安冨歩氏のレビュー

小黒 一正

東京大学東洋文化研究所教授の安冨歩氏から拙著『財政危機の深層 増税・年金・赤字国債を問う』(NHK出版新書)に対するレビューを頂戴した。

現在の財政の状況について把握するには、手っ取り早くで便利な本である。しかし、肝心の特別会計はさらっと触れるだけであり、話は一般会計に限定されている。財政にぶら下がる「官経済」の構造には一切、言及がない。故・石井紘基議員が十数年前に指摘したように、官経済による民経済の圧迫による日本経済の構造的破綻が問題の正体であり、そこを含めて議論しないと、「真実」には到達できないのではないか。
また、私見によれば、財政赤字は「立場主義」に象徴される日本社会の構造的破綻の一つの表現にすぎないので、財政を財政だけで解決するのは無理である。それゆえ、消費税を上げたって、効果はない。別のところに破綻が移動するだけである。そもそも、立場主義を打破しない限りは、消費税を20~30%にすることさえできないだろう。それゆえ、何らの解決にもならないのである。(以下、略)


この記述を見て、日本の最高学府に職を得ている学者のレビューか否か、当初は疑ったが、どうやら、安冨氏のレビューで間違いないようだ(注:匿名レビューでないことには、本当に敬意を表するが)。


安冨氏の「私見によれば、財政赤字は「立場主義」に象徴される日本社会の構造的破綻の一つの表現にすぎないので、財政を財政だけで解決するのは無理である」という指摘は、本書の終章を読んだのか、疑わしい記述だ。

拙著の終章では、「過剰な反応を恐れる「政治」に配慮し、厚生労働省、財務省を中心に政府当局の腰が引けている」状況を打破するため、「政治的に中立的で学術的に信頼性の高い公的機関が「財政の長期推計」や「世代会計」などを試算し、国民に情報提供することや、その枠組みとして、内閣府や財務省・厚労省といった既存の行政組織とは別に、「世代間公平委員会(仮称)」といった組織を新設すること」等を提言している。そして、「「独立」機関が財務省等の植民地とならないように注意する必要」であること等も明記している。

これは、最近復刊となったブキャナンとワグナーの名著『赤字の民主主義 ケインズが遺したもの』(日経BP社)において、「現実の民主主義社会では、政治家は選挙があるため、減税はできても増税は困難であり、民主主義の下で財政を均衡させ、政府の肥大化を防ぐには、憲法で財政均衡を義務付けるしかない」旨の指摘とも関係するが、2000年代以降、海外、特に欧州では、高い専門性と分析力を持つ「財政政策機関」を設置するべきとの議論が盛り上がってきていることを踏まえたものである。

また、日本財政の本質的な問題は、毎年約3兆円のスピードで膨張する社会保障給付費に対して必要な財源が賄えていないことにある。つまり、少子高齢化が急速に進む中、いま我々に問われているのは「社会保障の抑制を含め、受益と負担をどうするか」という問題である。

その点で、安冨氏の「財政にぶら下がる「官経済」の構造には一切、言及がない」という指摘は官僚の昇進・天下り問題としては重要だが、年金・医療・介護等の義務的経費が多くを占める社会保障以外の支出(対GDP)は2011年でOECD最下位(拙著90ページ参照)であることからも明らかなように、本書が主なテーマとする財政赤字を引き起こす主な問題とは性格を異にするものだ。

安富歩氏のレビュー_ページ_3

一方で、筆者も従来から説明しているが、消費税率を10%に引き上げても財政破綻を回避できないという安冨氏の指摘は妥当であり、本当の対立軸は「増税vs 社会保障費の抑制」であるという視点がもっとも重要だ。この対立軸を明らかにするためにも、「財政の長期推計」やその試算を担う独立機関が必要である。なお、財政再建には成長も重要だが、その可能性は拙著第2章で考察しており、少子化対策と政府債務の関係は最近こちらの理論論文で分析している。

いずれにせよ、安冨氏が学者(確か「経済学者」)であるならば、文学的なレビューを掲載する前に、「立場主義」の打破を含め、財政問題を解決するための具体的かつ現実的な方策や分析を自ら一冊の書籍として提示するべきではないか。筆者も一読してみたい。

(法政大学経済学部准教授 小黒一正)