公選法違反で公判中の河井克行元法相の選挙区として、全国的に注目される衆議院の広島3区が、さらにきな臭くなってきた。
河井氏が獄中から出馬するのかも見ものだが、態度は不明。その間に、公明党が、斉藤鉄夫副代表の比例区からの転出に名乗りを上げたことで、ポスト菅を狙う自民党の岸田文雄前政調会長のお膝元を脅かす動きになってきたことは、およそ1か月前に他メディアより先んじて指摘した。
自民党広島県連は公明党の動きが表面化しても、河井氏の後継候補を公募し、対抗する姿勢を見せていたが、河井事件で有権者の信頼が地に落ちた以上、どういう人物を押し立てるか、ある意味、その政治センスが根本的に問われるところで注目していたのだが、どうやら広島県連は、県議の石橋林太郎氏を擁立する方針を固めたようだ。
衆院広島3区に県議の石橋林太郎氏擁立へ 河井克行被告の離党受け 自民県連(毎日新聞デジタル)
そして、この一報を聞いた時、筆者の脳裏には「広島県連にはセンスがないけんのう」という広島弁がつい浮かんでしまった。
擁立の県議は「最悪の選択肢」?
念のためだが、別に筆者は石橋氏に何の恨みもつらみももない。ここでいうセンス…理由は選挙戦が他候補者との比較でもある以上、マーケティングやブランディングの観点で見た場合、「最悪の選択肢」をしてしまったのではないかと思い浮かんだのだ。
その理由を述べるにあたり、ここまでの経緯を振り返ると、広島県連の公募には、前回の衆院選でいずれも維新から出馬した3氏のほか、大学生の25歳男性など計10人がエントリー。中国新聞によると、11月末の1次選考の段階では以下の5人に絞られた(カッコの数字は年齢)。
- 党県議の石橋林太郎氏(42)
- 大学生の清峰強志氏(25)
- 元山口県和木町議の灰岡香奈氏(37)
- 会社社長の松下英樹氏(30)
- シンクタンク研究員の向山淳氏(37)
ここまでの5人の選び方については妥当に思える。石橋氏は地元県議を6期つとめた父の地盤を継ぎ、現在2期目。政治業界の感覚としては地盤も看板もある「本命」だといえる。そして5人のうち、灰岡氏と向山氏の2人は女性。大学生はダントツの若さで最初から注目を集めた。
河井氏の印象を打ち消すことが必須
さて、問題はここからだ。3区の選挙で大前提となるのは、自民党候補者が勝つためには河井事件のイメージを敢然と打ち破り、むしろ塗り替えるくらいの刷新を打ち出せるかどうかにかかっている。これはブランディングの専門家ならずとも万人の常識といえよう。
河井氏は安倍前首相に取り入り、得意の議員外交の仕事などが認められたことで、法相として初の大臣就任の栄誉を勝ち取ったが、そもそも買収事件の前からも秘書へのパワハラ疑惑や、タクシー運転手への暴行事件で週刊誌をにぎわせ、スキャンダルが常につきまとい続けていた「問題児」だった。
その意味では、ポスト河井は少なくとも「クリーン」なイメージが必須といえる。
そして、選挙区情勢を見渡した時、やはり最強のライバルは公明の斉藤氏だろう。斉藤氏は大手ゼネコンの技術者出身で、93年に初当選し、現在9期目。99年には小渕内閣で科学技術総括政務次官に就任し、2008年に福田内閣で環境相として初入閣。公明党でも選対委員長、幹事長、副代表など要職を歴任してきた「大ベテラン」だ。
技術者あがりらしい落ち着き払った佇まいで、人柄についても誠実。3区に名乗りを上げてから、地元を精力的に回り始めており、自民党支持層の間でも評判がいいようだ。安定感とクリーンという2つの柱は、河井氏とまさに真逆ともいえ、折伏される無党派層も増えるのではないか。
なお野党はN国の新藤加菜氏(27)は都議補選でみせたお色気作戦でお騒がせするだろうが、これは比例票稼ぎの話題作りのための泡沫候補だろう。
斉藤氏のほかに有力といえるのは、左派野党の共闘で擁立する立憲民主党公認のライアン真由美氏(57)。彼女は「女性」「クリーン」そして「新人」の3枚カードで河井イメージの対局にある。
自民の選考は出来レースを印象付けかねず
話を自民広島県連の候補者選考に戻すと、河井地盤の“亡霊”を払拭し、斉藤氏やライアン氏と差別化して戦える存在をどう考えるかと言えば、ビジネスのポジショニングのやり方であるなら、クリーンであることは当たり前。そして70歳近い斉藤氏、57歳のライアン氏に対抗して存在感を出せるとすると、若さ、それも政治未経験でありつつ、国政でのポテンシャルを感じさせる識見ではないだろうか。
そうなると、石橋氏についてはクリーンであるかはともかく、42歳では若いといえず、中途半端。しかも親子二代で県議をやっていることから、「いかにも世襲」という手垢の付いた感が否めない。河井氏は世襲ではないものの、石橋氏は「河井氏を十数年若くしただけ」というくらいの印象しか与えられないのではないだろうか。
きのう(8日)の中国新聞によると、石橋氏を選んだ理由が「他の4人と比べて選挙体制をスムーズに築ける」などとしているようだが、年明けの解散総選挙はコロナの再拡大で遠のきつつある。そもそも、選挙体制を理由にするということは最初から地盤を考慮しているわけで、結局は公募でフレッシュな人を選ぼうとした意味がまるでなくなり、有権者に出来レースの印象を強く与えてしまうのではないだろうか。結果的にこれがまた自民党への不信感につながりかねない。
筆者が選考するなら…
もし私が選ぶのであれば、向山淳氏の一択だっただろう。別に彼女とは全く面識もないが、比較衡量の問題だ。
大学生では、あまりにも若すぎて社会経験のなさから頼りなく思われるだろうし、灰岡氏では維新の色がついていることと、過去に4度も国政選に出て負けが込んでいるのは微妙だ。
一方、向山氏は、商社勤務後、渡米して子連れでハーバードで学んだ逸材。彼女のブログもいくつか読んだが、文章には改善の余地はあるものの、行動経済学、女性リーダー像、留学記など、発信するネタはなかなかのものがある。
特に国際感覚があることは外交での活躍などポテンシャルは大きい。選挙戦で岸田氏はもちろん、小林史明氏あたりの若手議員が熱烈に応援に入れば、河井氏の存在を忘れさせるような「フレッシュ」な打ち出しをできただろうし、斉藤氏やライアン氏にない強みを発揮できたはずだった。
…とまあ、いくばくか選挙マーケティングの経験がある東京都民の筆者が思うところを無責任に書いたまでだが、今回の選考過程を見ていると、自民党の地方組織にありがちな、内輪のロジックで動く究極のプロダクトアウト志向のダメパターンにしか思えない。果たして党本部は石橋氏に公認を出すのだろうか。