テレビ局が芸能事務所に忖度する事情:独禁法違反の境界線

2019年08月06日 06:00

ジャニーズ事務所に対する公正取引委員会の「注意」に続き、吉本興業の「契約書の不存在」疑惑に関して同委員会幹部が問題視するなど、最近、芸能事務所に対する独占禁止法の適用が注目を浴びている。直近ではマツコ・デラックスさんの事務所がジャニーズ事務所の意向を忖度するかのような姿勢をとっていたとして週刊誌で報じられ(参照:文春オンライン「ジャニーズ幹部の稲垣「舞台潰し」とマツコ「共演拒否」」)、同時に本人の反論が掲載されている。

東京・赤坂のジャニーズ事務所(編集部撮影)

公正取引委員会の対応に、「それ見たことか」「けしからん」という声が強いが、「だから何だ」「なにが問題なのか」という声も一方である。気になるのが、後者の理由である。ジャニーズについては、公正取引委員会の対応が「注意」にとどまったことが大きい。

公正取引委員会は「違反行為の存在を疑うに足る証拠が得られないが、違反につながるおそれがある行為がみられたときには、未然防止を図る観点から「注意」を行って」いる(公取委のウェブ・サイト「よくある質問コーナー(独占禁止法)」Q27)。「違反行為の存在を疑うに足る証拠」がないということは、違反摘発という意味ではそのスタートラインにすらつけなかったということを意味する(「公取委がジャニーズ事務所を注意〜「圧力」とは何か?」参照)。未然防止の必要性についてはジャニーズ側にどれだけ非がある話なのかは、「注意」という事実だけから何ともいえないのが実情である。

吉本の場合、「コンプライアンス」に拘泥することへの警戒の声が少なくない。例えば、古舘伊知郎さんは「四角四面の道徳警察にならない方がいい、つまらなくなる」と述べている(参照:スポニチアネックス「古舘伊知郎、吉本騒動に対する世間の目に「四角四面の道徳警察にならない方がいい、つまらなくなる」)。どんぶり勘定的な契約スタイルも、それはこの業界にとって不可欠な要素であるかのような物言いをするベテラン芸人も見かける。

どちらにしても独占禁止法や下請法に本当に違反するのであれば、無視すべきコンプライアンス問題であるとは到底思えない。特に吉本擁護に関しては、「四の五の言うな」という開き直りの風潮が強いようにも思える。

さて、話をジャニーズに絞ってその競争の構造を考えてみよう。テレビ局に対してあからさまな圧力をかけて競合するタレントを排除しようとしたという独占禁止法の格好のターゲットとなるような話から、マツコ・デラックスさんのように「テレビ局は使いたくない」といった、そもそものニーズの有無のレベルの問題だ、という見方もあるだろう。

使いたくないタレントは使わない話なのか、使いたいタレントも使えない話なのか、独占禁止法違反の有無を考える上では非常に重要な違いだ。前者ならば、契約相手の「自由な選択」の問題であり、これを独占禁止法上問題視することはナンセンスである。いい商品を売って競合他社が排除されたのであれば、それは競争原理そのものだ。後者の場合、状況を二つに分けて考えるべきだろう。

第一は、競合するタレントを排除するようにテレビ局に働きかけて意図的に仕組んだ場合。この場合、独占禁止法の門を完全にくぐっている。第二は、「忖度」の言葉にあらわれるように、事務所からの明確な働きかけはないがテレビ局が事務所の顔色を伺うような場合。多くの人は、第一の状況が「空気」の中で行われている場合を想起するだろう。その空気の醸成にどれだけ事務所が加担したかが問われることになろうが、しかし違反の証明には苦労するだろう。

それだけではない。忖度の言葉の裏には、テレビ局が事務所に対して「何かを期待する」思惑も見え隠れする。

例えば、ある事務所のタレントばかりを出演させることで「信頼関係」を構築し、将来的にも安定的にその事務所の有望株や次世代のスターたちを出演させ続けることができる期待にテレビ局が「投資している」といえるケースである。いわば「お得意さん」になる、ということだ。そういった関係を構築するためには、事務所は次世代の売れっ子を養成するために弛まぬ努力をし続けなければならない。それが長期に渡れば渡るほど、この関係は強固になる。

この場合、それ自体が競争だという見方ができる。あるメーカーにとって自社のプロモーションを必死でやってくれる小売店は「お得意さん」である。そういったお得意さんには常に最新のモデルや各種情報を積極的に提供するようにインセンティブをつけることもあるだろう。これは通常の流通戦略である。

こういった行為がどこまで行けば競争に適う行為として説明できなくなるか、見極めは簡単ではない。そのメーカーが支配的であればあるほど独占禁止法の射程として「魅力的」なものになっていく。しかし、そういった行為は出発点としては真っ当な競争活動なのである。

公正取引委員会の「注意」という対応を読み解くためには、「(健全な)競争と(そうでない)独占の境界線」を見極めることが重要である。

独占禁止法を考えるにあたり、「「注意」されたのだからやましいことをやっているのだろう」などという解説では物足りなさ過ぎる。

楠 茂樹 上智大学法学部国際関係法学科教授
慶應義塾大学商学部卒業。京都大学博士(法学)。京都大学法学部助手、京都産業大学法学部専任講師等を経て、現在、上智大学法学部教授。独占禁止法の措置体系、政府調達制度、経済法の哲学的基礎などを研究。国土交通大学校講師、東京都入札監視委員会委員長、総務省参与、京都府参与、総務省行政事業レビュー外部有識者なども歴任。主著に『公共調達と競争政策の法的構造』(上智大学出版、2017年)、『昭和思想史としての小泉信三』(ミネルヴァ書房、2017年)がある。

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楠 茂樹
上智大学法学部国際関係法学科教授

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