
1年前、オープンレターの問題を再考するとき、表紙に「セイラムの魔女狩り」を使った。概要はリンク先でWikipediaを見てほしいが、1692年のアメリカで起きたという意外性もあり、わりと有名な事件である。

著者の藤本龍児さんを囲む機会があり、今年の山本七平賞を受けた『宗教のアメリカ』を読んでいて、むむむと唸ってしまった。同書は、もっぱら「近代化」として語られてきた米国史を、実は信仰が動かしてきたものとして描き直す内容だ。
なのでもちろん、セイラムの魔女裁判にもページが割かれる。のだが、そこで描かれる実態が、あまりにも2020年代のキャンセルカルチャーに酷似していて、思わず目を見張ったのである。
当時のニューイングランドでは、フランスとの覇権争いや、フランスと手を組んだ先住民との衝突が続いており、さらに嵐や地震、不作、疫病などの天災に見まわれることも少なくなかった。なかでもセイラム村は、先住民の襲撃を受けやすい辺境に位置し、……人びとのあいだに不安や不満、緊張、猜疑心などが高まっていたのである。世紀末的な状況にみまわれていた、と言ってもいいだろう。
(中 略)
セイラム村では、共有されていた価値観が半途契約の導入をめぐって揺らぎ、かつて争われていた土地の所有権をめぐる対立が再燃していたらしい。……被疑者も、最初こそ社会的な弱者で、かつ異質な女性に限られていたが、まもなく政治家や知識人などの有力者、あるいはその親族にまで広がっていった。
80-81頁
(強調は引用者)
最初の段落は、コロナ禍やウクライナ戦争に照らせば、誰しもぴんと来る。「半途契約」とは、ピューリタンの信仰が中途半端な者にも、自治体の運営に参加する権利を開くもので、そうしないと人材が足りなくなっていた。
要はハードルを下げたわけだが、そうすると昔の厳しい基準を満たしてきた側には不満が残り、一方で “規制緩和” に乗じて実力もないのに大きな顔をする新参者も現れる。ニワカに有名になったセンモンカと同じ状態である。

もちろん当時、独立宣言(1776年)はまだ遠く、魔女裁判自体はある意味で「合法」だった。ところが終末論的な集団パニックの中で、次元の低い参加者を増やせば、なにが起きるかというと、
陪審員のほうも感情的な空気に流された。たとえ陪審員が無罪判決をくだしたばあいでも、告発者や民衆が大きな抗議の声をあげ、判決が覆されることもあった。
(中 略)
魔女裁判を認めていた牧師コトン・マザーも、亡霊などの〔主観的な〕証拠ではなく、それ以外の証拠を重視するように、という手紙を裁判所に何度か書き送ったが、焼け石に水であった。
同書、82頁
というカオスになったのである。で、コロナとかを経ていま日本、どうなんすかね? あのころSNSで「うおおお民衆の声は正義!」みたく煽って署名とか集めた人たち、その後なにしてます?

…というわけで、ざっと300年前(日本だと元禄時代)と比べても、人間はホントのところ進歩してない。むしろ警戒すべきはそこに、学問とか専門家とか、はたまた “未来志向のIT” とかを乗っけて、進歩のフリをする輩だ。
そもそも「自分に予備知識はありませんが、TVで見た専門家を信じてます」だなんて、文字どおりの “信仰” と大差ない。宗教か科学か、なんてのはそこに貼られたラベルの違いにすぎず、中身を見なければ意味がないのだ。

こうした現象を生む力学については、社会心理学の古典的な研究がある。認知的不協和の概念で知られるレオン・フェスティンガーの、初期の共著『予言がはずれるとき』だ(原著1956年)。
1954年の冬にノアの大洪水的な「終末が来る」と、唱えてはずしたカルトを取材したものだが、教団が影響力を拡大したのは州立大学勤務の医師がメンバーにいたためだった。元は途上国で医療支援に努めるなど、熱意のある人だったらしい。
教団の教えは「神様が信者だけをUFOで助ける」というシンプル極まりないもので、入信すればぶっちゃけ誰でもコピーできる。そんな集団が、どんな人を引き寄せることになったかも、今日のSNSに照らして示唆が深い。
前回のミーティング以来の1週間に、ベルタは、パワーを伴なう自分自身の新しいポジションに慣れ始めていた。リーダーシップの満足感を味わい、嬉しく感じながら……グループを支配しようとする欲望がありありと示されたということだった。
(中 略)
ミーティングは、ベルタの権威についてのいろいろな、しかし、とるに足らない主張から始まった。ベルタは、自分がどこに座るべきだとか、特定の灯をともしておくべきか否かに関して、キーチ夫人の決定をくつがえした。……造物主の声で話しながら、彼女は、キーチ夫人の教えを特徴づける言葉づかいを笑いものにした。
水野博介訳、144-5頁
(算用数字に改変)
キーチ夫人というのが “教祖” で、彼女が神のメッセージを「筆写する」ところから始まったカルトなのだが、なにせ中身が単純なので、私はむしろ神様を憑依させて「喋れます」と称するベルタの声が、文字どおり大きくなる。
つまり善悪の二分法とか、信じる者の救済のように「これだけ言ってりゃ反論されない」というキメのフレーズを作ると、周囲を威圧したい単なるマウント屋が寄ってきて、論調ごと乗っ取ってしまうのだ。ね、SNSでもよく見るっしょ(笑)。

フェスティンガーらの共著は、その後で現に「予言がはずれた」にもかかわらず、カルトに留まり信仰を存続させるメカニズムを明らかにしたことで知られる。これまた今日、非常に示唆的だ。
今月の『Wedge』11月号の連載「あの熱狂の果てに」は、同書を参照しつつ、大ハズレなセンモンカや評判最悪のキャンセルカルチャーに固執して、社会がまるごと人民裁判的なカルトに呑まれるリスクを考察している。

単に信じるだけでなく「具体的な行動」が伴うほど、人はたやすく引き下がることができなくなる。さらに信仰を共有する者どうしが孤立せず、お互いの接触を維持している場合ほど、自身の考えを改めることは起きにくい。
本書が半世紀の後に訪れる、SNS社会の暗部を見通していた理由が、ここにある。それまでならニュースに接しても、公には黙っていたはずの市井の人々が、SNSではつい投稿する形で「行動」を起こし、後から引っ込みがつかなくなってしまう。
(中 略)
オウムはサティアンと呼ばれた施設での共同生活を通じて、教義の誤りを認めない集団を作り上げたが、SNS上の相互監視もまた、いつでも「バーチャルなサティアン」になりうる。
10頁
(強調と段落を変更)
人類は進歩などしておらず、「学者」や「専門家」も自らを律することなくしては、容易にカルトの教祖に先祖返りする。ぜひ先週刊の拙著とあわせて、そうした歴史の内省が、ポストコロナの針路を正しくしますように。
参考記事:

ヘッダーは、コロナ直前のセイラム旅行記から。現地の博物館には、次の文言があるという。

「魔女狩りはいつの時代にもある」「’恐れ’と’引き金’があれば」
その下には、「恐れ」と「引き金」が「魔女狩り」につながった実例として、いくつか単語が記されている。中に、こんな単語を見つけた。
「JAPAN」「PEARL HARBOR」、その横に「JAPANESE-AMERICAN」。
山田静氏、2019.12.5
編集部より:この記事は與那覇潤氏のnote 2026年10月28日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方は與那覇潤氏のnoteをご覧ください







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