アゴラの薪ストーブに関する記事「大気汚染が酷い薪ストーブをエコだと売り込む朝日新聞」が今年の1月3日に掲載されてから、この11カ月間の間に随分と世界の情勢が変わったように思います。
記事内の「WHOの推定では、毎年380万人が木材の煙による室内汚染で死亡しています。」ということは、主に発展途上国で起こっていることです。
そして、「薪ストーブは不便で非効率ゆえ廃れたわけですし、環境汚染も酷くとくに呼吸器系の疾患を持つ人にはキツイものです。」は、主に先進国で起こっていることです。
エネルギー問題と気候変動を含めた地球環境への記事の結論として、「森林破壊の最大の原因は燃料にするための木材の伐採であり、その脅威は石炭火力よりはるかに大きいのです。ファションのために人々の生命を危険にさらすのは本末転倒です。」としています。
僕はこのアゴラの記事が指摘していることに同意していますが、途上国と先進国、エネルギー問題と地球環境問題の4つがごちゃ混ぜになっているような気もしています。つまり、僕を含めた読者には、もう少し噛み砕いて「煙による途上国での室内汚染」と「先進国での薪ストーブ煙害」を示す必要があると思っていました。
そこで、今回は、エネルギー問題と地球環境問題には触れずに、「途上国での室内汚染」の問題と「先進国での薪ストーブによる煙害」の二つに絞って、掘り下げたいと思います。
「途上国での室内汚染」の問題:
Bjorn Lomborgさんが査読付き学術論文として発表された「Welfare in the 21st century: Increasing development, reducing inequality, the impact of climate change, and the cost of climate policies」(21世紀の福祉:開発の拡大、不平等の削減、気候変動の影響、気候政策のコスト)で、「Deaths from environmental issues in 2017」(2017年の環境問題による死亡者数)という、興味深い図が示されています。
それによると、2017年の1年間で環境問題で死亡した人の数は、一位が大気汚染で約290万人、二位が室内の空気汚染で約160万人です。今回注目している二位の「室内の空気汚染」での死亡者は、主に途上国での換気がない、室内での竈門での調理や、囲炉裏のような暖房によるものだと思います。室内の空気汚染で毎年福岡市の人口と同じぐらいの人々が死んでいるのは、相当深刻で解決しないといけない問題です。それらは、薪ストーブや暖炉ではないことも、途上国なので、そのような贅沢品はないと思うので想像できます。
それを解決するには、最終的には途上国が豊かになって住宅での料理や暖房が先進国並みになること、そして十分なエネルギーを電力やガスで得られることです。その一つの解決策として、大気汚染ん物質を出さない日本の超々臨界圧石炭火力発電での支援が考えられますが、その道のりはかなり遠いように思います。
そこで、応急措置としては、室外に煙を排気できる薪ストーブの設置や灯油ストーブあるいはガスコンロでの調理や暖房などが考えられます。要するに、室内に煙が充満しないようにすることが今すぐやるべき対処策というわけです。
日本のNGOによる「クック・ストーブ大作戦」のように、効率的かつ安全で、人体や環境に優しいクックストーブを支援する、素晴らしい試みもあるようです。
「先進国での薪ストーブによる煙害」
途上国での竈門や囲炉裏は室外への煙の排気機能がないので、それらを煙突がある薪ストーブや暖炉にするのには意味があります。しかし、日本を含めた先進国では、すでに電気やガス、灯油による煙が出ない調理施設や暖房施設があります。煙が出ない順に電気、ガス、灯油、薪、石炭ということで、薪や石炭を使用すれば、必ず煙が出てきます。その煙は室外へ放出することで、室内の空気汚染は防止できますが、フィルターがないと、室外へ煙が出ていくことになります。
周囲に人がいない家だと室外に煙突で煙を放出しても問題はないと思いますが、それが住宅地のど真ん中では、近隣の住民にとってはたまったものではない。というのが、最近問題になっている「住宅地での薪ストーブ問題」です。
そこで、冒頭のアゴラでの記事で「先進国での薪ストーブ」は不便で非効率ゆえ廃れたわけですし、環境汚染も酷くとくに呼吸器系の疾患を持つ人にはキツイものです。」「ファションのために人々の生命を危険にさらすのは本末転倒です。」となるわけです。
最近、世界大学ランキングで常時トップ10位以内にランキングされている、英国のインペリアルカレッジロンドンで、薪ストーブでの健康被害の調査研究が開始されました。
オーストラリアでも、The Guardianの記事で、薪ストーブでの健康被害の問題が大きく取り上げられています。
日本でも、北海道と東北地方を中心にした薪ストーブでの健康被害の研究で、「薪ストーブは子供の喘息に悪い影響を与える」との結果が発表されました。
Yasuaki Saijo, et.al.,“Relations of mold, stove, and fragrance products on childhood wheezing and asthma: A prospective cohort study from the Japan Environment and Children’s Study”, Indoor Air. 2022;32:e12931.
電気、ガス、そして灯油という室内・大気汚染物質を排出しない調理・暖房施設がある先進国での薪ストーブや暖炉の使用は、今後益々廃れていき、タバコのような使用規制がごく近い将来に強化されることは確実だと思います。
もし、趣味として住宅地での薪ストーブを楽しみたいという方々は、今のうちに、高性能のフィルターを設置することをお勧めします。
日本の会社が開発した「薪ストーブ用すす取り装置『ススとり君home』」というのがあるそうです。
僕がこの分野の研究者・技術者だったら、これから先進国で大きな需要が出ると思える、この家庭用スス取り装置の開発をすると思います。
薪ストーブ問題は、アゴラで多くの記事を読むことができます。ぜひ皆さん、「先進国の新しい公害」の住宅地での薪ストーブ問題を知って、公害のない健康で豊かな生活を送ることに関心を持っていただければと思っています。
アゴラで紹介された僕の薪ストーブに関する記事は以下のリンクにあります。
「暖炉や薪ストーブは脱炭素化に貢献するので、積極推進・・・んなわけない、というお話。」
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動画のノギタ教授は、豪州クイーンズランド大学・機械鉱山工学部内の日本スペリア電子材料製造研究センター(NS CMEM)で教授・センター長を務めています。