こんにちは。
さて、今日はお約束どおり、先日の投稿の続きを書かせていただきます。
世界経済フォーラム(WEF)は少なくとも2010年代半ばから、一貫して昆虫食、つまり動物性蛋白質の供給源として昆虫を食べることを推奨しています。
破綻している昆虫食推奨の論理
でも、その論理たるや、公表された目的と結果が正反対になってしまうしろものなのです。まず「昆虫類全体の個体数が劇的に減少している」と危機感をあおるところから始まります。
「さあ大変、このまま放置しておくと絶滅危惧種が増え、その中から実際に絶滅する種も出てきて、生物多様性が失われてしまう。だから、昆虫を大事にしなければならない」というわけです。
大事にする方法としては「大量生産もでき、肥育期間も短くて済み、ほかの動物が食べたら被害が出そうな腐った肉を食べても健全な蛋白質にしてくれる昆虫を選んで、食用昆虫肥育工場をつくればいい」ということになります。
WEF版昆虫食の勧め
というわけで、WEFは昆虫食のプロモーションビデオをつくり、自分たちの主宰するサイトや世界中のメディアに熱心に紹介しています。
その一例をご覧いただきましょう。
私が問題としたいのは「ヨーロッパ人は豊かだから今まで見向きもしなかったが、世界で20億人が常用食としている」というとき、想定しているのは「アフリカからアジアまで」の発展途上国や最貧国と呼ばれるような国々に住む人たちだけと見受けられることです。
たしかに多くの国で昆虫を食べ始めたきっかけは極端な凶作でほかに食べるものがなかったときに、勇気を奮って食べてみたことが多かったでしょう。
しかし、昆虫を常用食としている国々では、決して農林畜産物が足りないからという理由で現代にいたっても食べ続けているわけではありません。
ほかに食べもののない人が食べる救荒食と見る傲慢さ
食べていくうちに、おいしい調理法を発見し、食文化として育ててきたからこそ、農林畜産物がとくに不足しているわけでもない時期にも珍味として食べ続けているのです。
現に、現在でも長野県では蜂の子、いなご、まゆから糸を取ったあとのカイコのさなぎなどを食べています。もちろん、ほかに動物性蛋白質の供給源がないからではなく、おいしいと思って食べる人が多いからこそ商品化もされているのです。
「昆虫を食用に繁殖させれば、生物多様性の低下も防げるし、動物性蛋白質の不足も補えて一石二鳥だ」という考えで、昆虫を食べる食文化も育っていないところに昆虫食を押し付けるのは、生物多様性に関するかぎり、絶対に逆効果です。
前々回の投稿「つくられる食糧危機」で15枚目としてご紹介した図表をもう一度、ご覧ください。
野生動物のフットプリントは見る影もなくやせ細っていますが、これは人間が食用、ペット用、使役用として家畜化した種だけを異様に増殖させたために、生態系の中で似たようなポジションを占めていた野生種の個体数も種の数も激減したからです。
昆虫の世界でも、人間が選んで増殖したものの個体数激増と、その他あらゆる昆虫の個体数、種の激減が並行して起きるでしょう。
WEFのエリート意識が露骨に表れているのが「2050年には地球の総人口は100億人近くになる……その膨大な人口をもっと緑豊かに養う方法を探さなければ」というくだりです。
これから生まれてくる人たちは、決してWEFに養ってもらおうと思って、生まれてくるわけではありません。ほとんどの人が生まれた瞬間はともかく、成長していくにつれて自分の労働によって自分の食べものは確保しようと思うように育つでしょう。
地球全体を統治する政府があって、その政府が賢い養い方を考えてあげなければ、人類が滅亡するほど窮乏化したためしはありません。
猿人と呼ばれる類人猿とははっきり違った特徴を持った人類の先駆者が誕生した300~400万年前、今より科学的な知識も技術の水準もずっと低かった頃から一貫して、それぞれの環境に応じて、なるべく確実に生きていける方法を自分たちで考えて、現代にいたったのです。
これほど科学知識も技術水準も向上した現代に、どこかで一握りのエリート集団が「我々が生き延び方を考えてやらなければ人類は絶滅するし、ほかの動植物まで巻き込んで地球を生命の育たない星にしてしまうかもしれない」と真剣に考えているとしたら滑稽です。
食糧をコントロールすれば人々を支配できる
いや、滑稽なだけではすみません。むしろ「そこまで脅してやらなければ、人類全体を人数としては圧倒的少数派である我々エリート集団が意のままに操ることなどできない」という彼らなりの切羽詰まった危機意識が表れているのかもしれません。
キッシンジャーはときどきとんちんかんな言動もしています。この発言のうち「石油をコントロールすれば」には疑問がありますが、「食糧をコントロールすれば」のほうは文句なしの名言だと思います。
そして、キッシンジャーのお供をしていた頃は、弟子たちの中でもパッとしないその他大勢だったのに当人はキッシンジャーの「高弟」と自負しているらしいWEF主宰者、クラウス・シュワブは、明らかに世界的な食糧のコントロールを画策しているようです。
しかも、北風と太陽の寓話に沿って言えば「太陽がさんさんと降り注ぐように豊かな食糧を行きわたらせて人々を心服させる」のではなく、「農業生産力を激減させ、昆虫でも食べなければ大量の餓死者が出るのでいやおうなく服従させる」という北風路線を取っています。
肥料価格高騰はEUの「窒素悪玉」説がきっかけ
次のグラフでちょっと奇妙なことにお気づきになりませんでしょうか。
私が変だと思うのは、代表的な肥料の価格が下げ止まり、上昇に転じたタイミングです。塩化カリウムは底ばい期間が長引きましたが、尿素とリン酸二アンモニウムという、ともに窒素系肥料の代表的な品目が2019年末から2020年春にかけて値上がりに転じています。
これはまさに、ほとんどの国でコロナショックによる経済活動全般の低迷が観察されていた時期です。ほかにこの頃価格が急騰に転じたものは思い浮かびません。
ですが、2019年10月22日に国連環境プログラムのホームページが、EU諸国が「窒素評価」に関する報告書をまとめたと報じています。
内容は「NOx、アンモニア(NH3)、硝酸塩(NO3)などの窒素化合物は生物多様性を損ない、環境を破壊し、人体の健康を損なう公害物質だから、窒素そのものの発生を抑制しなければならない」というものです。
これはもう荒唐無稽と言うべき議論でしょう。空気の78%が窒素であり、人体の3%、60キロの人ならそのうち1.8キロは窒素なのです。
生きている動物の細胞は時々刻々死滅し、生まれ変わっていきます。もちろん死んだ細胞のうちの窒素は、主としてアンモニアになります。
たしかに、アンモニアのままだと人体の健康には有害ですが、ちゃんと尿素に変換されて膀胱に溜められ、尿の中の老廃物として無害なかたちで排泄されているのです。あの匂いが好きだという人はめったにいないかもしれませんが。
そして、尿素はさまざまな窒素系化学肥料の原材料として貴重な存在でもあるのです。窒素ばかりか、リン酸、カリもふくめて化学肥料の3大要素を全部廃絶して、下肥、堆肥、魚かす、灰などの有機肥料だけで農業を維持するべきだと唱える人たちもいます。
ですが、そもそも地球上の人口が大激増に転じたのは化学肥料を量産できるようになってからのことです。
化学肥料を全廃し、有機肥料だけに頼るとどんなに悲惨な社会になるかは、輸出の大黒柱である紅茶用の茶葉輸出額が激減し、農作物一般が凶作に陥って飢餓暴動が起きたスリランカの例が実証しています。
昆虫食奨励の裏にある農業削減計画
非常に残念なことですが、現在EUは完全にWEFの提唱する「温室ガス=地球温暖化の元凶」説に凝り固まってしまっています。
「何十年後かにやって来るかもしれない地球温暖化による生物全体が死滅するほどの危機を防ぐためなら、現在生きている何十億の庶民の生活水準が極端に低下することなど、歯牙にもかけない」という人たちです。
彼らはきっと、こう考えているのでしょう。
「化学肥料を全廃したら、農作物の収穫高は3割とか5割とかの大激減となるだろう。だが、そのときのために我々は、ちゃんと生きていけるだけのカロリーと動物性蛋白質を摂取できる昆虫食も用意している。こんなまずいものは食えないと言って餓死する人間が出るのは、自業自得だから仕方がない」
ただ、「農業いじめ」最初の標的としてオランダを選び、オランダの農家を最低でも3割減、できれば半減に追いこもうとしたのは、明らかに戦略的失敗でしょう。
この作戦は、表面的にはうまく運びそうな印象があります。オランダは農林畜産品の輸出額ではアメリカに次いで世界第2位の農業大国ですが、この繁栄する農業を担っている人たちの数で言えば、政治的な圧力団体としては取るに足らない存在に見えるからです。
オランダの農業従事者数は2013年には総人口の1.1%まで下がり、産業革命の母国イギリスの次くらいに少ない人口比率になりました。それほど小人数で、あれだけ大きな成果を上げているわけです。
そして、オランダ政府の卑劣なところは、主として酪農用・食肉用の畜産農家を狙い撃ちにすることで、穀物や野菜を栽培している農家と「温室ガス大量発生の元凶」としての畜産農家を分断しようとしたことです。
企業化した農業共同体も、自営農家もふくめて、オランダの農業経営体の58%が畜産農家、残る42%が農作物を栽培している農家です。
就業者数で言えば、畜産のほうが経営体の規模が大きい印象がありますから、6:4というよりは、7:3ぐらいの比率で畜産のほうが多数派かもしれません。
ただ、どっちみち1.1%の中のそのまた6割か7割をいじめるのだから、畜産農家以外を味方につければ、大した苦労もなくオランダ農業全体を縮小できると思っていたのでしょう。
みごとに外れた畜産農家個別撃破作戦
ところが、この「まず畜産農家を3~5割圧縮する」という方針は、完全に裏目に出ました。
栽培農家をふくめて、農家全体が一致団結して現政権の「窒素=農民」削減計画に対する大抗議行動をくり広げたのです。
漁民、消防士組合、そして農産物をスーパーに届ける陸運業者まで農民に連帯して、オランダ国民の食生活に大きな障害が生ずるほどの盛り上がりになりました。しかも、迷惑をこうむったはずの農業以外に携わる人たちのあいだでも、さすがに今回ばかりは「グリーンな政策ならなんでも賛成」というわけにはいかず、政府に批判的な人たちが激増したのです。オランダでは2021年3月に定数150名の下院選挙が実施され、2大政党を中心とする連立政権が誕生しました。中でも首相となった第1党自由民主国民党所属のルッテ氏も、副首相兼財務相となった第2党民主66のカーグ氏もWEFべったりの政治家で、やっと安定した多数派政権ができたということでWEFの用意しているアジェンダどおりの政策に邁進したわけです。その結果はというと、ご覧のとおりです。
2大与党、自由民主国民党と民主66の支持率は激減し、去年春の総選挙では1議席も取れなかった農民市民運動が、今すぐ総選挙をやれば第2党にのし上がるのではないかと言われるほど支持率を上げています。まだ若い党で、これまでの政治とのしがらみがなく、WEFの路線に公然と反旗を翻すことができるので、農民たちの主張をすなおに代弁しているからです。オランダ語で農民あるいは農家のことを、ボーアと言います。
ボーアの怒りが世界覇権の崩壊を招く
ふり返ってみれば「日の沈むことのない超大国」だった大英帝国の凋落が始まったのも、ボーアを怒らせてしまったからでした。
イギリス人は、南アフリカの植民地で先祖はオランダ系だけれども、もう本国との地縁・血縁はとだえて、アフリカに根を張って生きていかなければならない人たち、ボーア人のことを「白い黒人」と呼んで蔑視していました。
とくに、帝国拡張主義者の代表格だったセシル・ローズ配下の人たちが、南アフリカのダイヤモンド鉱山を発見してからは、欲もからんでボーア人の土地を収奪し、彼らの生計の道を奪うようなことを平然と続けていたのです。
その結果、起きた第1次(1880~81年)、第2次(1899~1902年)の二度にわたるボーア戦争は、大英帝国不敗神話にとって大きな汚点となりました。
第1次ボーア戦争では、ボーア人がつくっていたトランスヴァ―ル共和国とオレンジ自由国を傘下に収めようとしたイギリス軍が大敗し、結局この2ヵ国の独立を尊重するという講和を余儀なくされました。
第2次ボーア戦争では、機関銃の威力が画期的に高まったこともあり、一応ボーア人が支配する2つの独立国を大英帝国に編入することには成功しました。
ですが、正規軍を捨ててゲリラ戦術に転換したボーア軍に対して苦戦の連続で、世界中で植民地として欧米列強に従属していた国々に独立の希望を抱かせる画期的な事件となったのです。
というわけで、ボーア戦争は大英帝国が世界覇権の座から滑り落ちるきっかけのひとつとなったことは、間違いありません。
今度立ち上がったボーアの怒りは、民主党バイデン政権に替わってからWEFべったりとなってしまったアメリカが世界覇権の座から滑り落ちるきっかけとなるような気がします。
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編集部より:この記事は増田悦佐氏のブログ「読みたいから書き、書きたいから調べるーー増田悦佐の珍事・奇書探訪」2022年9月1日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方は「読みたいから書き、書きたいから調べるーー増田悦佐の珍事・奇書探訪」をご覧ください。