フロリダに居を移したトランプが「愛国党」を立ち上げたとの報が流れた。が、正しくは「前大統領事務所(Office of the Former President)」を設けたとのことだ。27日には共和党下院を主導するマッカ―シーがトランプを訪い、22年の中間選挙での協力に合意したという。筆者はこの報を好ましく聞いた。
なぜなら「愛国党」が李登輝の「台聯」、「事務所」が「李登輝基金会」にダブるし、また「ある本省人が李登輝の政治闘争の手法を『汚水で泥濘を押し流す』やり方」と評した(若林正丈「台湾の政治」)ことが、トランプ改革のモットー「Drain The Swamp(沼の水を抜く)」と重なるからだ。
国民党を離れた後のしばらくは、李登輝にとって困難な時期だった。先ずはその経過から述べたい。
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84年に蒋経国総統によって台湾省長から副総統に抜擢され李登輝は、88年1月の経国の死で本省人初の中華民国総統となった。経国は75年4月の蒋介石の死で国民党主席を引き継いだが、総統には副総統の厳家淦が就任し、経国の84年5月までの残任期を務めた。憲法がそう定めていた。
党で李は主席代行となり、半年後の全国代表大会で主席に就任、政府と党の両方で経国を後継した。が、地位を得たからといって、後に民主化の父と呼ばれる諸改革をすぐに進められた訳ではない。民主化には「憲政改革」(中華民国憲法の改正)が必要だった。
現象としての戒厳令解除、言論・結社の自由付与、万年国会解消、公職選挙是正(台北・高雄両市と台湾省の首長民選等)、総統直接選挙などのため、08年まで7次の改憲が行われた。長期を要した理由は、大陸反攻による中国統一を標榜する外省人ナショナリズムと本省人に芽生えた台湾人アイデンティティの相克だ。
大陸反攻の考えのない本省人主席・総統李登輝の民主化とは中華民国の台湾化といって良い。が、そのことは大陸をも支配する中華民国の法統を捨て、大陸と台湾の二つの政体を認識することを意味し、結果として台湾独立に繋がる。そこには大陸と国民党のみならず米国からの抵抗すらあった。
李は先ず国民党の要路を占める郝柏村や李煥ら外省人を巧みな人事で無力化し、かつて大陸各省で選出された一代議員を一掃して万年国会を是正していった。その過程で結成され力をつけ民進党を利用しつつ、それを遂行した。民主化という目標で李と民進党は一面で通底していた。
だが任期を迎えた2000年の総統選では、後継指名した連戦(本省人)、国民党を割って無所属で出馬した宋楚瑜(外省人)、そして民進党の陳水扁の三つ巴となった。結果、漁夫の利を得た陳が勝ち、半世紀にわたる国民党支配が終焉した。
88年以来、宋を民選台湾省長に据えるなど互助しあった李と宋だが、この総裁選で宋が国民党を出た理由の一つに「黒金政治」といわれた国民党の政治腐敗があった。黒はやくざ、金は贈収賄だ。それで支持を得た宋自身にも、99年に金銭スキャンダルが発覚した。
この総統選敗北の責任をとって李は党主席を辞し、前年に公言した「二国論」(中台は別の政体)鮮明化の反映として、民進党より積極的な「正名」(国名:台湾)運動を始める。この土台として国民党内の本土派(台湾を大陸の一部の見做さない)と共に21年7月、「台湾団結聯盟(台聯)」を結成した。
が、民進党政権下の台湾アイデンティティの観点からは、民進党よりもむしろ急進的な「台聯」の位置付けとなった。民進党への対抗上、急進的でない李登輝がそうならざるを得なかった側面がある。結果、01年の立法院選こそ13議席を得た「台聯」は、漸次埋没して議席を失い、李も関わりを薄めた。
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無論、国民党と米共和党、そして民進党と米民主党とでは自ずと出自や主張も異なり、同日に論じられない。が、中国国民党を台湾の政権政党に換骨奪胎し、代替わりで台湾アイデンティティを有するに至った外省人と本省人との融合の象徴となった李登輝に、トランプを擬え得る点は少なくない。
GOP(Grand Old Party)と称される共和党は、古き良き米国を標榜する歴史ある政党だ。オバマ時代に顕著になり始めた、行き過ぎたキャンセルカルチャーやポリティカルコレクトネスなどと一線を画す、例えばトランプの「1776年委員会」は、李登輝の台湾主体の歴史教科書「認識台湾」と通底する。
李登輝の「汚水で泥濘を押し流す」改革とは、40年代に大陸で議員なった万年議員の一掃や民選に依らない総統や台北・高雄両市市長の選定などの旧来の憲法で認められた利権、つまり巨悪の根を絶つために止むを得ず「黒金」を使うという、清濁併せ呑む手法だった。
この手法はポリコレからは外れる。だが、目的の重さと是正の困難さを考量すれば許容の余地があろう。ポリコレの欺瞞性はこの辺りにある。キャンセルカルチャーも同根で、過去の偉人の業績や古き良き伝統など(皇室もその一つ)の否定は、国民の拠り所を失わせる所業で、国家の根幹を揺るがせにするものだ。
一線から身を引いた李登輝は01年12月、「李登輝基金会」(12年8月改名)を設立した。同会のミッションは「台湾の民主主義を深め、主権意識を促進して、台湾社会に残る中華の権威主義的意識を取り除き、台湾国民のアイデンティティを強化し、国民の自主性と自信を高めること」を謳う。
同会はシンクタンク機能を有し、専門知識を持つ学者や専門家を招き、政治、外交、経済、社会、国防、教育、技術の問題に関する詳細な研究を行う。また李登輝学校と図書館を創設、台湾のコミュニティ意識と国民性を構築すべく、政治的民主化と教育と文化のローカリゼーションの促進を図るとしている。
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他方、トランプはフロリダ州パームビーチに「前大統領事務所」に開設した。報道に依れば、同所は「トランプ大統領の書簡、公式声明、出演、および公式活動を管理して、米国の利益を促進し、擁護、組織化、および公的活動を通じてトランプ政権の議題を遂行する責任を負う」と声明した。
またトランプは、テレビのキャリアを復活させること、20億ドルの大統領図書館を建設すること、テレビやソーシャルメディアネットワークを立ち上げること、または24年に再び大統領に立候補することを検討しているといわれる、とも前掲紙はしている。
トランプに限らず歴代大統領は、みな事務所や財団を設立している。「事務所」との関係は不詳だが昨年11月9日に設立されたトランプのリーダーシップ政治行動委員会(PAC)「セーブ・アメリカ」(以下、SAPAC)について、そこに集められた金に関して様々報じられている。
ニューズウィークは再集計の議論が起こっていた昨年11月15日、資金調達に関する開示文書に基づくと、大半の献金はSAPACと共和党全国委員会(RNC)に入り、連邦選挙委員会のルールでは、両団体とも資金の使途について大きな裁量権を持つと書いている。
記事は続けて、献金はSAPACに60%、RNCに40%入るが、1件の献金でSAPACに入る法定上限は5000ドルで、更にRNCに3300ドルが入れば、残りが1件2800ドルを上限として投票の再集計基金に回るので、支持者が500ドルを献金する場合、再集計基金には1ドルも流れないとしている。
またSAPACに入った献金は、政治活動資金に限らずどのような用途にも使えるので「前大統領事務所」が集めた1億5000万ドル以上(WAPO報)とされる金額のうち、SAPACに9000万ドル、RNCに6000万ドル(再集計に投じられた金額等があるのでマイナスα)が入ることになるという。
トランプは大統領在任中に年1ドルの報酬以外全て返上したのを見ても、億単位と報じられる負債にSAPACの金を流用することはなかろう。一方、共和党にとって6000万ドルと衰えないトランプ人気は魅力だ。よって、上院での弾劾に賛成する共和党議員は限られよう。
紙幅が尽きた。トランプには「台聯」の顰に倣うような分派はやめ、「李登輝基金会」を範に「前大統領事務所」を運営し、GOP本来の理念の普及に努めて4年後を目指すべきだ。