鳩山由紀夫氏の奇妙な「友愛」 - 池田信夫

池田 信夫

民主党の鳩山代表がNYタイムズに寄稿しています。内容は『VOICE』9月号の論文を抄訳したものと思われますが、この奇妙な論文を海外の首脳は理解できるのでしょうか。鳩山氏はまず、お得意の「友愛」の概念で「グローバル資本主義」を批判します。

Fraternity as I mean it can be described as a principle that aims to adjust to the excesses of the current globalized brand of capitalism and accommodate the local economic practices that have been fostered through our traditions.

Economist誌も指摘したように、このfraternityの使い方はおかしい。フランス革命のfraterniteの語源は「兄弟」で、これはキリスト教における信徒の共同体やフリーメーソンのような結社をあらわす言葉です。つまり友愛というのは、特定の目的を共有する仲間が国家や身分を超えて対等に結びつく原理であり、むしろ鳩山氏の指弾する「グローバリズム」の原型になったものです。これを「地域の伝統」を守る根拠にする鳩山氏は、友愛の概念を逆に理解しているのではないでしょうか。また彼は、経済学を次のように批判します。

In terms of market theory, people are simply personnel expenses. But in the real world people support the fabric of the local community and are the physical embodiment of its lifestyle, traditions and culture. An individual gains respect as a person by acquiring a job and a role within the local community and being able to maintain his family’s livelihood.

「市場理論の用語によれば、人々は単なる人件費である」? 英語として理解できないが、おそらく「合理的経済人」を批判して、人間は文化や伝統の中で生きているといいたいのでしょう。これも経済学を批判するときの古いステレオタイプですが、fraternityの想定するのはそういう自律的個人です。キリスト教もフランス革命も、よくも悪くも普遍主義的な原理にもとづいて人類を解放しようとするもので、特定の文化や伝統との関係をもたない個人に依拠する思想です。

エドマンド・バークは、こうしたフランス革命の啓蒙主義的な人間観について、伝統から切り離された合理的個人の「人権」を絶対化することは危険だと批判しました。鳩山氏がバーク的な保守主義を主張するのであれば、それなりに立派な考え方ですが、それは友愛の対立概念なのです。

さらに混乱するのは、彼が「アメリカ主導のグローバリズム」に対抗して「東アジア共同体」の設立を提唱する部分です。

Today, as the supranational political and economic philosophies of Marxism and globalism have, for better or for worse, stagnated, nationalism is once again starting to have a major influence in various countries. As we seek to build new structures for international cooperation, we must overcome excessive nationalism and go down a path toward rule-based economic cooperation and security.

ここでは逆に「過剰なナショナリズムを克服」する概念として友愛が語られます。こっちのほうが本来の友愛の概念に近いが、グローバリズムはだめで、アジアのリージョナリズムならいいのでしょうか。一つの概念がこうも融通無碍に正反対の意味で使われるのでは、ほとんど意味をなさないでしょう。

率直にいって、これは英文としては高校生の作文レベルです。スタンフォード大学の博士号をもつ鳩山氏は、史上もっとも高学歴で世界に通用する首相として海外からも期待されていますが、この論文を読んだ海外の首脳は、ほとんど内容が理解できないでしょう。Fraternityというキリスト教的な概念を、きわめて日本ローカルな話と無造作に接合して、民主党の選挙めあてのポピュリズムを正当化しようとしているからです。

私は英米型の資本主義が理想の経済システムだとは思わないし、日本がそれとは異なるモデルを追求することも意味があると思います。しかしそれには、少なくとも標準的な資本主義の考え方を理解し、その長所や欠陥を踏まえないと、生産的な議論にはならない。この論文のような「床屋政談」では、海外の首脳も日本の国民も説得できないでしょう。

特に議論を混乱させるのは、ご都合主義的に曖昧に使われる「友愛」です。この論文を読むと、鳩山氏自身がその意味を理解していないようなので、他人が理解できないのは当然です。政権についたら、こういう観念的な言葉を使わないで、わかりやすく具体的に政策を語ってほしいものです。

コメント

  1. somuoyaji より:

    fraternityは「友愛」ではないだろうが「個人が国家や身分を超えて(神のもとに)結びつく普遍的な原理」なのか。
    むしろ「国民国家」の先駆的な概念ではないか。
    このほうが「自由」「平等」との親和性があるように思う。

  2. pilhamu より:

    「personnel costs」 は「人件費」として英語で通じるが、それでも全体としてはヘタくそうに空疎な文章です。

  3. 池田信夫 より:

    Personnelをpersonalと読んでいたので、本文を訂正しました。それでも「人々が人件費である」というのは意味不明ですね。

  4. schahbaham より:

    英語はあまりわかりませんが、フランス語でfraternit��韻箸い�場合は1のコメントの方がすでに書いているようにキリスト教的な普遍的な連帯というよりも、国民国家が念頭に置かれることの方が多いと思います。前回のフランス大統領選挙でも使われていましたが、国家の一大事に国民が団結して助け合おうという呼びかけで、自由(保守)、平等(社会党)の対立に陥って政治が麻痺するのを回避するのに都合のいい言葉です(理性にではなく情念に働きかける言葉です)。

  5. 池田信夫 より:

    鳩山由紀夫氏はどうか知らないけど、鳩山一郎がフリーメーソンのメンバーだったことは間違いありません。友愛は、その文脈では国家を超えた概念です。

    どっちにしても「地域や身分の違いを超えて連帯しよう」という意味で、農業保護のようなローカリズムとは対極にある思想でしょう。

  6. 松本徹三 より:

    池田先生もおっしゃっておられている通り、日本の新しい首相の哲学と信条を理解しようとする多くの欧米人にとって、当面これが最大の手がかりになるだろうことを考えると、少し困惑せざるを得ませんね。随所に「論理的な整合性の欠如」があり、このままでは、「分かりにくい日本と日本人」がますます分かりにくくなってしまうでしょう。

    一番の問題は、Globalismという普遍的な言葉を、「行き過ぎたアメリカ主導の自由放任型の金融資本主義」とあたかも同義であるかのように使っているところです。Marxismと並べているのも奇妙ですが、Nationalismをこのアンチテーゼとして、Regionalismで止揚しようとしてるところなどは、多くの人達が首をかしげるでしょう。、

    経済のGlobal化は避けられない流れであり、全ての経済政策はその前提にたって考えなければならないのに、中途半端な「東アジア共同体」構想でウケを狙い、Globalismを否定しようとしているかのような論調は、全くいただけません。アジア諸国は、一方では欧米市場の魅力を決して捨てることはなく、一方では「アジアでの日中の覇権争い」を懸念しています。日本の思惑通りには動かないでしょう。

  7. 池田信夫 より:

    上のリンク先で紹介したEconomistの記事は、この論文のもとになった『VOICE』の記事を論評しているのですが、

    But his alternative is a mushy-sounding concept, yuai, that mixes up the Chinese characters for friendship and love. He calls it fraternity…

    と書いて、鳩山氏のいう「友愛」は、fraternityとは別の彼独自の概念だと理解しています。Fraternityは友情とか愛情とかいうmushyな概念ではないので、「友愛」という訳語もミスリーディングです。鳩山氏がどうしてもこの言葉を使いたいのなら、国内向けに使うのはしょうがないとして、海外でそれをfraternityと訳して使うのは、誤解のもとになると思います。

  8. 池田信夫 より:

    鳩山氏の論文は、案の定アメリカ側から酷評されてますね。

    「オバマ政権は、(鳩山氏の)論文にある反グローバリゼーション、反アメリカ主義を相手にしないだろう。それだけでなく、この論文は、米政府内の日本担当者が『日本を対アジア政策の中心に据える』といい続けるのを難しくするし、G7の首脳も誰一人として、彼の極端な論理に同意しないだろう。首相になったら、評論家のような考え方は変えるべきだ」

    http://www2.asahi.com/senkyo2009/news/TKY200908280447.html

  9. 松本徹三 より:

    もう一つの心配は田中真紀子さんが外相に起用された場合です。彼女は小泉さんに解任されて果たせなかったことの復活戦をやりたいはずですから、敢えて米国を軽く扱う姿勢を誇示して、中国に擦り寄るでしょう。しかし、これは中国からもあまり評価されないでしょう。中・韓両国からみて、日本を軽視できない理由は、一つは経済力(輸出先、部品供給元としての価値も含む)ですが、もう一つは「親密な日米関係」である事を見ておかねばなりません。

  10. hidekih_hpo より:

    池田先生、こんばんは、

    トラックバックしようとしたのですが、うまくいかなかったのでコメントさせていただきます。

    鳩山次期首相の20年前の「ネットワーク分析」論文を読ませていただきました。この時は、「友愛」とはいわず、「ネットワーク」ということばで人と人とのつながりを表現されていらしたようです。オリジナルを読んでいないので、なんとも言えませんが、鳩山次期首相が「友愛」という言葉を使う時に、こうしたネットワーク分析的な意味を込めていらっしゃるということはないでしょうか?

  11. 池田信夫 より:

    鳩山氏はORの専門家で、ネットワーク理論やゲーム理論もやってるんですね。ORというのは新古典派と実質的に同じだから、「最適配分」という考え方は知っているはずです。

    この論文がわかりにくいのは、そういうロジックと矛盾するバラマキ福祉や農業保護を無理やり「友愛」でごまかしているからだと思います。選挙むけのリップサービスとしてはしょうがないとしても、何も海外の新聞に載せることないのに・・・

  12. 池田信夫 より:

    これは寄稿ではなく、Christian Science MonitorがVOICE論文を勝手に抄訳したものを「鳩山由紀夫」の署名で掲載し、それをNYTが転載したようです。これは著作権の侵害です。鳩山氏とPHP研究所は抗議すべきです。

    http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20090831-00000728-san-pol

  13. 池田信夫 より:

    実は鳩山氏の反論が間違いで、事務所が勝手に英訳して寄稿したようです。民主党の情報管理は大丈夫?

    http://www.yomiuri.co.jp/world/news/20090831-OYT1T01277.htm