7月末の李登輝閣下の訃報に落胆している暇もなく、今度は安倍総理が退陣を表明した。この上、万一トランプが再選を果たせないようなら、本欄でここ一年半ほどお三方の応援をしてきた筆者としては、生きる張り合いの大分を失うようで、最近どうも元気が出ない。
李登輝閣下とのことの投稿で、14年1月に筆者が閣下にお目に掛かった際、安倍総理とホットラインをお持ちでないか、と問うた話を書いた。当て推量だったが、先日ネット番組で、産経論説委員の河崎真澄氏が、10年10月末に安倍晋三氏が閣下とお会いになった際のことを述べていた。
直行便が開通した羽田-松山の第一便で台北に着いた安倍氏は、李登輝さんのご自宅を訪問した。閣下は野に在った安倍氏に「あなた、もう一度首相をやりなさい。その際に、NSCを作りなさい。女性閣僚を置きなさい。そして憲法改正をしなさい」と述べた、と同席した秘書官から聞いた
河崎氏が産経に19年4月から20年2月まで連載し、7月に上梓した「李登輝秘録」が閣下臨終の枕元に在ったはず、とも述べた。筆者は産経の連載を残らずワードに落としていたので、全編10万字余りを当たったが、この面談のことは書き洩らしたようだ。
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退陣表明後、朝日の世論調査で安倍支持が7割を超える珍事があった一方、ネットの保守論壇では、総理の、特に70年談話と経済政策への批判の声が上がっている。前者は、東京裁判史観の容認姿勢、後者は、企業は富んだが国民にその恩恵が及んでいないとの論のようだ。
両方とも、筆者も総理の対応や成果に100%満足している訳ではない。が、結果が求められる政治の世界では、理念や理屈だけで国が守れる訳でもなければ、飢えが凌げる訳でもない。退陣会見で思いの全て吐露した訳でもあるまい。触れなかった、時極まらねば転じない事案も多かろう。
閣下と総理の数ある業績の中で、筆者が評価することの一つに教育改革がある。今では誰もが認める台湾の親日ぶりだが、それには閣下が98年に、それまで大陸中心だった中学歴史教科書を、台湾を中心に置いた「認識台湾」に改めたことの果たした役割が大きい。
蒋介石の国民党は、大陸反攻を胸に台湾に雌伏して、つい最近まで92年合意の「大陸が台湾の一部」を対中政策の一つにしていたのだから、台湾中心でない歴史教科書も頷ける。それを閣下は「台湾と大陸は異なる二つの政治主体」と述べた。現蔡英文政権もこれを模す。
邦訳市販本もある「認識台湾」は、先住民に始まる台湾史を偏りのない編年体で描き、日本統治でも教育普及やインフラ整備などと土匪の抗日事件を併記する。20年前のこの教科書の登場が、親日はさて措いても、今日の台湾アイデンティティーの増進に大いに寄与していることは疑いない。
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第一次安倍政権の教育基本法改正(06年)も氏の国家観の発露であるだろう。「公共の精神を尊び、豊かな人間性と創造性を備えた人間の育成を期するとともに、伝統を継承」し、「それらをはぐくんできた我が国と郷土を愛するとともに、他国を尊重」する「態度を養う」と謳っている。
これに伴い、育鵬社の中学歴史教科書の採用が横浜で11年に決まり、16年には全国23市町村で採用されるに至る。が、その間に「新しい教科書をつくる会」の自由社と育鵬社への分裂もあった。そして自由社版歴史教科書が、先ごろ一発不合格になったことは記憶に新しい。
この件で産経の乾正人論説室長が7月末、コラムで「アサヒ芸能」の「『北朝鮮スパイ』リストに『文科省調査官』」との記事を取り上げ、萩生田文相に「腹をくくって文科省の闇にメスを入れてもらいたい」と書いて、それに文相の釈明と文科省の抗議があり、それにまた乾氏が書く一件があった。
件の調査官がスパイかどうかや一発不合格への影響は藪の中だが、育鵬社版の方も今夏に決まった来春からの採用では、14もの市町村が他社の教科書に切り替えたことを12日の産経が報じた。
横浜市の「教育委員の一人が外部から激しい働きかけを受けている状況を訴え、無記名による投票を求めた」とし、「今回の採択で育鵬社版の推進派は積極的に活動しておらず、少なくとも大半の働きかけは反対派によるものだったのではないか」との、市議会関係者の談話を載せている。
過去4つの自治体の教育委員を歴任した某教授も、「一言で言うと推進派の熱が冷めてしまった」と分析し、「改正教育基本法の教育目標が学習指導要領に反映されたことで危機感が薄れた一方、一部の政党やメディアを含む反対派が地道に不採択運動を続けた」と産経に語っている。
然らば総理の退陣表明で「安倍ロス」状態といわれる朝日や東京新聞が、この育鵬社の件をどう報じているかといえば、喜びを押し殺してか抑制的だ。
朝日は7月31日、「藤沢市、8年使用の育鵬社版を選ばず」と題し、教員が各社の歴史教科書を読み比べた調査書で、優れている教科書につける○の数が「東京書籍版が60、帝国書院版が55。育鵬社版は2」だったとし、「現在、全19の市立中で約1万人の生徒が使っている」と書く。
8月4日にも、育鵬社版の教科書を選ばなかった横浜市について、「横浜市は09年に8区で自由社版の歴史を採択。11、15、19年は全市一括で育鵬社版の歴史と公民を選んだ。・・これまでにつくる会系の教科書で学んだ生徒数は約31万人にのぼる」としている。
共に同じ記者で、「育鵬社版をめぐっては、歴史教科書には『過去の戦争を正当化し、負の側面を直視していない』、公民については『標準的な憲法の理解から外れた記述が多く、国民の権利より義務を強調している』といった批判が市民団体や弁護士団体から出ていた」との常套句で結んでいる。
こうした批判団体について、8月4日の東京新聞に「市民団体の横浜教科書採択連絡会の土志田栄子さん(79)は『これで4年間、子どもたちにあの教科書を渡さなくて済む。この流れを全国につなげたい』と話した」とあったので、この連絡会と土志田氏をネット検索してみた。
すると、一件は「日本共産党保土谷地区後援会」のサイトで「2018年7月31日 お知らせ | トピックス | 横浜教科書採択連絡会 横浜市教育委員会傍聴(8月1日、横浜市開港記念会館)のお願い」とあり、もう一件には、14年11月の「第42回神奈川自治体学校の報告」とあった。
後者では、「教育委員会を傍聴する会」の土志田栄子氏が、「全国の育鵬社採択は4%、そのうち60%は横浜」、「自民党の靖国派の人たちは11年に向けて、教育を良くする会などつくり、教育委員会や議員たちに対する働きかけを強めてきた」とし、教育委員会の傍聴などを呼び掛けていた。
つまりは、共産党系の団体などが「地道に不採択運動を続けた」結果、今回の育鵬社脱落が起きたのだろう。が、8月25日の朝日は、基本法改正に伴う「制度変更で、教科書毎の記述の差が縮まり、保守的な教育委員が育鵬社版を強く推す必要性も薄れたのではないか」との識者の声も載せている。
教科書のせいか、台湾では台湾アイデンティティーが高まり、韓国では相変わらず反日が叫ばれる。育鵬社版で育った横浜・藤沢の若者30数万人ではまだ力不足だけれど、日本でも若年層の自民党支持率が高い。歴史教科書からの自虐史観一掃が日本の将来に大事、無関心ではいけない。