侵略直前に載った駐ウクライナ日本大使の無神経な挨拶文

前例踏襲で天皇誕生日のお祝い

ロシアのウクライナ侵略という情勢下で、各国の大使たちの活躍も報道されています。日本の駐ウクライナ大使は何をしているのだろうかと、日本大使館のホームページを覗いたところ、あまりの無神経さに驚きました。

「日本国大使として、皆様と共に本年の天皇誕生日をお祝いできますことは、大きな喜びであり、光栄に思います」(2月23日付)という書き出しの挨拶文が目に飛び込んできました。ロシア軍の侵攻が迫っている直前に、この挨拶文をどういう判断で載せたのかと、絶句しました。

外務省 y-studio/iStock

ウクライナの駐米大使は2月28日、「ロシアが燃料気化爆弾を使用」と、激しく非難したと外電が報じました。戦術核兵器の次に殺傷能力が強い爆弾で、ジュネーブ協定で禁止されています。ホワイトハウスは「事実とすれば、「戦争犯罪になる」と指摘しました。

この大使は3月1日、バイデン大統領の一般教書演説に際して議場に招かれ、「駐ウクライナ大使が今夜、ここにいる。可能な方は起立し、米国はウクライナの人々を支持することを示そう。独裁者は侵略の代償を支払う」と、激励を受けました。

緊迫した国際紛争下では、現地の大使らの発言、行動が注目されます。在日ウクライナ大使も3月2日、林外相に面会し、日本からの1億㌦の緊急人道支援に感謝の意を伝えました。普段は舞台裏にいる外国駐在の大使の存在は、こうした時にクローズアップされます。

冒頭の挨拶文は天皇誕生日の2月23日に合わせて、掲載されました。天皇誕生日には、各国に駐在している日本大使はどこでも、祝賀の挨拶文を掲載し、情勢が許せば、相手国の関係者を招いてパーティを開くのが慣例になっています。

ウクライナの松田邦紀大使の挨拶文には「国境周辺におけるロシア軍増強の動きを重大な懸念を持って注視しています」、「日本としてはG7をはじめとする国際社会と緊密に連携し、現下の情勢に適切に対応します」とも述べ、置かれた厳しい状況に触れることは触れています。

在ウクライナ日本国大使館

在ウクライナ日本国大使館

それにしても、前日の22日はゼレンスキー大統領がロシア軍による侵攻に備え、予備役を招集する大統領令に署名しました。国連のグレテス事務総長も同日、「近年で最大の危機」と発言しました。米国は欧州に米軍の派遣を始めていました。バイデン米大統領は「確実にロシアの侵攻が始まる」と、再三警鐘を鳴らしていました。

実際にロシアの侵攻、進軍が始まったのは翌24日ですから、なんと間の悪いタイミングで天皇誕生日の祝賀挨拶を掲載してしまったのか。「ウクライナと日本は長い歴史を誇り、美しく豊な自然と文化に恵まれているという共通点があります」というくだりも、危機感がまるでなくひどすぎる。

大使館は一斉に天皇祝賀の挨拶を掲載するというのが外務省の慣例で、挨拶文のひな形があるのでしょう。それにしても松田大使も肩書は「特命全権大使」で、政府から「全権」を与えられているはずですから、現地情勢に合わせて自分の判断力を働かせるべきでした。

いきなり冒頭で、「皆さまとともに天皇誕生日をお祝いできる喜び」などと表明してはいけない。祝賀挨拶を掲載しないとか、せめて文末に添える程度にとどめるとかの気配りが必要でした。

この天皇誕生日の祝賀で思い出すのは、1996年12月、ペルーの日本大使館公邸がテロリストに占拠された事件です。恒例の天皇祝賀レセプションが公邸で開かれているのを狙われ、一時は600人が人質に取られ、解放されるまでに4か月かかりました。

当時、首都リマでは日本企業、日本人を標的にしたテロリストの暗躍、出没が多発していたのですから、レセプションを見送るべきでした。それが外務省基準の慣例が優先され、前例踏襲のままやる。「特命全権大使」といいうのは、本当に名ばかりなのです。

昨年、米国はアフガニスタンからの米軍撤退を決めました。撤退が進むと、現地のイスラム主義勢力は勢いづき、危険を感じた各国は夏ころから自国民、企業の退避を始めました。準備不足の日本は立ち遅れ、JICA(国際協力機構)事務所のアフガン人の現地職員・関係者らが現地に取り残されました。

現地大使、大使館員らはタリバンのカブール占拠の前に、早々に海外に退避してしまいました。重大な責任放棄です。現地大使、外務省、自衛隊の対応のまずさがはっきりしました。それにもかかわらず、撤退失敗の事後検証の報告書も公表されていません。

日本の駐在大使らは獅子奮迅の活躍すべき時に、まともな判断能力を発揮しない。ウクライナといい、アフガンといい、ペルーといい、外務省、現地大使の対応に失望せざるを得ないのです。

在ウクライナ日本大使館HPより


編集部より:このブログは「新聞記者OBが書くニュース物語 中村仁のブログ」2022年3月3日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方は、中村氏のブログをご覧ください。