薬剤師の政治力はなぜ強いのか

池田 信夫

きょう楽天の三木谷浩氏が記者会見し、ネット販売を規制する薬事法改正が行なわれたら、産業競争力会議の民間議員をやめる考えを表明した。これに先立って厚労省は、薬のネット販売を5品目について禁止し、23品目について規制する方針を表明した。


これは形式的には合法である。最高裁判決

新施行規則のうち,店舗販売業者に対し,一般用医薬品のうち第一類医薬品及び第二類医薬品について,① 当該店舗において対面で販売させ又は授与させなければならないものとし,② 当該店舗内の情報提供を行う場所において情報の提供を対面により行わせなければならないものとし,③郵便等販売をしてはならないものとした各規定は,いずれも上記各医薬品に係る郵便等販売を一律に禁止することとなる限度において,新薬事法の趣旨に適合するものではなく,新薬事法の委任の範囲を逸脱した違法なものとして無効というべきである。

と法律にないネット販売の規制を省令で「一律に禁止する」ことを違法とする限定されたもので、ネット販売の規制そのものを違法とはしていないからだ。しかしこの背景にある司法の意思は「薬局でも説明なんかしてないのに、ネット販売だけ規制するのはおかしいだろ」という常識論を「法律で決まってない禁止規定を省令で決めてはいけない」という法技術論で表明したものと読める。

厚労省の今回の方針は、それを「一律」ではなく品目指定して法技術ですり抜ける脱法行為である。役所が率先して脱法行為をするのでは、国民に「法律を守りましょう」とはいえない。新たに立法してネット販売を規制することも形式的には問題ないが、それは最高裁まで「おかしい」と判断した薬事法の過剰規制を今度は堂々と表からやろうという話だ。

この背景には薬のネット販売に反対する議員連盟があり、その議員に対して薬剤師連盟が3年間で14億円の政治献金をしているというわかりやすい構図がある。問題は、なぜ薬剤師などというマイナーな業界にこんな政治力があるのかということだ。

それは薬剤師が不要な職業だからである。昔は薬剤師が薬を調合したので、免許がないと危険だったが、今は医師の処方した薬を出すだけだ。コンビニでもネットでもできる。しかし、ではなく、だからこそ彼らは政治力をもつのだ。Grossman-Helpmanなども指摘しているように、ロビー活動は生産性の低い業界ほど強い

たとえばITのように規制が少なく生産性の高い業界では、政治活動の利益より本業でかせぐ利益のほうが大きいが、農業や土建業などの生産性の低い業界ほど規制が多く、それを有利にするrent-seekingによる利益がその機会費用(本業の利益)より大きいので、政治力が強くなり、生産性はさらに低くなる…

「薬剤師がいないと薬を売ってはいけない」という規制を守ることは、彼らの生命線である。ネット販売を許したら、スーパーでもコンビニでも自由に薬が売られるようになり、価格競争が始まったら既存の薬局は勝てない――酒屋が免許の廃止で消えたように。だから薬剤師が政治家に献金するのも、政治家が薬剤師を守るのも、官僚が彼らの利権を守るのも合理的なのだ。

追記:すごい反響があったので補足しておくと、薬剤師会の裏には医師会と製薬業界がいる。本丸は、大衆薬の10倍の規模の処方薬の薬価を価格競争から守ること。