デフレ:原因と症状の取り違え

2012年06月09日 22:20

日常、「熱が出て体の具合が悪い」といった言い方をしばしばする。これと同じような感じで、「デフレで経済の調子が悪い」という言い方をするのだと思う。ただし、誰にも理解出来るように、「熱が出て体の具合が悪い」というときに「熱」は原因ではなく、症状である。これに対して「デフレ」に関しては、同様に症状であるにもかかわらず、あたかも原因であるかのように言われることが少なくない。


何らかの原因があって体の具合が悪くなって、その結果、熱が出るわけである。したがって、その原因を解消するための根本治療が肝要である。もっとも対症療法も必要で、高熱が何日も続いたりすると、それだけで体力を消耗してしまって、病気がより深刻化しかねない。それゆえ、解熱剤を処方するといったことは欠かせない。しかし逆に、解熱剤だけを投与しておけばよいということには(風邪のような軽い病気の場合を除いて)ならない。

デフレは、発熱に類似した症状である。この症状も深刻化すると、経済に悪影響を及ぼしかねない。それゆえ、対症療法としての金融緩和は必要である。そうではあっても、根本治療を怠ったままでいるがゆえに、いつまでも症状が改善しないことをもって、対症療法が不十分であるかのように言い立てるのは、まったく間違っている。必要なのは、根本治療の取り組みである。

リーマン・ショック直後の2009年の除くと、そもそもデフレといっても、消費者物価指数の下落率は年率で1%未満に過ぎない。この程度のデフレが日本経済の諸悪の根源になっているというのは、いかにも無理がある。デフレはスパイラル化するから恐ろしいといった主張もときどき見かけるが、デフレ・スパイラルといった事態は、現代の日本では起こっていない。それを防ぐ程度には、対症療法としての金融緩和は十分に行われてきたといえる。また、まだまだ物価動向は弱々しいものだけれども、総合の消費者物価指数の前年同月比の上昇率は、一応今年に入ってプラスが続いている。

他方、GDPデフレーターの下落は続いている。これは、輸入物価の動きによるところが大きく、交易条件の悪化という日本経済の不調の原因を端的に表しているといえる。要するに、円高でも資源価格の上昇を相殺しきれず、円建ての輸入物価が上昇する一方で、輸出に関しては円高の影響を半分程度しか現地価格に転嫁出来ていない。この背景には、日本の輸出産業が、かつてのような強い競争力をもはや持ち得ていないという現実がある(齊藤誠「デフレの原因は物価にあらず」、『日経ヴェリタス』2012.5.27を参照のこと)。根本治療とは、ここでいう日本の輸出産業の国際競争力の改善といったことに関わる取り組みのことである。

なお、交易条件が悪化すると、われわれは貧しくなる点については、以前に書いた
「スタグフレーションはあり得るか」「スタグフレーションはあり得るか(改)」と題した記事を参照されたい。

根本治療を回避して、対症療法だけで問題が完治することはない。にもかかわらず、デフレ脱却というスローガンに支持が集まりやすいのは、名目と実質の区別がついていなくて、名目値が上昇すると実態もよくなるように何となく思われているからではないか(こうした旨を池田さんが最近述べていて、半信半疑だったのだけれども、ネットで検索していたら、本当にインフレになると実質賃金が上がるかのように考えている人がいることに遭遇してしまった。私的には、結構衝撃)。しかし、実質値が名目値と同じ方向に動くという保障はない、逆に動くことも十分にあり得る。

したがって、名目値が変わったときにどういう帰結が見込まれるかについては、論理をきっちりと詰めて考えることが不可欠である。そうしないと、出来合いの適当なストーリーを与えられて、それに自足してしまって、結局、自分の本当の利害に反する主張をしてしまったりすることになる。

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池尾 和人@kazikeo

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