テレビ局が電波を返上する日は来るか

山田 肇

わが国では1953年にテレビ放送が開始された。1959年の皇太子(今の上皇)ご成婚、1964年の東京オリンピックなど国民のだれもが関心を持つ番組が提供されて、テレビは広く普及した。

写真AC:編集部

しかしテレビ電波はビルや山に反射され遠方まで届かない。この難視聴問題を解決するために導入されたのがケーブルテレビで、1955年に群馬県伊香保温泉に設置されたのが最初だと言われている。当時、ケーブルテレビはテレビ放送を常時同時配信するための道具だった。

ケーブルテレビの世帯普及率は52.2%(2018年度末)に達した。このうち常時同時配信だけを利用している世帯は97万世帯で、3055万世帯はケーブルテレビから流れる独自コンテンツも楽しんでいる。地上波テレビをアンテナで受信する世帯は過半数を割っている。

その後、2000年代に入ってテレビ放送のネット配信がスタートした。わが国ではネットから配信されるのは独自コンテンツや過去に放送された番組(過去コンテンツ)が大半である。

すでにNHKは台風や地震などの大規模災害の際に番組をネットに同時配信しているが、同時配信はこのように限定的に実施されているに過ぎなかった。しかし、2019年春の通常国会でNHKによるネットへの常時同時配信を認めるように放送法が改正された。NHKは来春にも常時同時配信をスタートする予定である。

ケーブルテレビの普及で地上波を受信する世帯は減少していったが、常時同時配信が民放を含めて常態化されれば、アンテナで受信する世帯はますます減る。テレビ局が利用する電波の価値はこうして下がっていく。ケーブルテレビやネットで受信する世帯が大半になる時代には送信設備の維持管理は負担になるから、電波を返上しようと考えるテレビ局が出るかもしれない。

AMラジオもビルや山で反射するため難聴取区域が生まれている。この解消のためにAMラジオ放送をFM波で同時配信するFM補完放送が実施されている。しかし、AMとFMの二波を送信するのは負担である。そこで、日本民間放送連盟はAMを返上し、FMに一本化するのを認めるように総務省に求めている。

同様に、将来、テレビ局が電波を返上しようと考えても不思議ではない。すでに英国BBCは電波返上を視野に入れているという情報もある。

英国と比べて自然災害の多いわが国では非常時の情報伝達手段をどう確保するかが課題である。ネット配信だけになったときに、ネットが遮断すれば番組はいっさい視聴できなくなるからだ。衛星放送には降雨時に受信状態が劣化するという問題があるので、衛星放送だけを代替手段とするのは危険である。

テレビ局が電波を返上する日に備える必要がある。返上した電波は移動通信事業に利用できるので新たな経済価値が生まれる。一方で、災害時の代替手段確保を確保するのに費用が掛かる。このバランスがプラスになるのであれば、政府は電波返上に誘導する方向で政策を展開できるかもしれない。

情報通信政策フォーラム(ICPF)では、10月30日にこの問題についてミニシンポジウムを開催する。どうぞ、ご参加ください。

山田 肇