「船舶戦争保険」の動揺
ロシア海域での「船舶戦争保険」が揺れています。
2022年12月26日には「日本の損保が船舶戦争保険を1月1日から停止する」と報じられましたが、その4日後「交渉の結果、当面は一定の条件下で継続できるようになった」との続報が出ました。詳細を見て行きます。
26日、供給停止を報じるNHK
まず12月26日に保険提供の停止について次のように報じられます。
損保各社 ロシアなど海域で「船舶戦争保険」1月から提供停止へ
ロシアによるウクライナ侵攻が長期化する中、国内の大手損保各社は、1月からロシアなどの海域で軍事行動などに伴う船舶の被害を補償する保険の提供を停止することを決めました。ロシア極東の石油・天然ガス開発プロジェクト「サハリン2」からのLNG=液化天然ガスの輸入などに影響が及ぶ可能性もあります。
損保大手の「東京海上日動火災保険」と「損害保険ジャパン」、それに「三井住友海上火災保険」は、1月1日からロシアやウクライナ周辺のすべての海域で軍事行動などに伴う船舶の被害を補償する「船舶戦争保険」の提供を停止することを決め、海運会社などへの通知を始めました。(NHKニュースより引用、太字は引用者)
30日、「保険継続」を告げるロイター
その4日後、今度は一転して継続されることになったという見通しが報道されます。
国内損害保険各社がロシア海域で船舶の被害を補償する「船舶戦争保険」の提供を2023年1月以降も当面継続できる見通しとなったことが分かった。複数の関係筋が明らかにした。損保各社が保険の提供を停止することで船の航行が困難となり、液化天然ガス(LNG)の輸入に影響が及ぶことが懸念されていた。(ロイターより引用、太字は引用者)”
なぜ国内損保が「船舶戦争保険」の停止を検討するのか
それでは一体なぜ、侵攻開始から10ヶ月も経過した今になって、船舶戦争保険の停止が検討されているのでしょうか。
その理由は、「ロシアによるウクライナ侵攻が長期化する中、『船舶戦争保険』を引き受ける再保険会社が引き受けを拒否したことによる」と報じられています。軍事行動に伴う被害で補償を受けるためには、「船舶戦争保険」に加入する必要があり、この保険の提供が停止されれば、対象の海域での船舶の航行は難しくなるからです。
この意味するところは「再保険会社が見積もるリスクの増大」です。「紛争地域から遠くはなれた日本でも戦争の直接的な影響が強まっている。」このことを日本人は事実として正視すべきでしょう。
なお、「経済制裁に参加している日本はロシアからすれば準“敵国”であり、日本は“準戦時”(グレー状態)にある」と個人的には認識しております。今後、対露経済制裁の強度があがれば、戦争状態(事変)に移行する可能性も増大します。
仮に当該保険が停止されると、日本にとってはどのような影響があるのでしょうか。
直接的にはロシア極東の石油・天然ガス開発プロジェクト「サハリン2」からのLNGの輸入などに影響が及ぶでしょう。その場合、いくら石油・天然ガスを確保しても日本には届かないことになり、エネルギー・資源のひっ迫が懸念され、国内経済・社会活動に対する負の影響は大きいでしょう。そのため、「船舶戦争保険の停止」はどうしても回避したい事態です。
「船舶戦争保険の揺らぎ」から読み取るべき深刻なリスク
「船舶戦争保険」の問題は日本にとって、第一義的にはLNG輸入を通じたエネルギー問題です。確かに“平時”においてはこれも大きな問題です。
しかしより深刻なのは、シーレーンに存在するリスク(:被害の大きさ×発生確率)の発生確率が高まっていることです。戦場は欧州という日本から遠く離れた地域ですが、侵攻国ロシアは日本の隣国です。そのため極東に位置する日本に対しても経済的な悪影響が直接的に及んでおります。
日本を取り巻く安全保障環境は確実に激化していると見ることも可能でしょう。今回の船舶戦争保険に関する変化は、そのような日本人の目に入らない「海洋国家におけるシーレーンのリスク」の輪郭を浮き彫りにするシグナルです。
普段そのリスクは、まるで盲点のように日本人の意識にのってこないのですが、この保険問題によって姿を現し顕在化しました。しかしマスメディアの反応をみると未だに見えていないように感じます。
次にその「シーレーン封鎖」リスクを想像します。
シーレーンの重要性を認識できない日本
今後仮に、中朝露が東アジアを舞台に、例えば台湾や米国と事実上の“戦争”状態となった場合、日本が戦闘に巻き込まれなくともその被害は甚大です。「南シナ海」「東シナ海」「日本海」や「北極海航路」が “封鎖”される可能性が高いからです。中国軍は、機雷戦にも力を入れているらしいことに、日本では余り注意が払われておりません。
逆に中国にとっても南シナ海と東シナ海は物流の主要な出入口です。そのため中国が設定しているとされる“第一列島線”は、経済の死命を制するエリアを掌握するための防衛線となります。しかし、南シナ海を包むように米国側がマラッカ海峡やロンボク海峡他を封鎖し、東シナ海側をバシー海峡や日本列島(沖縄・対馬海峡)で封鎖してしまえば、中国を閉じ込める海上封鎖が完成します。そこから逆算すれば恐ろしい企図が浮かび上がります。
中国は南沙諸島を一方的に軍事基地化し、九段線や第一列島線、第二列島線を設定し、インド洋や南太平洋で軍事展開できる布石を打っております。その活動は広範囲にわたり一見関連がないようにも見えますが、シーレーンに関する覇権の奪い合いという観点を持つと、一連の動きが相互に深い関係のある戦略的な準備に見えてまいります。
大陸国家である中国やロシアには陸路での物流があるので“即死”はしませんが、物流の99.5%を海上輸送に依存する海洋国家日本にとっては、海上輸送は文字通り生命線です。
仮定の話として、中国に先手を打たれ、南シナ海、東シナ海およびフィリピン海を封鎖され、日本の海上輸送路が太平洋航路一本となった場合、航路が長大になり、コストも物流日時も増大し、必要船腹も増大するでしょう。とても長期持久戦には耐えられず、食料およびエネルギーだけを考慮しても日本が先に“屈服”せざるを得ない事態も想定されます。
安全保障の議論で足枷にすぎない一部野党
マスメディアや一部野党は、「反撃能力」といったあいまいな論点にとびつき皮相的な与党攻撃を繰り広げるでしょうが、本質的な意義は小さいでしょう。ただし目先の注意をそこにあつめておき、本質的な備えの邪魔をされないための役には立つかもしれません。
戦後ながらく防衛(安全保障)の議論において、野党は足かせでしかありませんでした。「空中給油機」への妨害や「(石油が届かなくても)ちょっと不便になるだけ」など、これまで野党が言ってきたことは時間をおいて検証すれば政治闘争の出汁に使った奇妙な主張ばかりです。それは(国民民主党など一部を除き)今も変わりません。
例えば『日曜報道THE PRIME』というテレビ番組で12月18日、立憲民主党の渡辺周議員(元防衛副大臣)が“論客”として出演し次のように語りました。
“トマホークもそうですけど、果たして、40年くらい前に開発されて湾岸戦争に使われた、巡航速度が800~900km/hという、航空機並みのスピードで飛んでくるものを、今もう迎撃される、となれば、果たしてこれを今、もしかすると時代遅れになったものを高額な予算をかけて果たして買うことが現実的であろうか。(略)いきなり500基を買うという話になっていますが如何なものか。これは検証しなきゃいけないと。(同番組より筆者文字起こしの上引用、太字は引用者)”
最新型のトマホークはブランド名こそ同じですが、最新型は「ブロックV」でGPS搭載やエンジン換装など諸機能が強化され、湾岸戦争の頃とは“別物”と言えます。また2017年にトランプ大統領(当時)が59発のミサイルをシリア空軍基地に打ち込んだ事例をご記憶の方も少なくないと思いますがその際、撃った巡航ミサイルはトマホークです。つまり現代においてもトマホークは打撃兵器として有力です。渡辺議員のトマホークへの問題意識は添付の記事(良記事)を読めば悉く解決されます。
最新鋭のトマホークBlockⅤ、速度が遅い巡航ミサイルの価値
トマホークを購入したり、潜水艦に垂直発射能力を持たせたり、自前のミサイルを開発することは、大局的に見て有意義であると考えます。
渡辺議員の御言葉を借りるならば「時代遅れ」なのは、「トマホーク」ではなく一部野党の「トマホークに対する知識やイメージ」です。もっというと兵器や戦略あるいは最新の安全保障に対する知見こそ時代遅れです。
「これまで米国側に購入を要望しても断られていたものが買えるようになる」、その事実を知らないならば問題外ですし、知っていて意味がわからないのであればいま少し連想力を鍛えるべきです。苟も野党第一党の議員として国政に関して政府と議論するならば、それくらいは汲み取れるだけの予備知識を持っていただきたい。これでは今年(2023年)も有意義な議論は期待できないではありませんか。
検証されなくてはならないのは(一部を除く)日本人の安全保障戦略に対する知見の更新状況ではないでしょうか。
安全保障に海上護衛戦への備えを
「継戦能力の強化」には、備蓄砲弾量や設備地下化等の抗堪性のみならず、非常時の物流確保など、広く深い備えが必要になります。つまりミサイルや砲弾のやり取り(戦闘)を伴う戦闘ばかりでなく、海上封鎖のような長期持久戦にも備えることが必要です。
2023年の日本では、春に統一地方選挙が予定され、防衛費増に伴う財源論を中心として議論が迷走しそうな予感がしますが、安全保障戦略に関しては、真面目(しんめんもく)な議論が生起することを期待致します。