オーストリア日刊紙プレッセ(日曜版、7月2日)には、アラブ諸国で広がっている麻薬問題のルポ記事が掲載されていた。話は少し古くなるが、サウジアラビアの王子、アブドゥル・モーセン・ビン・ワリード・ビン・アブドゥラジズ王子が2015年10月、自家用機でリヤドに帰国途上、レバノンのベイルート空港で麻薬所持の容疑で拘束されたことがあったが、押収された麻薬は2トンのカプタゴンだった。その量の多さは関係者を当時、驚かせた。
同王子が自家用機にスーツケース40箱のアンフェタミン類の麻薬を運んでいたが、その総量は800万錠、サウジ国内の闇市場で取引される価格でいえば、8000万ドルから1億6000万ドル相当という。
問題はその麻薬類が単に闇市場の取引用というより、サウジの戦闘兵士が密かに日々摂取する麻薬用ともいわれ、王子が運んでいた麻薬量は彼らの半年分の摂取量に当たるというから凄い(カプタゴンは神経刺激薬フェネチリン(Fenethylin)の商品名だ。サウジなどアラブ諸国でよく利用されている麻薬)。
プレッセによると、シリアで内戦が勃発する前、カプタゴンはシリアの工業地域アレポで主に製造されていたが、今はレバノンに製造場所が移ったという。レバノンで押収されるカプタゴンの量は毎年増加している。ただし、税関当局が押収する麻薬類は実際の10%に過ぎないと推定されている。
当方は自爆テロを聞くたびに「テロリストたちは本当に死が怖くないのか」という漠然とした疑問があったが、テロを実行するテロリストも決して平静心で実行しているわけではないことが明らかになってきた。
パリに潜伏していたテロ容疑者のアパートを捜査した警察関係者は使用済みの注射針を見つけている。容疑者たちが麻薬を摂取していた可能性があるというニュースが流れたことがあったからだ。
イスラム過激テロリストは「聖戦」の信仰から自爆を選んでいると考えられてきた。それ故に、イスラム教過激主義という発想が生まれてくるわけだが、実際は麻薬の影響下で自爆するケ―スが多いという事実だ。すなわち、自爆テロリストはイスラム過激主義者というより、麻薬中毒患者といったほうが当たっているわけだ。もちろん、例外はあり得る。
当方は「パリ同時テロ事件」直後、「パリ同時テロを実行した容疑者たちもカプタゴンをヘロインとミックスして摂取し、“ハイの状況”(異常に高揚した心理状況)でテロを繰り返したのではないか」とこのコラム欄で書いたことがある(「テロと麻薬と『クリスマス市場』」2015年11月20日参考)。
興味深い事実は、「パリ同時テロ事件」や「ブリュッセル連続テロ」でイスラム過激派テロリストが自爆を止めて、犯行現場から姿を消す、といった現象が目撃されたことだ。
2016年3月18日に逮捕された「パリ同時テロ事件」のサラ・アブデスラム容疑者は15年11月のパリ同時テロでは自爆する予定だったが、何らかの理由で自爆用バンドを現場に捨て、車でブリュッセルに行き、そこで潜伏してきた。「ブリュッセル連続テロ」では国際空港で3人の自爆テロリストが空港のカウンター前に並んでいるのが監視カメラに映っていたが、その内、2人はその直後自爆したが、第3の容疑者は自爆せずに行方をくらませている。
イスラム過激派は、自爆後、天国に行き、神の祝福を受ける。すなわち、自爆は天国に繋がる殉教と考えてきた。実際、パレスチナ紛争でもテロリストは自爆テロを繰り返してきた。その自爆テロリストが「パリ同時テロ」「ブリュッセル連続テロ」では自爆用バンドを捨て、去っていく者が出てきた。自爆テロと麻薬問題を詳細に分析する必要があるだろう(「テロリストが『自爆』を恐れる時」2016年3月25日参考)。
編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2017年7月8日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。