まねきTV事件にみる「司法の逆噴射」

2011年01月19日 19:05

まねきTV事件で原告(NHKと民放キー局)が勝訴する最高裁判決が出て、日本でテレビ番組の第三者によるネット配信はほぼ不可能になりました。この判決が全員一致で決まったのは、ネット配信を原則禁止した著作権法の規定を厳格に守らせるという最高裁の「国家意志」によるものでしょう。

しかしこの著作権法改正には多くの論議があり、知的財産戦略本部も総務省も「ネット配信を有線放送と同等とみなす」という国会答弁で解決する方針でした。世界的にもそういう解釈が主流で、欧米ではISPがテレビ番組をネット配信するのは重要なサービスです。ネットワークで不特定多数に放送するのは「有線放送」に他ならないからです。

ところが日本の放送局は「IPマルチキャストは放送ではなく通信だ」という世界のどこにもない解釈を打ち出し、文化庁に圧力をかけました。文化審議会は3年もかけて著作権法を改正し、ネット配信を地デジの当該放送区域内の再送信に限定しました。この結果、日本の映像ネット配信は壊滅的な状態に追い込まれました。


知財高裁でも、録画ネットなど他の業者は違法という判決を出していましたが、このような状況に配慮してか、まねきTV事件では市販の機材の所有者が自分に送信するなら合法という判断を示し、これが「ぎりぎりセーフ」のラインとみられていました。ところが最高裁は、それさえ踏み越えて全面禁止の判決を出したわけです。

法律論として最高裁の判断が妥当なのかどうかはともかく、今回の判決で誰が得をするのでしょうか。差し止められた業者はもちろん、視聴者も損することは明白です。キー局にもNHKにも何のメリットもない。地方民放は損するかもしれないが、彼らが生き残るためにはネット配信に進出することが不可欠です。ところが今回の判決で、彼らの新事業もほぼ不可能になった。

しかも「単一の機器宛てに送信する場合でも、当該装置を用いて行われる送信が自動公衆送信であるときは自動公衆送信装置に当たる」という最高裁の基準が今後も適用されると、インターネットのルータもハブも携帯のリピーターも「自動公衆送信装置」として規制の対象になり、ホスティングやハウジングなどクラウド型のサービスがすべて違法とされるおそれがあります。

このように時代遅れになった法律を厳格に適用すると、社会的に大きな損失になることはしばしばあります。そういう場合は法律を改正しなくても、司法が古い法律を実質的に適用しないことで時代に合わせるのが普通です。ところが日本の裁判所は、実定法を物神化して、ベッドに合わせて足を切る傾向が強い。

さらにそこに「弱者」に対する温情主義が入り込んで、社会的コストを考えないで事後の正義だけを押し通そうとする。整理解雇を実質的に禁止した1979年の東京高裁判決や「過払い金訴訟」で消費者金融を壊滅させた2006年の最高裁判決などは、そういう司法の「逆噴射」の例です。これにチャレンジする人が少ないため、こうした不合理な判例が固定され、立法化されてしまいました。

日本の政治家も官僚も信用を失っている中で、それをチェックする司法ぐらいしっかりしてもらわないと困るのに、司法の劣化は立法・行政よりひどい。国民は何を頼りにすればいいのでしょうか。

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池田 信夫
アゴラ研究所所長 青山学院大学非常勤講師 学術博士(慶應義塾大学)

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