モルドバ国民の眠れない日々

モルドバと聞くと、「欧州の最貧国」というイメージがどうしても先行する。その国にウクライナから多数の避難民が殺到していると聞くと、「大丈夫だろうか」と心配になる。最貧国に避難するウクライナ国民も大変だが、突然隣国から逃げてきた多数の避難民をケアするモルドバ側も経済的に負担だろう考えるからだ。

モルドバのマイア・サンドゥ大統領(モルドバ政府公式サイトから)

民族服で踊るモルドバの若者たち(モルドバ政府公式サイトから)

国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)によると、モルドバにこれまで約43万5000人のウクライナ人が避難してきた。避難民の多くはモルドバに短期間滞在した後、他の欧州の国に向けて出発するが、10万人ほどの避難民は、「戦争が終われば、すぐに国に戻るためにモルドバに留まる」という。モルドバ国家統計局によると、同国の人口は2020年の時点で約264万人だ。

モルドバに避難したウクライナ人は主に女性と子供だ。バチカンニュース(4月28日)によると、難民として登録された全てのウクライナ人は月額2500モルドバ・レウ(月額約130ユーロに相当)のクレジットが付いたプリペイドカードを受け取る。別の国連機関は、難民を1週間以上自宅に収容する人々には3500モルドバ・レウの一時金は支払われる。国内の他の地域にも多数の難民受け入れセンターがあるという。

ロシア軍がウクライナに侵攻してから、2カ月が経過した。ロシア軍は今、ウクライナ東部、南部地域にその戦力を集中させてきた。モルドバは地理的にもウクライナ南部に接している。ロシア軍がその気になれば直ぐに侵攻できる距離だ。そして、モルドバ東部のトランスニストリア地方にはロシア系住民の分離主義者がいる。

トランスニストリア地方はルクセンブルクの約40%の大きさの領土でモルドバ全体の約12%を占める。そこにはモルドバ人(ルーマニア人)、ロシア系、そしてウクライナ系住民の3民族出身者がほぼ同数程度、住んでいる。それだけではない。同地域には1200人から1500人のロシア兵士が駐在し、1万人から1万5000人のロシア系民兵が駐留している。ロシア系分離主義者は自称「沿ドニエストル共和国」を宣言し、首都をティラスポリに設置し、独自の政治、経済体制を敷いている。

2014年のクリミア半島の場合を思いだす。同半島に住むロシア系住民を「ウクライナ当局の弾圧から解放する」という名目でロシア軍が入ってきて、最終的にはロシアに併合した。その8年後の2022年2月24日、プーチン大統領はウクライナ東部ドンバス地方(ドネツクやルガンスク地域)で「ロシア系住民が迫害されている」としてロシア軍を送った。モルドバの場合も同様の説明が成り立つ。トランスニストリア地方で4月26日、2回にわたり爆発事件が生じたばかりだ。原因不明の爆弾事件はロシア系住民を狙ったテロという理由で、彼らを守るためにロシア軍が派遣されるシナリオだ。戦略的にはウクライナ南部とモルドバ東部のトランスニストリア地方まで陸の回廊ができるメリットがある。

独連邦議会での公聴会で、モルドバを視察したアンナレーナ・ベアボック外相は、「モルドバの状況は非常に危機的だ」と述べている。モルドバのニク・ポペスク外相は、「わが国は小さく、軍事的にも弱い。そして私たちは分裂している。外からロシア軍が侵攻するとは思っていない。国内の親ロシア系と親ウクライナ系の国民の間で対立がエスカレートする危険性のほうを恐れている」と述べている。トランスニストリア地方で4月26日起きた爆発事件に対し、ロシア側は「ウクライナの仕業」と非難、ウクライナ側は「ロシアはモルドバの安定を脅かす狙いがある」としてモスクワを批判している、といった具合だ。

モルドバ出身のペトル・チョバヌ神父は、「国民は不安と恐れを感じている。ロシアがウクライナを侵略する意図を最初に聞いた時からだ」と説明する。そして、「ロシア軍がウクライナ南部オデーサをミサイル攻撃したというニュースを聞いた時、国民の間に緊張が高まった」と証言している。

ちなみに、モルドバのマイア・サンドゥ大統領は今年3月3日、欧州連合(EU)加盟申請書に署名している。北大西洋条約機構(NATO)の加盟は願っていないという。

プーチン大統領はモルドバ東部にロシア軍を送るだろうか。戦場を広げ、戦力を分散することは現在のロシア軍にとって負担だろう。プーチン氏はしばらくはウクライナ東部の完全支配に重点を置くのではないか。

いづれにしてもモルドバの国民は不安と恐れを感じながら、眠れない日々を過ごすことになる。


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2022年5月1日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。