7月6日は金子氏の死後10年の命日だった。筆者は4月にWinny 開発者・金子勇 死後10年に想う(上)(下)を投稿。(下)では、近著「国破れて著作権法あり~誰がWinnyと日本の未来を葬ったのか」(以下、「国破れて著作権法あり」)で、金子氏の悲劇を繰り返さないための以下の4つの提言を紹介した。
- 第三者意見募集制度の著作権法への導入
- 審議会の構成員は中立委員だけに絞る
- 取調べに弁護士の立会いを義務づける
- 日本版フェアユース導入
最初の第三者意見募集制度の著作権法への導入について(下)から抜粋する。
第三者意見募集制度の著作権法への導入
米国には係争中の裁判に当事者以外の第三者がアミカスブリーフ(amicus brief)とよばれる法廷助言書を提出できる制度がある。2021年、米最高裁はグーグルとオラクルのソフトウェアの著作権をめぐる訴訟で、総額90億ドル(当時のレートで1兆円)の損害賠償を求めていたオラクルの主張を退けた。
米著作権法には、公正な利用であれば著作権者の許諾を得ずに著作物を利用できるフェアユース規定がある。最高裁はオラクルが著作権を行使することによって得る利益と、ソフトウェア市場のイノベーションを促進することによって得られる社会全体の利益を比較してグーグルのフェアユースを認めた(1兆円の損害よりもイノベーション優先の米最高裁⑤)。
日本でも2021年の特許法改正で日本版アミカスブリーフともいえる第三者意見募集制度が導入された。改正を提案した経産省の小委員会報告書は、「AI・IoT 技術の時代においては、特許権侵害訴訟は、これまで以上に高度化・複雑化することが想定され、裁判官が必要に応じてより幅広い意見を参考にして判断を行えるようにするための環境を整備することが益々重要となっている」とした。こうした指摘は著作権法もあてはまるので、この制度を著作権法にも導入する提案をしたい。
この制度があれば、ウィニー事件でも有罪判決は免れられたかもしれない。壇俊光「Winny 天才プログラマー金子勇との7年半」によれば、壇氏が金子氏の保釈金を用意するため銀行口座を開いたところ、支援金は口座開設日に105名から合計123万円も振り込まれ、 最終的に1,600万円を超えた。こうした支援者の中には金銭的支援だけではなく、無罪を主張する第三者意見を書く支援者も少なからずいたはずだからである。
第三者意見募集制度があればと思われる最近の判決
日本にもアミカスブリーフ制度があれば異なった結論もありえたと思われる最近の判例にリツイート事件最高裁判決がある。以下、「国破れて著作権法あり」から抜粋する。
【事案の概要】
写真家Xはツイッター社Yに対し、ツイッターのシステム上生じるトリミングによって氏名表示権を侵害されたと主張(左の元画像の下に小さく表示されている氏名がトリミングによって右の表示画像ではカットされている)。
Yはウェブページを閲覧するユーザーは、リツイート記事中の表示画像をクリックすれば、氏名表示部分がある元画像を見ることができることから、リツイート者は、リツイート写真につき「すでに著作者が表示しているところに従って著作者名を表示」しているといえると主張。
【最高裁判決】
2020年、最高裁は以下の判断を下した。
リツイート記事中の表示画像をクリックすれば、氏名表示部分がある元画像を見ることができるとしても、表示画像が表示されているウェブページとは別個のウェブページに本件氏名表示部分があるというにとどまり、ウェブページを閲覧するユーザーは、表示画像をクリックしない限り、著作者名の表示を目にすることはない。
また、ユーザーが表示画像を通常クリックするといえるような事情もうかがわれない。
そうすると、各リツイート記事中の各表示画像をクリックすれば、氏名表示部分がある元画像を見ることができるということをもって、各リツイート者が著作者名を表示したことになるものではないというべきである。
この多数意見に対して、林景一裁判官が以下の反対意見を書いている。
本件においては、元ツイート画像自体は、通常人には、これを拡散することが不適切であるとはみえないものであるから、一般のツイッター利用者の観点からは、わいせつ画像等とは趣を異にする問題であるといえる。
そのようなものであっても、ツイートの主題とは無縁の付随的な画像を含め、あらゆるツイート画像について、これをリツイートしようとする者は、その出所や著作者の同意等について逐一調査、確認しなければならないことになる。
これはツイッター利用者に大きな負担を強いるものであるといわざるを得ず、権利侵害の判断を直ちにすることが困難な場合にはリツイート自体を差し控えるほかないことになるなどの事態をもたらしかねない。
田村善之東大教授の見解
この判決に対して、田村善之東大教授が興味深い評釈をしているので、以下、補足を加えながら紹介する。
本件はインターネット上で広く許容されており、リツイートに不可視的に随伴するものであって、これまで特に問題視されることもなかった「寛容的利用」が、たまたま不幸な経緯が重なって、訴訟の対象に選ばれてしまった事件であるといえるかもしれない。
補足:寛容的利用(torelated use)はフェアユースにも該当しない違法な利用であるが、プローモーション効果などの観点から黙認される利用である。
この見立てが正しいのだとすると、本件のリツイート関連の訴訟は、もしかすると誰も真剣には違法視することを求めていないにもかかわらず訴訟の対象に選ばれてしまっている。そのような状況下で仮に侵害を肯定する結論をとらざるを得ないのであれば、不必要に違法であることを明らかにして寛容的利用を萎縮させることを防ぐために、やはり上告を受理することなく、発信者情報開示請求に関する解釈論を研ぎ澄ましたり、立法による対応を進展したりすることによって、この種の訴訟が雲散霧消するのを待つべきであったように思われる 。
(中略)
そして、まさにこうした寛容的利用に対処するために権利を制限する一般条項が存在する。フェアユースに相当する条項を欠く著作財産権と異なり、同一性保持権侵害や氏名表示権侵害に対してはこれを制限する一般条項(20条2項4号、19条3項)があるのであるから、これらの情報を活用して寛容的利用に関して通用している一般の規範を吸い上げることが本来望ましい解決であったのだろう。(田村善之「寛容的利用が違法とされた不幸な経緯に関する一考察」『法律時報』2020年10月号)
補足:著作権は、お金に関係する「著作権(財産権)」と名誉に関係する「著作者人格権」に二分される。著作権を制限する一般条項の代表例は、公正な利用であれば著作権者の許可なしの利用を認めるフェアユースだが、日本の著作権法にはこの規定はない。
ただし、著作者人格権については、たとえば、氏名表示権について定めた19条は3項に「著作者名の表示は、著作物の利用の目的及び態様に照らし著作者が創作者であることを主張する利益を害するおそれがないと認められるときは、公正な慣行に反しない限り、省略することができる」という権利制限の一般条項を置いている。
田村教授は「こうした規定を活用して寛容的利用に関して通用している一般の規範を吸い上げることが本来望ましい解決であったのだろう」と指摘する。
特許法に導入された第三者情報提供制度の第1号案件となったドワンゴ vs FC2事件の知財高裁判決が5月に下りた。リツイート事件同様、IT関連のこの事件に52通の意見書が提出されたことからも、田村教授の指摘する「一般に通用している規範を吸い上げる」のに第三者情報提供制度が役立つことは疑いない。
第三者情報提供制度の著作権法への導入は、今年の「知的財産推進計画2023」には盛り込まれなかったが、5月に発表された自民党知的財産戦略提言には含まれている。冒頭紹介した金子氏の悲劇を繰り返さないための4つの提言の中でも、最も実現可能性の高い提言と思われるので、引き続き必要性を訴えて行きたい。
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