米国の経済学会--池尾和人

2010年01月08日 10:16

毎年年初に米国では、AEA(米国経済学会)を中心に、AFA(米国ファイナンス学会)の他、経済学系の中小の学会50以上が一堂に会する形で大会(ミーティング)が開かれる。参加者は1万人規模に及ぶので、会議施設をもった大型のホテルが複数隣接してあるような場所で開かれる。そんな場所は、米国でも少数の大都市にしかない。今年はアトランタで開催され、昨年はサンフランシスコであった。参加者は、会場になるホテルに宿泊することになる。正月に開かれるのは、(日本と違って)オフシーズンで、ホテルが(比較的低コストで)確保しやすいという事情からだと思われる。


なお、一堂に会するのは、大会の機会が新規に博士号(ph.D)を取得した大学院生にとっての就職市場(ジョブ・マーケット)を兼ねているからである。博士号の取得の見込みがつくと、その院生は履歴書(レジュメ)と業績を求人している(複数の)大学等に送る。受け取った大学側は、書類審査を行い、可能性があると認めたときには面接の機会を与えることになる。

有望な院生はいくつもの大学から面接の機会を与えられ、そうでない者は全く機会を得られないこともある。大量の面接をこなすためには、面接する側も、される側も一カ所に集まった方が効率的である。大会でのセッションと並行して、ホテルのいろいろな部屋で面接が実施されているわけである。もっとも、今年はそもそも求人が少なく、求職側は大変だったようである。

経済学者の就職市場も、米国はきわめて競争的である。面接をパスして採用されたとしても、最初は任期付きのいわば試験採用である。任用されている間に一定以上の業績を上げなければ、職にとどまり続けることはできない。逆に、優れた業績を上げた者は、当初よりも有利な条件で他の大学に引き抜かれたりする。しばらくそうした競争を続けた後、どこかの大学でテニュア(永続任用権)を得られたなら雇用の安定が保障されることになる。しかし結局、大学教員の職を得るのをあきらめざるを得ない結果に終わることもある。

こうした米国の状況に比較すると、日本の大学教員の就職市場は、これまで全く非競争的だと言われても仕方がないものだった。しかし、近年は新規採用分から部分的に米国型の方式が導入されはじめており、少しずつ状況は変わってきている。といっても、(私を含めた)既採用の教員の身分保障は手厚いままであり、(全面的な制度変更が望ましいものだったとしても)部分的な制度変更が本当により望ましい結果につながるかどうかは疑問なところがある。因みに、たまたま『中央公論』2月号が「大学の敗北」という特集を組んでいるので、その中の西田氏の記事などを参考にされたい。

ところで私は、正月休暇をかねて、本年のアトランタでの大会に物見遊山に行ってきた。そして、毎度のことだが、米国の経済学会の層の厚さと質の高さを実感してきた。私は経済学についてしか直接には知らないけれども、他の大方の学問領域についてもそうであると推察される。それゆえ、少なくても先進国においては知識集約型の産業がこれらからますます主役を演じることになるとすると、高等教育研究分野で圧倒的な競争力を有している米国の優位が崩れるとはとうてい思われない。米国経済の凋落の類を予想する人達は、いったい何を根拠にそうした見通しを語っているのだろう。

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