ウィル・スミスとクリス・ロックの顛末への心理学者の違和感

杉山 崇

ハリウッド俳優ウィル・スミス氏がアカデミー賞授賞式でコメディアンのクリス・ロック氏を平手打ちした件、話題も一巡して落ち着いてきた印象ですね。

ウィル・スミス氏はなぜ平手打ちを?

ことの発端は、クリス・ロック氏がウィル・スミス氏の妻ジェイダ・ピンケットさんの超短髪をネタにしたジョークがきっかけでした。ジェイダ・ピンケットさんは好んで短髪にしているわけではなく、脱毛症に悩んだ末のヘアスタイルでした。

妻の苦悩を知るウィル・スミス氏は激昂し平手打ちに及んだようです。

マスコミのリアクションは?

日本では妻を守る姿勢に「カッコいい!」という賛辞もあるようですが、暴力に対しては厳しい態度で臨む海外では批判的なリアクションが強めなようです。

また、日本では日本と海外の温度差をネタにする情報番組も散見されたようです。さらにクリス・ロック氏が非言語性学習障害だったということで発達障害への理解を促すきっかけに…という動きも出てきたり、一時はさながら「祭り」のような状態でした。

心理学者としての違和感

ですが、心理学者である私には本当に大切なことにあまり触れられていないことに違和感を持ったまま今に至ります。

もちろん、いかなる暴力は許されるはずもなく、社会的文脈の理解に置いける発達障害とされる方々の苦悩の啓発も重要な問題です。日米の人間観の違いを理解することも、大切なテーマです。

しかし、それでも同じくらい、いえもしかしたらそれ以上に大切かもしれない何かがあまり話題になっていないのではないでしょうか。

「ヒト」という生き物とは?

私が気になるそれは、親族を侮辱されたときの心の痛みです。

想像になりますが、クリス・ロック氏がウィル・スミス氏自身をネタにジョークを飛ばしていたならこのようなことは起こらなかったのではないでしょうか。

成功した俳優であるウィル・スミス氏は、本来は大人の分別を備えています。周りがいかなる時も良識ある行動を期待するのも当然です。

しかし、成功した人物であっても、それ以前に「ヒト」という生き物です。

この生き物は自分にとって大切な誰かが傷つけられることで、自分自身が傷ついたとき以上の心の痛みを覚えるものなのです。

同様の出来事は繰り返されている

突然、古い話で恐縮ですが2006年にサッカー界で起こった衝撃的な出来事をご記憶でしょうか?ドイツワールドカップ決勝で、当時のフランス代表の中心選手、ジネディーヌ・ジダン氏が対戦していたイタリア代表マルコ・マテラッツィ氏を頭突きでふっ飛ばし一発退場となりました。

大会後の引退を表明していたジダン氏にとって最後の公式戦、そして最大の大舞台でこのようなことが起こるなんて…誰も想像できなかった展開です。さらにジダン氏は人格者として名高い選手でしたので、世界に与えた衝撃はウィル・スミス氏の比ではなかったと言えるでしょう。

ジダン氏はなぜこのような蛮行に出たのでしょうか?

答えはマテラッツィ氏がジダン氏の姉を性的に侮辱したからです。

プロサッカーでは勝利を追求するあまり敵選手に反則同然の激しいチャージをしたり言葉の暴力で挑発したりという非紳士的な行為がよく起こります。

もちろん非紳士的な行為はジャッジの取締の対象です。しかし、すべてを取り締まることは難しく、実態としてはこれもプロサッカーの一部であるかのように扱われています。

(私はこの実態は好きではありませんが)

とは言え、大切な親族を侮辱することは大きな心の痛みを生み出します。強い心の痛みは私たちの脳に備わった自己防衛システムを作動させてしまいます。

こうなると良識を備えたウィル・スミス氏も人格者として名高いジネディーヌ・ジダン氏も、自己防衛システムをアクティングアウトして暴力へと駆り立てられてしまうのです。

クリス・ロック氏は、ウィル・スミス氏はどうするべきだったのか?

みなさんも子ども時代に自分の悪口を言われるよりも、親や兄弟、親族を悪く言われることで深く傷ついた経験はありませんか?ウィル・スミス氏のように妻が脱毛症で苦しんでいることをよく知っていたら、なおさら心を深くえぐられたような思いだったことでしょう。

暴力は許されるものではありませんが、誰かを侮辱する(その意図がなかったとしても)ということは、その侮辱で本人以上に傷つく人がいることを決して忘れてはなりません。

クリス・ロック氏は場を盛り上げようとした結果だったかもしれませんが、人の容姿をネタにするときはより慎重になるべきでした。せめて、ウィル・スミス氏が怒りの表情で迫ってきたときに先に察して謝っていればウィル・スミス氏の行動も違ったかもしれません(発達障害とされる方々はこれが苦手とされているのですが)。

一方でウィル・スミス氏も自分は「ヒト」という生き物で、自己防衛システムが作動すると暴力的になり得ることを忘れるべきではありませんでした。ジダン氏の出来事から学んでいただいていたら、何かが違ったでしょう。

「ヒト」という生き物を学ぼう!!

この一件、ただのネタとして終わらせてしまうと、次は私たちが第2、第3のクリス・ロック氏、ウィル・スミス氏になるかもしれません。話を大きくしてしまいますが、極端な表現をすると、今ウクライナで起こっている惨劇もその引き金は誰かの自己防衛システムのアクティングアウトだったと表現することもできます。

日頃から「ヒト」という生き物がどのようなシステムを備えているか、学び続けることで防げる悲劇もあります。システムが暴走し始めてから対策を練っても遅いのです。私たちは私たちの中に仕組まれた危険なシステムと向き合いながら社会を設計し、自分の行動を選択する事が必要なのです。

最後までお読み下さってありがとうございました。学びは救いです。今日のささやかな学びが、この先で発生しうる悲劇を避ける大きな手立てとなるでしょう。

アカデミー賞の授賞式が毎年行われるドルビー・シアター Wikipediaより