しっかりしてよ! 鳩山さん。 - 北村隆司

2009年11月05日 11:25

首相個人の所信を述べる演説とは言え、鳩山首相の初の所信表明演説は、「おじ様のエッセイ」としか思えない出来で、「理念」や「傾聴に値する内容」に乏しい演説でした。読み上げに52分も要した戦後史上最長の演説にも拘らず、具体的な数字は温暖化ガス削減目標「25%」のみと言うのもひどすぎます。

青森のおばあさんやチョーク工場の逸話を入れるなど、リーガン大統領以来流行してきた演説スタイルのコピーも感心しません。


処が、新聞各社の反応は、『「理念」や内容はこれまでの自民党政権の所信表明演説にはなかったもので、政権交代による様変わりを印象づけた』と概ね好意的だと聞き吃驚しました。尤も、安部、福田、麻生各首相との比較であれば、何となく解る気もします。

今回の所信表明では「温暖化ガスの削減と高速道路無料化」「財政危機と子供手当て」「WTO加盟国日本と農家への直接保障制度」「日米安保体制の維持と沖縄基地問題」など、倫理的にも財政的にも相対立する政策の整合性や、その優先順位には一切触れず、抽象的な「友愛政治」の宣伝に大きな時間を割いた事も私には不満でした。

首相は「人は他人の為に存在する云々」と言うアインシュタイン博士の言葉を引用されていますが、「ある物事を簡単に説明できないとしたら、その物事をよく理解していない証拠である」と言う言葉もアインシュタイン博士の残した言葉です。「友愛政治」の意味を上手に説明が出来ない現状では「友愛」の看板を早く下ろすべきです。

首相の焦点呆けは所信表明に限りません。沖縄の基地問題を巡って「日米合意も大事だが、一番大事なのは沖縄県民の心だ」だなどと、首相の立場と沖縄選出の議員の立場を混同するに至っては「冗談はよして欲しい」と言いたい気持ちです。

それに比べ、仲井間沖縄県知事は『普天間の危険性を踏まえると、早期の移設が当然で、鳩山首相が「(例え県外移設でも)早い時期に実現するとおっしゃらないから、私は次善の策として県内やむなしと言っている。これは私の揺るぎない気持ちだ」』と語り、鳩山首相が県外か県内かの方針決定の判断材料に「県民の意思」を挙げていることに対し、「防衛の基本は国が決めるべきで、順序が逆だ」と極めて筋の通った所信を述べておられます。この点に関する限り、知事と首相が地位を交代した方が、国益に適うとさえ思へます。

日米の対等とは何か?これもはっきり説明して欲しいものです。国力に大きな差がある日米が、対等を維持することは至難の業です。日本が勝手放題に自分の主張を述べ、米国の言い分は聞かないという事が対等ではありますまい。 私は、両国が夫々の国益を追及し、両者の国益が合致する場合はその方針を取り、合致しない場合は夫々の国の判断で「小異を捨てて、大同に付く」大人の関係が対等だと思っています。

鳩山首相が繰り返し主張する「弱者救済」を非難する人はいないでしょう。問題は「弱者」の定義と救済の「原資」です。国の成長が無ければ弱者は益々増え、国家は貧困への道を突き進みます。首相でありながら、生産性、企業環境の改善、法人税のあり方など具体的成長政策に触れない所信演説は、世界でも例を見ません。

数百万人に上ったニート・フリーターが大きな社会問題になったのは、つい数年前でした。金融危機の突発と共に「契約社員」「非正規社員」の活字が紙面を賑わし、ニート・フリーターは紙面から消えて仕舞いました。これは永年の社会問題が解決したのではなく、メデイアのトリックで、「契約社員」「非正規社員」に名前が変る事で、同じ人達が「社会の問題児」から「社会の犠牲者」に昇格した為でしょう。

「政治は弱者の為にある」と断言する鳩山首相の政治姿勢に対して、小沢幹事長の「ニート・フリーター観」はその対極にあります。少し長い引用になりますが、彼は過去に次のように言っています。

『短期のアルバイトなはどを繰り返すフリーターの増加も以前から問題視されているが、本人たちは「誰の迷惑にもなっていない」と言うかもしれないが、親の稼ぎで食わしてもらっているうえ、国民全体で支える公共的サービスは享受している。病気でもない働き盛りの若者が、漠然と他人に寄生して生きているなど、とんでもない。

自分の力で生きようとしない彼ら自身も問題だが、最も責任が重いのは厳しいシツケもせずに、ただ甘やかせている親たち。どうかしている。僕は自宅で小鳥を飼っているが、親鳥はヒナが大きくなるまでは一生懸命に世話をするが、一定の時期がくると冷たいほど突き放して巣立ちさせる。ニートの親は動物にも劣るといっても過言ではない。

政府は「少子高齢化の進む人口減少社会で、経済の活力を一段と失わせかねない」として、今後、ニートの就職支援に本腰を入れるというが、果たしてそんな次元の話なのか。
僕に言わせれば対策は簡単だ。一定の猶予を与えて、親が子供を家から追い出せばいい。無理矢理でも自分の力で人生を生きさせるのだ。追い詰められれば、彼らも必死に考えて行動するはずだ。それでも働きたくないというなら、勝手にすればいい。

その代わり、親の世話には一切ならず、他人に迷惑(犯罪も含む)もかけず、公共的サービスも受けないことだ。無人島でも行って自給自足の生活でもすればいい。』
「乱暴だが判りやすい」小沢氏と「柔和だが意味不明」の鳩山発言の違いは「けじめ」の有無にあります。

何処までも対照的な二人を称して、ある評論家は「政策と政局を使い分ける小沢氏は、政策面では感心することが多く、具体化する戦術も狡猾と思うほど先を読んでいる。其処へ行くとぺらぺらしゃべってはぐらつく鳩山さんとは比べ物にならない。」と論評しています。

鳩山さんは「君子に二言なし」「君子九度思いて、一度言う(自分の考えを軽々しく話さず、良く考えた上で口数少なく話すことが大切)」など「指導者たるものは饒舌を慎むべし」と言う多くの教えに反して、軽薄なことをべらべら喋り過ぎます。

又、批判の多い首相のぐらつきは「他人」を喜ばせる事に軸足を置く「政治姿勢」に基因しています。「祖国に依存する事はやめ、祖国の為に自分が出来ることは何かを考えようではないか 」という名文句で国民を魅了したケネデイー大統領は、この演説で偉大な指導者としての地位を固めました。政権交替を選んだ日本国民は成長しています。ばら撒き政治に載る時代ではありません。寧ろ、国民に義務の分担を求められる説得力を持った強い指導者を期待しているのです。

民主党の改革に期待を寄せている私だけに、首相の説得力の向上と強い指導者への変換を期待する今日この頃です。

ニューヨークにて 北村隆司

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