サウジとイランが接近する時

サウジアラビアとイスラエルが2017年、急接近した時、驚かされたが、今度はサウジとイランが接近してきているという情報が流れてきた。独週刊誌シュピーゲル最新号(4月24日号)によると、サウジの情報機関の責任者ハーリド・ビン・アリー・アル=フメイダーン氏(Khalid bin Ali AL Humaidan)と「イスラム革命防衛隊」(IRGC)のイシマエル・クアー二氏(Ismail Qaani)が4月9日、イラクのバグダッドで会合したというのだ。会合の内容は発表されていないが、2016年以来、関係が悪化してきた両国間の会合自体が大きなニュースだ。

イランの精神的最高指導者ハメネイ師 イランのIRAN通信より

サウジのムハンマド皇太子 Wikipediaより

サウジといえば、イスラム教スンニ派の盟主を自認し、イランはイスラム教シーア派の代表格だ。両国間で「どちらが本当のイスラム教か」といった争いを1300年間、中東・アラブ諸国間で繰り広げてきたライバル関係だ。その両国がここにきて接近してきたとすれば、両国に何が起きているのだろうか。

イランはシリア内戦では守勢だったアサド政権をロシアと共に支え、反体制派勢力やイスラム過激テロ組織「イスラム国」(IS)を駆逐し、奪われた領土の奪還に成功。イエメンではイスラム教シーア派系反政府武装組織「フーシ派」を支援し、親サウジ政権の打倒を図る一方、モザイク国家と呼ばれ、キリスト教マロン派、スンニ派、シーア派3宗派が共存してきたレバノンでは、イランの軍事支援を受けたシーア派武装組織ヒズボラが躍進してきた。イラクではシーア派主導政府に大きな影響力を行使してきたことは周知の事実だ。

それに対し、サウジは、シリア、レバノン、イエメンの3紛争地の背後にイランのプレゼンスがあるとして警戒を強めてきた。イランが中東の覇権を奪い、ペルシャ湾から紅海までその勢力圏に入れるのではないか、といった不安だ。サウジのムハンマド皇太子は米紙ニューヨーク・タイムズとのインタビューの中で、イランへの融和政策の危険性を警告し、イランの精神的指導者ハメネイ師を「中東の新しいヒトラー」と呼び、「イランの影響の拡大を阻止しなければならない。中東の新しいヒトラーが、かつて欧州でやったことを繰り返すことを願わない」と指摘しているほどだ。

その両国が接近してきた。考えられるシナリオは、①サウジを支援し、親イスラエル路線を邁進してきたトランプ前米政権が終わり、バイデン新政権が発足したこと、②米国がイラン核合意の復帰を視野に入れ、イランに何らかの譲歩をする可能性が出てきた、③新型コロナウイルスの感染拡大で世界経済は停滞、原油輸出国はいずれも大きな経済的ダメージを受けていること、④サウジはイエメンでのイランとの間の代理戦争を早急に停止したい、等々だ。

トランプ前米政権時代、イスラエルはトランプ大統領の個人的な支援を受け、アラブ湾岸諸国・イスラム諸国との関係を急速に改善していった。中東でアラブ・イスラム教国に取り囲まれているイスラエルは過去、エジプト(1979年)とヨルダン(1994年)との外交関係しかなかったが、トランプ政権に入って昨年9月15日、アラブ首長国連邦(UAE)とバーレン、そして同年10月23日、スーダンとの外交関係を樹立。同年12月に入ると、モロッコと国交正常化に合意するなど、アラブ・イスラム諸国との関係を急速に深めていった。

イスラエルと中東アラブ諸国の関係が急速に改善の兆しが見える中、中東ウオッチャーは「次はサウジとイスラエルの国交正常化だろう」と予想してきたが、サウジはまだ動いていない。ちなみに、イランのロウハ二大統領は、「イスラエルを我々の地域に侵入させてはならない。イスラエルの言動は国際的規律から大きく離れている。イスラム諸国が米国、イスラエルと関係を結べば、安全と経済的繁栄をもたらすと考えるのは大きな誤りだ」と強調。UAEに対しては「パレスチナ人への裏切りだ」と厳しく批判した経緯がある(イラン国営IRAN通信)。

サウジはイランの侵攻に対抗するため軍事的、経済的大国のイスラエルに接近した。両国には、“共通の敵”イランの存在があったからだ。イスラエル軍のガディ・エイゼンコット参謀総長はサウジの通信社Elaphとのインタビューに応じ、「イスラエルはサウジと機密情報を交換する用意がある。両国は多くの共通利益がある」と述べたことがある。

そのサウジがここにきてイランに接近してきた背景には、バイデン米政権がトランプ前政権とは違い、イスラエル、サウジといった親米国家との関係に対して一定の距離を置く一方、イランとの核合意を重視し、核合意に復帰するためにテヘランとの関係改善に動く気配が見えだしたことがある。その結果、サウジはイランとのチャンネルを構築する必要が出てきた。具体的には、イエメンでのイラン武装勢力の撤退を掲げ、テヘランとの外交交渉に乗り出してきたのではないか。なお、バイデン政権は、2018年10月、トルコのイスタンブールのサウジ総領事部内で起きた反体制派ジャーナリストのジャマル・カショギ氏殺害事件を重視、人権蹂躙事件として関係者の制裁を実施したが、ムハンマド皇太子はその制裁リストから外している(「サウジが直面する“第2の国難”」2018年10月27日参考)。

一方、イランは軍事的、外交的に成果を上げているが、国内は安定しているとはいえない。1979年のイラン革命前までは近代国家だったが、ホメイニ師主導の革命以来、イラン社会は神権国家か世俗国家かの選択に揺れ、国民も社会も分裂している。その上、新型コロナ感染が世界的に拡大し、原油価格が下落してきた現在、国はこれまでのように国民を養うことができなくなってきた。そのため国民の間で指導層への不満、批判の声が出てきている。イラン国民の平均年齢は30歳以下だ。彼らの多くは失業している。若い世代の閉塞感がイランの政情を不安定にする大きな要因となっている(「イラン当局が解決できない国内事情」2020年12月2日参考)。

サウジのイラン接近にイスラエルは警戒の目で監視し続けるだろう。バイデン米政権がイラン核合意に復帰し、サウジがイランに接近していくというシナリオはイスラエルにとって悪夢だ。イランの核関連施設への軍事攻撃やイラン核物理学者への暗殺などの選択肢はあるが、外交的にはイスラエルが追い込まれる。サウジにとっては、イスラエルとの国交正常化を推進する上で、イラン接近が外交カードになるという判断が働いているかもしれない。


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2021年4月29日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。