先週初め、アメリカのレポ市場と呼ばれる短期金融市場が、突然変調をきたした。レポ市場は金融機関やヘッジファンドなどが、翌日物などの短期の資金のやり取りをする市場だが、その金利が急上昇し、前週まで2%近辺にあったレートが一時10%近くに跳ね上がった。
このレポ市場の金利はFRB(連邦準備制度理事会)の政策金利であるフェデラルファンド・レート(FF)と密接に結びついているため、FFも火曜日(17日)にはFRBの誘導目標レンジ上限の2.25%を超える状況となった。
このためFRBのためにレポ市場に関与しているニューヨーク連銀は、火曜日(17日)の朝に、急遽530億ドル(約5.7兆円)の資金を注入して暴れる市場の鎮静化を図ったが、これはリーマン・ショックがあった2008年以来、約11年ぶりの大規模介入だった。
皮肉なことにその翌日(18日)の午後にFOMC(連邦公開市場委員会)による政策金利誘導目標の0.25%引き下げ発表とパウエルFRB議長の記者会見があった。
当然記者からの質問はレポ市場での金利急騰に対するパウエル議長の見解にも向けられたが、パウエル議長は、今回のレポ市場の金利急騰は国債の購入と納税のための資金需要が予想以上の影響を及ぼしたためであって、連銀が適切に資金供給をしてFFを目標レンジ内に収めることに成功したと答え、今回は特殊要因が働いたためともとれる説明をした。
確かにパウエル議長が言うように、今回の金利急上昇の主因は、アメリカの好調な企業業績を背景に企業が法人税の納税資金を必要としたこと、米財務省が多額の国債の入札を行ったためプライマリーディーラーと呼ばれる金融機関がその購入資金を必要としたことを主因として金融機関から資金が流出してしまったことが大きいので、一過性と言えなくもない。
しかし、市場の資金不足はパウエル議長が予想したよりは長引き、ニューヨーク連銀は、水曜日、木曜日、金曜日と連日750億ドル(約8.1兆円)ずつ市場に注入し続けねばならなかった。
一応そのかいあって、現時点ではレポ金利は2%を下回るレベルに抑え込まれたが、市場の不安はまだ収まっていない。このためニューヨーク連銀は、23日以降10月10日まで、14日物のレポ取引を少なくとも3回、各最低300億ドル(約3.2兆円)、翌日物のレポ取引も引き続き毎日各最低750億ドル(約8.1兆円)の規模で行うと発表した。
レポ市場の資金不足を放置すると国債の入札に支障が出たり、さらには金融市場全体の不安定化が生じたりするため、ニューヨーク連銀としては市場のニーズに合わせて資金を供給せざるを得ない状況に置かれている。
それではなぜそのようなことになったかというと、FRBの金融緩和終了とトランプ政権の財政赤字の拡大の二つの要因が重なって起きたからだ。
2008年のリーマン・ショックによる金融システムの危機を回避し、その後の景気回復を図るため、当時のバーナンキFRB議長はFRBの資産規模を急拡大させ、超金融緩和政策によって市場をドルの洪水状態にした。
その結果、株、債券、不動産などの資産価格は上昇し、景気も少し回復したが、FRBとしてはいつまでもこうした異常な洪水状態を続けるわけにはいかないと考えて、徐々にではあるが4兆5000億ドル(約483.8兆円)まで膨れ上がった資産を今月末には3兆5000億ドル(約376.3兆円)になるまで減らしてきたのだ。
しかしこれは、市場からドルが吸い上げられることを意味し、これが市場の資金不足要因の一つとなっている。
一方トランプ大統領は2017年に10年間で約1.5兆ドル(約161兆円)の大減税を行う法律を作って実施中であり、さらに来年の大統領選挙を意識して、中間層を中心とした大幅な減税を現在検討中と伝えられている。これらの減税による国庫の歳入の穴は、歳出規模が変わらない限り、国債で手当てするしかなく、国債の発行額は増やさざるを得ない。
特にこれまでは債務上限法の規定によって財政赤字に天井が設けられていたのが、今年8月にこの債務上限法の規制が2021年7月まで凍結されたため、政府は今後2年間に歳出を3200億ドル(約34.4兆円)増やすことが出来ることとなった。この資金も国債の発行で賄われるのだから、市場から、言い換えれば民間セクターから公共セクターに大量の資金が吸い上げられてしまうこととなる。今回のレポ市場の混乱はこうした市場からの資金の引上げのせいだと考えられる。
それではパウエルFRB議長は何ができるのだろうか。そうでなくてもトランプ大統領はパウエル議長の金融政策が十分に緩和的でないとツイッターで大きく不満をぶちまけている一方、FRBは政府の赤字拡大に口出しできる立場にない。
もし政府の財政政策を批判するなら議会がそれをすべきだろうが、議会は来年の大統領選挙も視野に入れて、歳出の拡大は言っても削減の声はあまり聞こえてこない。ましてや民主党左派やMMT論者は政府は財政赤字に構わず、どんどん歳出を拡大すべきと言っている。
結局、FRBは好むと好まざるにかかわらず、市場の混乱を抑えるために10月10日以後もレポ市場への大規模な資金注入を続けざるを得ないだろう。しかし、それはなし崩し的に超金融緩和政策への後戻りを意味する。そして遠からず正式に超金融緩和政策(QE)の再来となるのだろう。パウエル議長も上記の記者会見で今後FRBの資産拡大を検討する意向を述べている。つまり、FRBは市場にドルをジャブジャブと流し続けるしかないのだ。
価格の上昇に踊っている株式市場や債券市場などの関係者は、過剰流動性相場が続くことを期待しているかも知れないが、バブルは大きくなればなるほどつぶれた時のショックも大きい。資本主義経済の行く末が心配だ。
有地 浩(ありち ひろし)株式会社日本決済情報センター顧問、人間経済科学研究所 代表パートナー(財務省OB)
岡山県倉敷市出身。東京大学法学部を経て1975年大蔵省(現、財務省)入省。その後、官費留学生としてフランス国立行政学院(ENA)留学。財務省大臣官房審議官、世界銀行グループの国際金融公社東京駐在特別代表などを歴任し、2008年退官。 輸出入・港湾関連情報処理センター株式会社専務取締役、株式会社日本決済情報センター代表取締役社長を経て、2018年6月より同社顧問。著書に「フランス人の流儀」(大修館)(共著)。人間経済科学研究所サイト