する。
ここで描かれるのは民主主義のパラドックスである。民主主義は自由主義を保障するとは限らない。民主的な選挙によって、自由主義的な社会秩序を否定する政権が成立することもあるのだ。
自由を捨てる西欧の知識人
主人公フランソワは44歳の文学部教授である。独身で宗教にも政治にも関心がなく、快適だが空虚な生活を送っている。
イスラム政権が成立すると大学は再編され、教授たちは改宗すれば高い給与と地位を保障される。主人公も、改宗すれば豊かな生活と複数の妻を得られると考え始める。
ここにウエルベックの痛烈な皮肉がある。自由や人権を唱えていた知識人も、自分の生活が保障されれば簡単に新しい体制に順応する。彼らにとって自由主義は、命をかけて守る信念ではなく、単なる生活習慣だったのである。
西欧文明はなぜ自壊するのか
近代ヨーロッパはキリスト教の権威を否定し、個人を解放してきた。しかし宗教を失った人間が幸福になったわけではない。
エーリッヒ・フロムが『自由からの逃走』で論じたように、人間は自由を求めながら、その不安に耐えられず権威への服従を望む。
もちろん今回の暴動をイスラム化の証拠とみなすことはできない。移民やイスラム教徒だけが暴動の原因というわけでもない。
しかし、国家が治安を維持できず、既成政党が社会の不満に応えられなくなったとき、自由主義的な秩序を何が支えるのだろうか。
『服従』が描くのは、イスラムによるヨーロッパの征服ではない。自分たちの文明を信じられなくなったヨーロッパ人が、自発的に自由を放棄する物語である。
今回の暴動は、ウエルベックが描いた西欧文明の空洞化という問題を、改めて考えさせる。








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