ニッポン再生計画
『週刊東洋経済』(2021年11月6日号)で「ニッポン再生計画」が特集されたことがある。21世紀になってから、とりわけこの数年は世界的に「資本主義の終焉」論争が盛んになっているから、それに関連する「終焉と再生」論の一環であったのだろう。
ところが、「特集」冒頭の「日本と世界の未来年表」を見ると、「再生計画」には程遠いマイナス要因ばかりが並んでいた。2050年までの推移として、①総人口減少(1億人)、②年少人口減少(総人口の10%)、③超高齢社会(3人に1人が高齢者、35%)、④空き家率が25%(2030年予想)、⑤一人当たりGDP下降、⑥政府債務残高上昇、⑦平均賃金横ばいなどであり、不可逆的な人口動態からの要因が目立った注1)。
(前回:政治家の基礎力(情熱・見識・責任感)②:政治理念「ローバル時代の政治家」)
発電エネルギー転換
さらにマイナスではないが、「どちらともいえない」事項として、①EUでのガソリン車販売禁止(クルマのEV化)と②発電エネルギー転換、そして③リニア中央新幹線(2037年 名古屋―大阪間開業)があげられた。もっともリニア中央新幹線で名古屋と大阪が結ばれても、「日本再生」にどれだけの効果があるか不明である。
またクルマのEV化は、「脱炭素」や「排ガスゼロ」との絡みで、基本的には対応するしかない。イノベーションに一方で期待をかけながら、他方ではそれぞれの国の事情を勘案することしか今後の道はない注2)。さらに問題となるのが発電エネルギー転換であるが、これについてはすでに私の立場を鮮明にしておいたので、本連載では省略する注3)。
再生を阻害する人口動態
ともかくも「ニッポン再生」といいながらも、「再生」を阻害するような人口動態面ばかりが並んだ現実をどう理解するか。
社会学や経済学を始め、これまでの社会科学のあらゆる領域では人口漸増を与件として理論化が進められてきたから、実際の「再生計画」では一貫した人口漸減を前提とした別建てのパラダイムの開発が急務となる。
ここでは、政治家の基礎力の源は人口関連の知識と情報にあるという前提で、その政治家を選ぶ「選挙制度」の問題と人口動態を関連づけておこう。
デモクラシーの象徴としての選挙
デモクラシーを標榜している日本も含めた世界各国の選挙は、国政でも地方政治でもほぼ4年おきに実施されている。議会政治にこだわる以上、その代表を決めるための選挙は各国でも不可欠の行事になっている。
ただし日本の各種選挙での投票率は半数程度が多く、地方首長や議員の場合は30%前後を記録することも少なくない。無投票当選も少しずつ増えてきている。
とりわけ地方議員になり手が不足し始めている。『北海道新聞』(2022年4月15日)によれば、北海道の過疎地域の町村議会では、全体の3割が無投票状況にある。また定数割れの町村議選も常態化してきた。
これは財政難の影響により、北海道過疎地域の町村議員の平均月収が181,734円(2021年7月時点)であり、全国の町村議員のそれよりも45,000円も低いことが一因であろう。
また道内町村議員の多くが農業、商店経営、土建業、会社勤務などに従事しているため、「自治体からの仕事を請け負う個人事業主の議員との兼業」禁止に抵触するからでもある。議員報酬の18万円よりも、自治体からの業務を引き受けた方が収入面でも満足できるという判断で、個人事業主が議員にならない。
選挙区の議員定数変更
日本政治でも選挙関係の争点は多いが、なかでも選挙区当選者数を変更することが「選挙改革」の柱になって来た歴史がある注4)。直近では、いわゆる衆議院小選挙区の「10増10減」する区割案があげられる。
この試みは、小選挙区を巡る1票の格差を是正するためで、2020年国勢調査の結果を使って、東京選挙区を5つ増やし、神奈川を2増、埼玉、千葉、愛知各県を1増とする。人口集中した都市部の定員を増やす半面、宮城、福島、新潟、滋賀、和歌山、岡山、広島、山口、愛媛、長崎の各県は1減とする案である。
すでに与野党から、「地方の声」が国政に反映されにくいという反対論が出ている。「職業としての政治家」ではなく、「職業・与党」や「職業・野党」の議員がこの声に与しているようである。
選挙区議員定数は憲法との整合性で決められる
しかしこの変更の根拠は明瞭である。2020年国勢調査で最も人口が多かった東京22区と最少だった鳥取2区の格差は2.096倍だったからであり、このような1票の格差が広がると、法の下での平等を定める憲法との整合性が問題となるからである。ただし、新しい選挙区割の際に、その格差を2倍未満とする根拠はどこにもない。
これまでの歴史でも、選挙区の数の割り振りは10年に一度の大規模な国勢調査をもとに改めてきたので、衆議院の定数が一定ならば、30年に実施する次の調査結果が出るまで変わらない注5)。
「10増10減」でも選挙区の線引きをする際の基本方針として、①市区町村は原則分割しない、②各選挙区の人口は最も少ない鳥取2区以上で、その2倍未満とする、③1つの選挙区のなかに他の選挙区が入り込む「飛び地」は避けるなどが柱になっている。
私はこのような「改革案」ではなく、世代代表制を入れるという「抜本的」な改革案を後半で示してみたい。
選挙制度の改革案(2002年井堀案)
しかしおなじく「抜本的な選挙制度改革を実施すべき」とい主張はかなり古い時代から存在する。たとえば東大大学院教授の井堀利宏がそのような主張をしていた(JIニュースNo.61 2002.8.23)。井堀のいう「抜本的な選挙制度改革」とは以下の通りである(金子が原文を活かしながらその趣旨を要約した)。
わが国で政治不信が根強い大きな原因は、選挙制度にある。1993年に、衆議院が中選挙区制から小選挙区制に改正された際にも、選挙区の定数の是正は中途半端にしかおこなわれず、地方と都会との1票の格差は当初から最大で2倍以上であった。その後、衆議院でも参議院でも定数是正が行われたが、それでも選挙区間での不均衡は抜本的に改善されていない。(中略)
有権者のタイプは、基本的に地域と年齢で分類することができる。実際に選挙では、選挙権、被選挙権の要件は年齢である。すでに年齢が選挙の重要な資格要件として利用されており、かつ、有権者のタイプを区分する際の有益な指標である以上、年齢をより活用した選挙制度を構築すべきであろう。
たとえば、20歳代と30歳代の有権者を母集団とする選挙区を青年区、40歳代と50歳代を中年区、また、60歳代以上を老年区と呼んで、これら3つの年齢別選挙区を導入する。地域と年齢の2つの指標で、選挙区を作成するのである。
したがって、多くの青年層が棄権しても、青年区の定数が青年有権者の人口に対応しているので、青年世代の利害を代表する政治家が量的にきちんと選出される。
地域割りで定数是正を完全にして、また年齢別の選挙区も加味すると、事実上、3、4年の選挙ごとに、全国すべての選挙区の区割を再調整する必要がある。わが国のこれまでの経緯では、選挙区の区割の見直しが後手後手に回って、最高裁の違憲判決を待ってはじめて、選挙区の区割が部分的に調整されてきた。現職議員個別の利害のために、選挙区の区割が後手後手に回ってきた。
選挙区の区割は、議員の手ではなくて、第3者機関が機械的に、しかも選挙のたびごとに決定するシステムを構築すべきである。そうすれば、地域と年齢を組み合わせる選挙区の策定は、容易である。
たとえば、毎年1月1日時点での有権者の年齢と住所が4月1日に判別できるとすると、4月から向こう1年間の小選挙区の区割を、かりに議員数300,有権者9000万人とすれば、1選挙区あたり30万人になるように、年齢選挙区ごとに北海道から順に機械的に区割していけばよい。
毎年4月1日に自動的に選挙区の調整が行われる。言い換えると、選挙のたびに、有権者の母集団が変化するとともに具体的な選挙区も変化する。
これら3世代の有権者の人口が同一地域で同じであるとは限らないから、選挙区の地域的な範囲は年齢別に異なる。しかし、それぞれの選挙区は、現行の小選挙区のほぼ3倍の地域に相当する。したがって、現行の選挙区の区割よりは、地域が細かく限定されないから、地元優先の政治活動の弊害は是正される。また、同一有権者の年齢が時間とともに高くなるので、年齢別の選挙区では母集団が固定化せず、現職の政治家の選挙基盤が小選挙区のもとで固定化しないというメリットもある。
この2002年8月の井堀案は、それまでの選挙制度の弊害を克服しようとする熱意の表れであり、卓見でもあったが、その後どこかで検討された様子はない。
改革の対象としての選挙制度
選挙制度改革を改めて問いかける理由は、国民代表がすべて選挙で決定されるといっても、地域代表、世代代表、業界代表、人種代表、男女共同参画などが現在の選挙制度で保証されているわけではないからである。
定住人口比で言えば、日本では過疎地域からの議員比率が、政令指定都市や県庁所在都市からの議員のそれよりも高い。また、国会議員でも地方議員でも30歳代40歳代の少なさが際立っており、50歳代以上の議員が圧倒的に多い。
男女別にみても、男性の議員数や大臣数が非常に目立つ歴史が続いてきた。だから、デモクラシーと言いながら、特に地域別の一票の格差を是正しようとする政党もあれば、男女共同参画に熱心な政党もある。あるいは「選ぶ人なしの状態におかれる」(森嶋、前掲書:143)国民も増えてきた。
若い世代の意見
ほぼ30年務めた北海道大学での私の経験でも、日本の国政選挙で感じる問題点として「議員の世襲率が高くなった」や「選挙にかかる費用が高額すぎる」などは、学生や院生との対話でも常時話題になっていた。
さらに否定意見もあったが、「国会議員、地方議員ともに総数が多すぎる」も半数近くで支持された。
その他にも「政治家能力に疑問がある人が議員になっている」、「女性議員が少ない」、「30歳代40歳代の議員が少ない」、「70歳代80歳代の議員がまだ目立つ」なども、毎年ゼミの受講生から出される意見のうち上位を占めていた。
これらをすべて肯定したうえで、井堀とも一部は重なるが、私の選挙改革は「世代代表性」を最も重視するものである。
これは若い頃からの持論であり、初出は井堀より5年早い以下の小文である(『日本計画行政学会北海道支部News Letter』 NO. 8,1997.3)。25年経過しても基本的な立場は変わらないから、若干の手直しをして再録して、読者の意見を待ちたい注6)。
選挙改革としての世代代表制(1997年金子案)
「1996年3月の住民基本台帳をもとにした「朝日新聞」の再集計によると、全国300の小選挙区間の人口格差は最大で2.31に拡大し、選挙区間の人口格差で2倍を超えるところが52区になると推定され、「ひずみ」が大きくなったと指摘されている。
しかし、当初からこの問題に関心をもってきた私には、そもそも「2倍の基準」自体もあまり根拠があるとは思えない。ましてや、地区間の人口移動は宿命なのだから、小数点以下のポイントの増減で、「一票の格差」についての正確な論議が可能だろうか。
政界やマスコミを含めて、小選挙区制問題の取り扱いについて私には大きな不満がある。
政治改革は政治家選びから
結論からいえば、この小選挙区制でも、国民が期待する政治改革はほとんど実現されていない。なぜなら、当選した政治家の質が変わらないからである。
せっかく科学的な「計画行政」研究を行っても、政治と政治家の質がそのままではやり切れなさが残るのだ。
私の根本的な疑問は、なぜ政治家は地区代表者として選出されなければならないのだろうかという一点にある。
地区代表者であれば、人情として、地元に新幹線、大型公共施設、港湾整備計画などを誘致したい気持ちになっても仕方がない。国内だけに限定すれば、北海道新幹線と九州新幹線との誘致合戦はもちろん無意味ではない注7)。
求められる優先順位の判断力と国際的視点
しかし、21世紀に向けて、国政に携わる政治家にますます求められる資質は、内政課題についての優先順位の決定能力と国際的視点なのである。
今の地区代表としての政治家の大半は、選挙区地盤まわりや地元からの陳情攻勢などで、このような優先順位の判断力を身につけたり、国際的な重要課題をまともに勉強する時間がないのではないか。
地区代表と世代代表
そこで私の抜本的政治改革案は、本格的な選挙制度改革として、問題が多い比例代表制を廃止し、代わりに世代代表制を取り入れ、地区代表制と組み合わせるものである。
なぜなら、社会は、ヨコの組立てとしての地域社会、タテの組立てとして社会階層によって、合わせ重ねて構成されているからである。
したがって、真に革新的といえる選挙制度改革とは、地区代表と世代代表が同時に同じ権限をもつ存在として、国民に選ばれる制度を志向するものとなる。
1990年「人口確定」値からの議員配分
その結果はどうなるか。
人口データはやや古いが、1990年の国勢調査結果を利用すると、被選挙権がある25歳以上の国民は約66%である。この内訳は、29歳までが7%、30代が14%、40代が16%、50代が13%、そして60代以上が18%になる。
とりあえず、ここに比例代表の200人を割り当てるのである。そうすると、29歳までの国会議員が19人、以下30歳代が41人、40歳代が48人、50歳代が39人、60歳代以上が53人となる。(以下省略)」。
2022年「人口推計」値からの議員配分
それから30年後の2022年3月現在の総務省統計局の「人口推計」を使うと、25歳から69歳以上までの合計数が7021万人になる。その内訳は表1のようになる。
この30年間の人口変動の激しさがここからもうかがえよう。比例代表をやめて世代代表に変えれば、確実に若い世代や中年世代の意見が国政にも反映される。
2022年3月の「人口推計」データを使っても、29歳までの国会議員が18人、30歳代が39人、40歳代が50人、50歳代が49人、60歳代以上が44人となる。いわゆる「老害」は根絶されるはずである。そのためには立候補時点で70歳定年制を決めることである。
全国区のなかで、たとえば18歳から29歳までの有権者は25~29歳の候補者に、48歳の有権者は40代の候補者に、60歳代や75歳や90歳ならば60代の候補者に世代の心情を託してそれぞれ投票する。
夢がある地区代表と世代代表の論戦
この世代代表の200人が、地区代表としての政治家200人と、衆議院のなかで政策の優先順位をめぐって国際的視点のなかで論戦するシーンには夢がある。そして、10年ごとの大規模国勢調査で小選挙区の区割と世代代表の定員も見直して、ともに200人ずつの完全なタテヨコ対等の代表選挙にして、参議院もまた同様な試みを行う。そうすれば、21世紀中盤には国民の声が届きにくい中央政治の世界も大幅に変化しよう。
そして最終的には、衆参両議院を改革し定員を半減して、衆議院を地区代表議院、参議院を世代代表議院にすることが根底的な政治改革になると考えるが、いかがであろうか。
選挙制度の判断が終われば、いよいよ政治家基礎力に不可欠の「少子化する高齢社会」の現状認識、それを映し出す「人口動態」についての知識の習得に移る。
(次回:「政治家の基礎力(情熱・見識・責任感)④」に続く)
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注1)もっともこれらのマイナス要因こそが「再生計画」のテーマになるのだから、それに直面する政治家にとっては根本的な課題になる。したがって、「見識」の基盤としての人口関連の知識と現状のデータを押えておくことは大きな意味がある。
注2)脱炭素や地球温暖化論を手段として、地球環境の維持を大義名分としたEUによる「別の狙い」として、世界システム支配運動が始まったような印象が強い。何しろポルトガルからスウェーデンまで電線が張りめぐらされているので、電力はEU全体でカバーしあうことができる。石炭火力を削減するという手段による脱炭素による「地球温暖化防止」という大義名分にはどの国も反対しにくいから、それが達成できない国(日本、中国、インド、アメリカなど)の製品や機械の貿易面での制約を、EUが独自の炭素調整力基準により査定する権限をもちたい狙いがあるように思われる。しかし、2022年2月からのロシアによるウクライナ侵略戦争によって、エネルギーをめぐる状況は一変した。ドイツを筆頭にイギリスやフランスもまた、2021年11月のCOP26での主張とは異なる政策転換を行い始めた。
注3)「再エネ」と原発・火発のもつ課題については、社会学の「機能分析」を使った7回にわたるWEB連載(金子、2021-2022)で問題点を明らかにした。参照していただければ幸いである。
注4)政治学ではこれをかなり以前から「代表制原理の空洞化」と指摘してきた(内田、1977:27)。
注5)選挙制度の基本は議員定数維持と地区代表制だというのが日本政治の伝統であるが、果たしてこの固定した制度だけでいいのかという疑問をここでは呈しておく。
注6)より詳細な説明は金子(2006:142-154)で行っている。
注7)九州新幹線がすでに鹿児島まで開通して、北海道新幹線も新函館北斗駅までが営業区間になり、2030年には札幌まで延伸する予定である。また長崎からの西九州新幹線の一部の営業が開始される2022年5月時点で振り返ると、隔世の感を禁じ得ない。
【参照文献】
- 井堀利宏,2002,「抜本的な選挙制度改革」(JIニュースNo.61 2002.8.23)。
- 金子勇,1997,「選挙制度の改革」(『日本計画行政学会北海道支部News Letter』 NO.8,1997.3).
- 金子勇,2006,『少子化する高齢社会』日本放送出版協会.
- 金子勇,2021-2022,「二酸化炭素地球温暖化と脱炭素社会の機能分析」(第1回-第7回)国際環境経済研究所WEB連載.
- 金子勇,2022a,「脱炭素と気候変動」の理論と限界(第1回-第8回)アゴラ言論プラットフォーム.
- 金子勇,2022b,「北海道『脱炭素社会形成』のアポリア」(前編後編)アゴラ言論プラットフォーム(前編4月6日、後編4月10日)
- 森嶋通夫,1991,『政治家の条件』岩波書店.
- 週刊東洋経済編集部,2021,『週刊東洋経済』(2021年11月6日号).
- 内田満,1977,「議会政治の危機と主要因」『現代のエスプリ119 日本の政治』至文堂:27-41.
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