2020年東京五輪の暑さ対策として、サマータイム一斉導入を検討すべく、安倍首相が自民党に検討を指示した。大会組織委員会会長の森前首相は五輪を日本のレガシーとして導入して欲しいと、要請しているという(日経新聞 8月8日朝刊4面)。しかしながら、この制度の目的とするもの、その効果というものが良く見えない。というよりも、錯綜しているようにみえるのだ。
1. 異なる2つの目的
サマータイム導入には、2つの異なる目的が存在している。ひとつは、五輪選手の身体の安全で、暑さから選手を守ることだ。もうひとつは、働き方改革で、労働時間の短縮とそれに伴う、省エネや交通渋滞の軽減などの目的である。
ちなみに、日経新聞は、サマータイム導入の効果と課題を次のように列挙している。
「効果」
・省エネや温暖化ガス削減につながる
・余暇時間が増え消費が拡大する
・交通事故や犯罪が減る可能性
・東京五輪の矜持時間を気温が低い早朝に前倒し
「課題」
・航空や鉄道ダイヤの変更が必要となる
・残業が増え、労働強化につながる
・コンピューターのシステム変更が必要
・体内時計が乱れ、体調に影響が出る可能性
2. 目的(期待される効果)の検証
上記の中で、東京五輪関係の目的はひとつのみだが、暑さ対策のために早朝に移すというのは、目的と期待される効果は明確で、なおかつ両者は直結し、確実に効果が期待できるだろう。
他方で、働き方改革関連の目的は複数列挙されている。これらの目的の中で、中軸になるのは、労働時間の短縮で、これが他の目的が実現するための前提条件となる。労働時間が圧縮されることで、省エネや交通渋滞の軽減につながるし、また、余暇時間も増えると考えられているからだ。
そうなると、サマータイム導入によって、真に労働時間が短縮されるのかがカギとなる。では、真に短縮されるのだろうか。そこで、過去、現在において導入されてきた諸諸制度に注目してみよう。ひとつは、昨年2月から始まったプレミアム・フライデーだ。いつの間にか、その存在は薄れ、労働時間短縮や余暇時間など効果が見られたといえない。
残業時間の圧縮については、一定の効果があったと言われているが、他方で、中間管理職の労働時間が増えたという声も聞かれる。テレワークやスーパーフレックスタイムについては、働き方や方法の多様性に寄与しているが、労働時間については未だわからない。少なくとも現行制度の状況から、サマータイム導入が労働時間の短縮に効果があるとは言い難く、根拠は希薄だ。
3. 異なる2つの目的は共存せず、割れてしまうことも
サマータイム導入議論の契機となったのは、東京五輪の競技開始時間を早めることである。選手を暑さから守るという目的に、後から、働き方改革を結びつけたところに無理がある。
さらに、東京五輪の競技開始時間と交通渋滞の問題もある。そもそも、五輪開始時間を早めようという議論の背景には、通勤時間と重複するという問題点もあった。そのために、競技時間を早め、通勤時間帯とずらすことが検討されたのだ。だが、サマータイムによって通勤時間も早めたら、元の木阿弥になってしまう。
異なる2つ以上の目的を同列に並べると、大抵、互いに矛盾を起こし、又裂き状態になると言われている。本件もその典型例なのではないだろうか。
田中 弥生(たなか・やよい)ソーシャルガバナンス研究所代表、芝浦工業大学特任教授
専門は非営利組織論、評価論。1993年にピーター・ドラッカーの講演を企画・実現したことを契機に同氏より非営利組織論、人生のありかたを学ぶ。東大工学部社会基盤学専攻 国際プロジェクト助教授、独立行政法人大学改革支援学位授与機構教授などを歴任後、現職。日本NPO学会会長、財務省、文科省、内閣官房など各省庁の委員も経験。
編集部より:このブログはソーシャルガバナンス研究所代表、田中弥生氏の公式ブログ 2018年8月8日の記事を転載させていただきました。転載を快諾くださった田中氏に心より御礼を申し上げます。オリジナル原稿をお読みになりたい方は、田中弥生オフィシャルサイト をご覧ください。
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