日本のネット敗戦、真犯人は?

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9月7日の朝日新聞デジタル「(インタビュー)『ネット敗戦』の理由 インターネットイニシアティブ会長・鈴木幸一さん」と題する記事は、以下のリードで始まっている。

インターネットの時代が訪れて、はや30年。その間に創業したグーグルやアマゾンなどは、今や世界を席巻するガリバー企業だ。日本には、なぜそうしたビッグテックが育たなかったのか。「ネット敗戦」とも言われる我が国の現状について、「日本にネットを創った男」鈴木幸一さんは、いま何を思うのか。

ネット敗戦の実証データ

図表1は「国破れて著作権法あり~誰がWinnyと日本の未来を葬ったのか」(以下、「国破れて著作権法あり」)で紹介した平成元年と31年の世界時価価総額ランキング上位10社の国別・業種別内訳。

図表1 世界時価総額ランキング上位10社の内訳

平成元年(1989年) 平成31年(2019年)4月
国別 日本(7社)i、米国(2社)

オランダ(1社)

米国(7社)iii、中国(2社)

オランダ(1社)

業種別 金融(5社)、IT・通信(2社)ii

エネルギー(3社)

IT・通信(7社)iv、金融(2社)

エネルギー(1社)

i. 金融5社、NTT、東電
ii. NTT、IBM
iii. グーグル、アップル、フェイスブック、アマゾン, マイクロソフト(GAFAM)、金融2社
iv. GAFAM, アリババ、テンセント
(出典:「国破れて著作権法あり」13頁)

国破れて著作権法あり」ではこの図表に以下の解説を加えた。

まず、国別に見ると、元年に7社を占めていた日本は31年には皆無。表にはしてないが、ランキング上位50社を見ると、元年に日本は32社を占めていた。(中略)ところが、31年には1社(43位のトヨタ自動車)のみと、その凋落ぶりがより鮮明になる。

業種別に見ると、凋落の原因がよくわかる。元年には上位10社中2社だったIT・通信が31年には7社に急増。しかも上位4社はアップル、マイクロソフト、アマゾン、グーグルの米IT企業。このうち、アマゾン、グーグルと9位のフェイスブックの3社はいずれも平成生まれ。中国の2社(アリババ、テンセント)も平成生まれである。

上位10社中7社を占め、うち5社は平成生まれのIT・通信業界で、米中のようにスーパースターが生まれなかった。言い換えると、IT革命に乗り遅れたことが日本の敗因といえる。

ネット敗戦の理由

記事はインターネットイニシアティブの創業者に鈴木氏に日本のネット敗戦の理由を尋ねる。

――日本は米欧や中国に「立ち遅れ」ネット敗戦状態です。なぜこんなことに?

ネットが国防予算で成長した軍事技術、国家戦略だという視点が、平和に慣れた日本では希薄でした。文化の違いも大きい。

ネット事業というのは、法制度的にはグレーゾーンだらけです。検索ビジネスもユーチューブも、著作権法を厳密に考えたら微妙な点も多い。それでも米国の事業者たちは訴訟の山になることを覚悟し、乗り越えながら突き進んできました。それと対極なのが日本社会です。

以下、「国破れて著作権法あり」の「あとがき」から抜粋する。

インターネットというたった一つの技術革新に乗り遅れたことが日本経済の停滞を招いている。その原因の一つに日本の厳しい著作権法があげられる。(途中略)わが国の著作権法は、本文でも紹介した学者やネットビジネスの先人たちが指摘するように複製が前提のインターネットで、複製には許諾が必要な原則を貫こうとしている。

著作物をインターネットで公衆に送信する際、著作権者の許諾を必要とする「公衆送信権」を世界ではじめて導入したのも日本である。当時、文化庁は「解説/「著作権法の一部を改正する法律」について–『インタラクテイブ送信』について世界最先端を維持した日本の著作権法」(コピライト 1997年7月号)と鼻高々だった。

こうした利用には許諾を必要とする原則を貫こうとするアナログ時代の著作権法への執着が裏目に出てデジタルネット時代への対応が遅れた。

対照的にデジタル時代の著作権法への転換に成功したのが米国である。公正な利用であれば、許諾なしの著作物の利用を認めるフェアユースは、ベンチャー企業の資本金とよばれるようにグーグルをはじめとした米IT企業の躍進に貢献した。

鈴木氏は「検索ビジネスもユーチューブも、著作権法を厳密に考えたら微妙な点も多い。それでも 米国の事業者たちは訴訟の山になることを覚悟し、乗り越えながら突き進んできました」と指摘しているが、それを可能にしたのが、このフェアユース規定である。

フェアユース規定のメリットは著作権者から訴えられてもフェアユースが認められると判断すれば、判決を待たずに見切り発車でサービスを提供できること。先行企業が市場を支配してしまう勝者総取りのネットビジネスでこの差は大きい。このため、フェアユースを武器に先行する米国勢に日本市場まで草刈り場にされてしまうサービスの実例は枚挙に暇がない(図表2参照)。

図表2.新技術・新サービス関連サービス合法化の日米比較

サービス名 米国でのサービス開始 米国でのフェア

ユース判決

日本での合法化

(施行年)

=サービス可能化

リバース・エンジニアリング 1970年代(*1) 1992年 2019年
画像検索サービス 1990年代(*1) 2003年 2010年
文書検索サービス 1990年 2006年 2010年
論文剽窃検証サービス 1998年 2009年 2019年
テレビ番組検索サービス 1999年 2014年(*2) 2019年
書籍検索サービス 2004年 2016年 2019年
スマホ用OS 2005年 2021年 未定

※裁判例から推定した。
(出典:「国破れて著作権法あり」177頁)

最後のマートフォン向けOS(基本ソフト)訴訟は、グーグルとオラクルのソフトウェアの著作権をめぐる訴訟で 、2021年、米最高裁は総額90億ドルの損害賠償を求めていたオラクルの主張を退けた。2005年、グーグルはスマホ向けOS(基本ソフト)「アンドロイド」を開発する際、オラクルが著作権を持つアプリケーション・プログラム・インターフェイス(API)であるJava SEのコードの一部(全体の0.4%)を複製した。

オラクルは著作権侵害で訴えたが、グーグルはフェアユースであると主張、最高裁はグーグルの主張を認めた。日本円にすると約1兆円(当時)の損害賠償よりも、イノベーションを優先させる判決を可能にするフェアユースの威力をあらためて見せつけた(詳細は「国破れて著作権法あり」第4章参照)。

当初、グーグルはオラクルとライセンス交渉したが、条件が折り合わなかったため見切り発車して、OSの開発に踏み切った。フェアユースがなければ、今やiPhone 以外のほとんどすべてのスマホに使われているアンドロイドの成功もなかったことになる。フェアユースがベンチャー企業の資本金と呼ばれる所以でもある。ちなみにグーグルは1998年に誕生したので、アンドロイドの開発に取り掛かった2005年頃はまさにベンチャー企業だった。

ウィニー事件

インタビュー記事は続ける。

――違法コピーの温床となったファイル交換ソフト「ウィニー」の日本人開発者が04年に著作権法違反で逮捕された事件がそうでしたね。結局無罪となりましたが、その2年後、開発者は42歳で亡くなりました。

ファイル交換は、ネット上での原則です。認めないとネット事業は成り立たない。彼のやり方は乱暴でしたが、間違いなく才能があった。 ウィニーは、日本社会が生み出した素晴らしい情報技術でした。

国破れて著作権法あり」の「あとがき」からの抜粋を続ける。

ウイニーの開発がユーチューブの誕生前だったことを考えると、「刑事事件がなければ、P2P が彩る世界は違うものになっていたかもしれない」(壇氏)、「ひょっとしたらウィニーがビジネスの基盤に育っていた未来があったかもしれない」(村井氏)、「P2P技術の最先端がウイニーだった」「金子さんがいれば、日本で発展した技術が世界で使われて、世界中からお金が入ってくるみたいな世の中にできたかもしれなかった」(ひろゆき氏)などの指摘も決して夢物語ではなかったことが判明する。

補足すると、壇氏はウイニーを開発した金子勇さんを弁護した壇俊光弁護士、「国破れて著作権法あり」では巻末特別インタビューで同氏と対談した。

鈴木氏がビジネス界の「日本のインターネットの父」とすると、学会の「日本のインターネットの父」である村井純慶応大教授はウィニーを「ソフトとしては10年に一度の傑作」と評価した(日経産業新聞 2004年5月25日)。ひろゆき氏は「2ちゃんねる」を開設した西村博幸氏。ウィニー裁判関連では「ざんねんなインターネット 日本をダメにした『ネット炎上』10年史」の著書がある。

ネット敗戦の教訓:異才を育てる社会や教育システムが必要

最後になったが、記事には「こじんまり日本 野心持つ『変人』を育てる社会必要」とのサブタイトルがついている。記事は以下のように結ぶ。

――人の育て方から変える必要があるのでしょうか 。

GAFAに集まる エンジニアたちは、高い基礎学力と 途方もない気力や体力があり、「これがしたい」という 野心、よこしまな心がすごく大きい。だから 一人ひとりが面白い。それが類まれなサービスを生み出す源泉となっています。私も交流があったアップル創業者のスティーブ・ジョブスらは「変人」でした。日本ではみな小さくまとまりすぎています。もっと変わった子を許容する社会や教育システムが必要です。

映画Winny でも開発者金子勇さんのお姉様が「出る杭が打たれない社会にしてほしい」と訴えている。英語にはThe squeaky wheel gets the grease (きしむ車輪は油を差してもらえる)という諺がある。自己主張すれば見返りを得られるという意味だが、逆に出ない杭は無視されて見返りも得られない。

日本もネット敗戦から立ち直るには、出る杭を打たず、鈴木さんや金子さんのような異才を育てる社会や教育システムが必要だ。

【Winny事件関連投稿一覧】

映画『Winny』の法廷陳述に見る開発者・金子勇の無念
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