日本国債は日本国内の金融機関や投資家によって9割以上が保有されているため、日本国内でお金がぐるぐる回っているだけだから、日本政府は財政破綻しないという論法が存在します。これは正しいのでしょうか。
現在の日本を例えてみましょう。話を簡単にするために、日本にはAさん、B銀行、C会社と日本政府の4つしか存在しないとします。Aさんは多くの資産がありますが、貯蓄率は年々減り続けているため、その残高は近年横ばいで推移しており、今後はマイナスに転じる可能性もありそうです。また、資産の多くをB銀行に預金しております。
B銀行は、以前はAさんの預金をC会社に貸しておりましたが、近年のC会社の業績は芳しくなく、C会社への貸出金残高は減り続けています。有望な投資先もありませんので、C会社からの返済金は、日本政府が発行する日本国債に投資しております。
日本政府が発行する国債は日本国内で使われることから、Aさん、B銀行、C会社のどこかにお金が落ちていきます。確かに、日本国内でお金がぐるぐる回っているということになり、日本政府の債務残高が膨張しても国債の買い手がいなくなることはなさそうです。
もう少し話を進めましょう。Aさんはリタイアをし、日本政府から年金を受給することになりました。Aさんは収入が年金しかなくなってしまったため、預金を取り崩しながら生活をすることになりました。そして、B銀行はAさんに預金を引き渡すため、日本国債の購入額を減らすことにしました。
さて、日本政府は困りました。発行する国債が消化されなくなるかもしれません。しかも、Aさんがリタイアしたことにより、国内の稼ぎ手が減って税収が減る一方で、Aさんの高齢化により年金などの支出が増えたことで、ますます日本国債の発行額が増え始めたのです。既にその国債の発行残高は巨額になっていることから、日本政府の貸借対照表は大幅な債務超過のうえ、優良な国有資産も売却済みで、今後支払いを約束している年金を考えると債務超過額はさらに膨らみそうです。
ここで日本政府が取れる方策は主に3つです。
1つめは、増収あるいは歳出減を図ることです。しかし、C会社の近年の業績を見る限り、このままでは経済成長による自然増収に大きな期待はできません。安定した税収が期待できる消費税率アップを含む増税あるいは歳出カットはAさんが大反対をしております。
2つめは、お金を刷ることです。具体的には、国債を直接日本銀行に引き受けさせ、そこで日本政府が得たお金を市中にばら撒くことです。しかし、これはモノに対する紙幣の価値が落ちるため、ハイパーインフレの可能性が出てきます。ハイパーインフレが起きれば、Aさんの預金もその価値を失って老後の生活資金がなくなるばかりか、B銀行もC会社も大混乱に陥るでしょう。
3つめは、デフォルト(債務不履行)です。これは、多額の国債を保有しているB銀行を倒産させてしまうかもしれません。経済の血流を担うB銀行の倒産は、Aさんの預金の“蒸発”を意味し、C会社の存続をも危うくします。
2つめと3つめは何としても避けなければなりません。よって、残る方策は現実的に1つめの“増収あるいは歳出減を図ること”のみです。
確かに、日本国内に余剰資金があり、多くの金融機関が日本国債の保有を選好する傾向が強く、国内消化率も高い現在においては、(国内投資家の姿勢が突然変わらない限り)現在の欧州諸国のように国債価格の下落(=金利の上昇)が起きづらいのは事実です。問題はこの状況がいつまで続くのか、なのです。
国内で国債の安定消化が可能なのは、日本政府が発行する国債以上にキャッシュフローがプラスで推移する、あるいはストックに余剰がある場合だけです。今後、キャッシュフローもストックもマイナスに転じて、そのうえ、上記3つのどれも嫌だということであれば、海外投資家による日本国債への投資に期待するしかありませんが、私はそれも難しいと思います。従って、今の日本には、1つめの“増収あるいは歳出減を図ること”以外の方策はありません。
国債を無制限に発行しても、国内でぐるぐるお金が永遠に回り続けるのであれば、なぜ日本は戦後に、預金封鎖、資産税の徴収、ハイパーインフレが起き、その代償として、国民は軒並み大打撃を受けたのでしょうか。当時の国債の国内消化率は100%であったことでしょう。
このままでは現在の日本も国内に余剰資金がなくなった時点で、戦後と同じように(事実上の)財政破綻が起きます。貯蓄以上のお金を消費し続けることが出来ないのは、個人でも国でもあたり前のことです。蛸はいつまでも自分の足を食べ続けられないのです。
政府紙幣、通貨発行益(シニョリッジ)などの話もありますが、結局うまい話はありません。まともな話は増税や歳出カットなど、つらい選択を迫ることが多く、人気が出ないこともしばしばですが、それこそがまっとうな議論で、日本国民が選択していくべき道なのです。
最後に、以下の引用をして終わります。
国債が沢山殖えても全部国民が消化する限り、すこしも心配は無いのです。国債は国家の借金、つまり国民全体の借金ですが、同時に国民が其の貸手でありますから、国が利子を支払つてもその金が国の外に出て行く訳でなく国内に広く国民の懐に入っていくのです。一時「国債が激増すると国が潰れる」といふ風に言はれたこともありましたが、当時は我国の産業が十分の発達を遂げてゐなかった為、多額に国債を発行するやうなときは、必ず大量の外国製品の輸入を伴ひ、国際収支の悪化や為替相場、通貨への悪影響の為我国経済の根底がぐらつく心配があつたのです。然し現在は全く事情が違ひ、我国の産業が著しく発達して居るばかりでなく、為替管理や各種の統制を行つて居り又必要なお金も国内で調達することが出来るのでして、従つて相当多額の国債を発行しても、経済の基礎がゆらぐやうな心配は全然無いのであります。
昭和16年「隣組読本 戦費と国債」より
井上 悦義(アゴラ執筆メンバー)
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