財政制度分科会(平成30年10月)の防衛予算に関する資料を読む⑤

財務省の財政制度分科会(平成30年10月24日開催)において防衛予算に関しても討議されまた。その資料を財務省がHPで公開しています

引き続きこれについて重要な指摘とその解説を行います。

Wikipedia:編集部

米国の防衛産業の再編(“Last Supper”)と英国の防衛産業政策(“愛の鞭”)(P20)
ここでは米英の業界再編と政府の姿勢を説明しています。

Last Supper(最後の晩餐) 1993年春Aspin国防長官は、Perry国防次官と共に米国航空・防衛産業の大手企業15社の最高責任者(Boeing、McDonnell Douglas、Lockheed、Martin Marietta等)を国防省の夕食会に招待した。この夕食会は、その“Last Supper(最後の晩餐)”と名づけられ、米国航空・防衛産業界の大再編成の契機になったイベントとして語り伝えられている。

この夕食会では、主にPerry次官が発言し、(中略)
● 国防省は、今後、レーガン大統領の軍備拡張策で支えてきた業界の過大な能力を保持するつもりはない。(中略)
● これに対応する業界の再編成は業界自らの手でやるべきであり、国防省は一切関与しない。
という晴天の霹靂とも云える見解を述べて、米国航空・防衛産業は1986年以来の業界再編成を一段と加速すべきである、との立場を明確にした。(中略)

この国防省の立場を深刻に受け止めた業界首脳は、自らの企業の生存は企業間の統合以外にはないと認識し、適切な統合相手を求めて活発な動きを行った。(中略)

これらの買収・合併・統合の結果、米国にLockheed Martin、Boeing、Raytheon、Northrop Grummanという4大防衛企業が生まれた。(中略)

“最後の晩餐”で示された国防省の業界再編成への強い姿勢の真の動機は、業界の再編成により無駄や遊休資産を排除し、効率の高い航空・防衛産業を作り出し、国防省の調達コストを軽減することにあった。1980年代後半以来Procurement Reform(調達改革)により契約面での業界締め付けを行い、業界の自主的な効率化、即ち再編成を期待していた国防省が遅々として進まない業界再編成に痺れを切らし、その意図を明確にしたのが“最後の晩餐”であったと考えられる。

(出典)公益財団法人 航空機国際共同開発促進基金 解説概要15-3-1

英・キャメロン政権下での防衛産業政策(「愛の鞭」)
2012年2月に、国防省は「技術を通じた国家安全保障」(National Security through Technology)と題する白書を公表した。

白書では、装備品の Value for Money が強調されている。防衛産業の利益よりも、軍の要求を満たす方が重要である。Value for Moneyを達成するために、世界および国内の市場で、オープンな競争により装備品の調達を行う。(中略)キャメロン政権のもとでの防衛産業政策は、タフ・ラブ(Tough Love)という「愛の鞭」的な新しい概念に基づいている。(中略)

「鞭」とされる点としては、まず、現実的な新しい装備品計画を策定する。セクターごとの戦略がないため防衛産業には厳しいが、Value for Money を実現する際にも、これまでの長期間のパートナリングは残っている。

防衛産業は、競争力の向上とともに合理化が求められる。国防省の契約の40%が随意契約であったが、競争がない中で防衛産業が利益を上げ過ぎることがないように、価格の正当な評価をするための法律を策定しようとしている。さらに、既存の製品の活用がより求められるようになる。一方、「愛」とされる点は、国防予算の1.2%を研究開発に投資すること、中小企業を支援すること、輸出を促進することの3点である。

(出典)一般社団法人 日本経団連防衛生産委員会「イタリアおよびイギリスの防衛産業政策に関する調査ミッション報告」(2013年5月14日)

(参考1) 2014年5月に Defense Reform Act 2014 が制定され、競争性のない契約を締結する際の監督体制の整備などがなされた。
(参考2) Value for Money の考え方は、メイ政権の下で2017年12月に公表された “ Industry for Defense and a Prosperous Britain Refreshing Defense Indutrial Policy ” においても明記されている。
(参考3) 日本の防衛関係費に占める研究開発費の割合は2.0%(平成30年度当初予算)。

つまり、2000年前後、多くの輸出を行っている米英ですら自国の防衛産業の再編を行わざるを得ない状況にあったということです。ところが輸出をしない、すなわち極めて小さな国内の防衛省需要だけでしかも市場経済も荒波にもあったことがないひ弱な、我が国の防衛産業は弱小ビジネスの棲み分けが温存されることになりました。このため装備の性能は上がらず、コストは高止まりしました。それは防衛省と経産省、政治の当事者意識&能力の欠如の結果といってよいでしょう。

ついで我が国の取り組みを紹介しています。

防衛省策定の防衛生産・技術基盤戦略と民間企業による業界統合への動き(P21)

防衛生産・技術基盤戦略(平成26年6月(防衛省策定))

5.防衛生産・技術基盤の維持・強化のための諸施策
(4)防衛産業組織に関する取組
我が国の防衛産業組織の特徴としては、欧米のような巨大な防衛専業企業は存在せず、また、企業の中での防衛事業のシェアは総じて低く、企業の経営トップへの影響力は一般的に少ない状況にあり、欧米諸国と比べて、企業の再編も進んでいない。

他方で、企業によっては収益性・成長性等の観点から防衛事業から撤退しているところもあり、防衛生産・技術基盤のサプライチェーンの維持の観点からの問題が懸念されている状況となっている。

そのような状況下において、企業の経営トップが、防衛事業の重要性・意義を理解することを促進し、また、企業にとっては、他社と相互に補完し合うことによる国際競争力の強化、防衛省にとっては調達の効率化・安定化という観点から事業連携、部門統合等の産業組織再編・連携(アライアンス)は有効な手段であるところ、その防衛産業組織の在り方について、今後検討していく必要がある。

現実の認識はそのとおりでしょうが、全く防衛省も経産省も無策だったわけです。ですからコマツも装甲車ビジネスから撤退しました。コマツの経営陣は全く防衛に関心がなかったし、だから尻すぼみになってぶん投げたわけです。本来、例えば三菱重工や日立などと事業を統合することを官の側から提案するなり、何らかの指導力を発揮するべきでした。

また意欲のある中小企業を育成することも必要です。例えば大手のもっている事業を中小企業に譲渡するなども必要でしょう。ところが実際は事実上の官製談合によって、大手の権益を守っています。そして大手は弱体化してく。

ぼくは20年以上前からこのようなことを提案しておりますが、防衛省、経産省もなんの手も打っておりません。当事者意識&能力が低いとしか言いようがありません。
危機感を持った三菱重工は独自に動いています。

三菱重工 業界統合への後押しを継続(平成30年8月15日 Aviation Week記事(仮訳))

三菱重工(以下、MHIとする)は3月、経済産業省に、世界の航空機産業の変化、特に発展途上国における競合他社の勃興は、日本が応えなければならない緊急命題となっていると述べた。また、航空機製造部門は「日本のエアバス」と呼ばれるものに再編すべきだ、と提唱した。(中略)

大宮会長いわく、航空機製造業の併合は、例えば技術的な作業の統合や二重の設備投資の削減、技術や販路の共有などにより、コスト削減につながるだろう。特に、もし統合の結果がコンソーシアムではなく、合併であれば、管理コストも削減されるかもしれない。(中略)

スバルは、MHIの提案に対してコメントすることを拒否した。川崎重工は、Aviation Week誌の質問には回答しなかった。

経済産業省も同様の考えである。同省は4月に、Aviation Week誌の質問に対し、「日本の航空機産業は、国際市場での存在感を高めることを狙っている。次世代航空機製造へ参画していくためには、日本の航空産業各社はそれぞれ強みを結集すべきであり、また既存の機体製造会社に限定されるべきでない。」と答えた。(後略)

しかしながら他の重工2社は笛吹けど踊らず、です。防衛省が陸自のUH-Xでスバルを落としておけば、まだスバルを説得しやすかったかもしれません。

川重の航空機産業も先はありません。川重の場合、各事業の独立色が強い。三菱がデパートならば川重はショッピングセンターの商店会みたいなものです。互いの事業が足を引っ張り合っていますから、三菱がMRJでやったような思い切った投資はできません。

P-1やC-2の生産が終了すれば防衛省の仕事は激減します。しかもP-1もC-2も調達単価や維持費が当初の予定よりもバカ高く(防衛省は知っていて知らんふりをしていたと思います)、財政が厳しくなっていく今後、大きなプロジェクを財務省が許すとは思えません。

■本日の市ヶ谷の噂■
空幕はC-2開発にあたって仕様作成する際に、陸幕の一切要求を聞かなかった、との噂。


編集部より:この記事は、軍事ジャーナリスト、清谷信一氏のブログ 2019年10月29日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方は、清谷信一公式ブログ「清谷防衛経済研究所」をご覧ください。