再販制が招く悪循環
手頃な価格で買いやすかった新書が最近、1冊1000円を超すようになり、税込み(消費税10%)だともっと高くなる。安かった文庫も7、800円台が目立ち、買うのをためらう読書家も多いでしょう。
新聞社には出版局や系列の出版社があるせいか、出版物の値上がりについて触れる意欲はないようです。そこで手元にある本を手にとり、定価の動きをチェックしてみましたら、「上がっている、上がっている」です。
10年ほど前は「新書は1000円を超さない。1000円を超すと、売れなくなる」が出版業界の常識でした。それが様変わりです。消費税が10%になったこともあり、税込みで1000円超は少なくない。
昨年の「新書大賞」をとった「人新世の『資本論』」(斎藤幸平著、集英新書)は定価1020円(税別)です。380㌻と分厚く、用紙代もかかったのでしょう。1000円を超す価格に尻込みしていましたら、4,50万部のベストセラーになり、多くの書評に登場するのでとうとう買いました。
高価格でも爆発的に売れているのは、「気候変動、文明崩壊の危機、脱成長経済、資本主義システム批判、マルクス評価の見直し」などの指摘が時代の流れに合致したからでしょう。
「ショパンの名曲」(メジューエワ著、講談社現代新書、21年5月刊)は定価がちょうど1000円です。楽譜がたくさん掲載され図版代がかかったほか、日本語への翻訳費も加え、この高さになったのでしょうか。
私の趣味のジャンルの本なので「高いなあ」と思いつつ買いました。筆者はロシア人、日本在住らしいピアニストです。現代新書は900円程度のものが多く、高価格帯の出版社です。ショパンものといっても、クラシックもので1000円となると、あまり売れていないでしょう。
同一シリーズで、同一の筆者の価格を調べてみると、値上がりの傾向がはっきりしました。ベストセラーが多い池上彰氏の「おとなの教養」(NHK新書)の3点を比べてみました。
2014年の第1巻は780円、2019年の第2巻は850円、2021年の第3巻は880円です。どれも230㌻程度で差はありません。明らかに値上がりしています。一般の消費者物価は日銀が懸命(年間2%)に引き上げようとしているのに上がらず、出版物はその例外のようです。再販制度のおかげでしょう。
池上氏と佐藤優氏の共著の本はよく売れています。文春新書でみますと、「予測不能時代の新情報術」(830円、18年7月刊)、「無敵の読解力」(850円、21年12月刊)で、値上がりしています。240、250㌻ほとんど変わりません。
中公新書はどうでしょうか。「ポピュリズムとは何か」(820円、水島治郎著、16年12月)に対し、「経済社会の学び方」(860円、猪木武徳著、21年9月刊)で値上がりしています。
製紙メーカーは1月から印刷用紙を15%程度、値上げするそうです。「国内需要の減少、原燃料価格、物流費の上昇が原因」だそうです。需要が減れば値下がりするのが普通なのに、逆の現象が起きているのは、需要減で生産単価が割高になっているためでしょう。
雑誌も値上がりしています。月刊文芸春秋の新年号(創刊100周年記念号)は600㌻と分厚いこともあり、定価1091円と1000円を超え、税込みでは1200円でした。「それはまた、高いなあ」です。
本が売れなくなった理由として、「ネット時代になって、年間1冊も読まない人が4、50%近くいる」「倒産などで書店数が1・7万店(07年)から1・2万店(16年)に減り、最寄りに書店がなくなった」があります。
別の原因として、再販制で小売り価格を拘束でき、値崩れが起きないため、出版界の体質改善が進まないことが挙げられます。売れる部数以上の出版をしてしまい、それが返本されてくるため、返本率が異常に高い。
返本率は書籍32%、雑誌40%(19年、経産省調べ)で、売れないものは最終的に廃棄処分されます。売れないもののコストが売れるものの価格に上乗せされてしまい、割高になっているのです。
各国を見渡すと、再販制がもともとなかった国、再販制が廃止された国、再販制が存続していても弾力化している国などさまざまです。
日本ほど厳格に再販制を守っている国は少ないはずです。再販制度を弾力化して原価管理を厳重にし、売れる部数しか作らなようにすれば、価格を下げられるはずです。
著者に払う印税も実売部数に比例していません。初版部数・金額の通常10%というのが長年にわたる業界慣行です。出版しても30、40%が返品・廃棄(一部は再出荷)されるので、売れない分の印税まで払っている計算になり、最終的には定価は割高に設定されている。
単純化していえば、少数の売れる本の利益で、多数の売れない本の損失を埋めているということでしょう。それで出版社の経営が成り立ている。
アマゾンの出版物の扱いが多くなっています。流通合理化が進み、返品・廃棄が圧縮されるよう期待しています。時限再販制(半年後などに定価を弾力化)導入し、著者への印税支払いも実売部数比例(成功報酬型)になっていけば、価格決定のメカニズムは合理化されるはずです。
編集部より:このブログは「新聞記者OBが書くニュース物語 中村仁のブログ」2022年1月7日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方は、中村氏のブログをご覧ください。