農業所得補償の「元祖」が民主党の農業政策を批判する - 『「亡国農政」の終焉』

2009年11月22日 00:00

★★★★☆ (評者)池田信夫

「亡国農政」の終焉 (ベスト新書)「亡国農政」の終焉 (ベスト新書)
著者:山下 一仁
販売元:ベストセラーズ
発売日:2009-11-07
クチコミを見る


著者は、かつて農水省の官僚としてWTO交渉にあたり、その経験から農業の自由化は不可避だと考えて農家への直接支払いを提案した。これはWTO(世界貿易機関)が各国に勧告し、EU(欧州連合)が実施してきた政策である。そのメリットは、経済学の初等的な理論で説明できる。農家の所得を保証するために関税などで価格支持すると、消費者は高い農産物を買わされるが、関税をやめて農家に損失を補償すれば、農家の所得は変わらないで消費者は安い農産物を買うことができる。

この政策は農産物の自由化が避けられないと考えた農水省の改革派が進めたのだが、結果的には挫折した。このように農協を「中抜き」して農家に直接所得補償すると、戦後の農業と農政を支配してきた農協の基盤が崩壊するからだ。しかしこの点に目をつけたのが、小沢一郎氏だった。民主党は、減反をやめて農業補助金を廃止すると同時に、中核農家への所得補償に切り替えるという「山下理論」を掲げて、自民党の最大の集票基盤である農協の切り崩しをねらったのだ。

しかし2004年の参議院選挙では、民主党のマニフェストから「中核農家」という言葉がはずれ、兼業農家にも無差別にばらまく政策に変質してしまった。それでも今年の総選挙の前のマニフェストには、日米FTA(自由貿易協定)を締結する代わりに所得補償するという戦略があったが、これも農業団体の圧力で鳩山由紀夫代表(当時)が取り下げてしまい、農業所得補償は来年度6000億円のバラマキとして財政を圧迫するだけの政策になってしまった。

本書で興味あるのは、松岡利勝・元農水相の自殺についてのエピソードである。一般には、彼の収賄事件について検察が捜査を開始し、政治資金をめぐって「なんとか還元水」などの答弁で窮地に追い込まれたことが原因とされているが、著者は別の解釈をしている。当時、安倍首相の特命で、松岡は「Vプラン」とよばれる農政の抜本改革を立案していた。これは関税を大幅に下げる代わりに、義務づけられているミニマムアクセス米の輸入をやめ、減反を廃止して農業を自由貿易体制に変えようとするものだった。

しかしこの提案は、自民党農水族と農水省官僚と農協という農政トライアングルの壁にはばまれ、首相の期待とトライアングルの抵抗の板挟みになった松岡はみずから命を絶った。一般には補助金を脅し取る最悪の「ベトコン議員」と見られていた松岡も、自分の政治的基盤である農業が崩壊するという危機感を持っていた――というのが著者の推測だ。それを裏づける証拠があるわけではないが、晩年の松岡が改革を模索していたことは事実らしい。

このように農業は自民党政治と骨がらみになって、自立できない産業を巨額の補助金で支える官民癒着の構造が続いてきた。政権交代は、これを変える大きなチャンスだったはずだが、前述のように民主党は「山下理論」を骨抜きにしてしまった。このままでは、民主党の農政も破綻するだろう。

なお、本書で一貫してmanifestoを「マニュフェスト」と表記しているのは気になるので、重版では修正したほうがいいだろう。

アゴラの最新ニュース情報を、いいねしてチェックしよう!
池田 信夫
アゴラ研究所所長 SBI大学院大学客員教授 学術博士(慶應義塾大学)

アクセスランキング

  • 24時間
  • 週間
  • 月間

過去の記事

ページの先頭に戻る↑