企業経営の基本の否定も同然
岸田首相は26日、10月にまとめる経済対策の策定を閣議で指示しました。首相官邸で記者団に「物価高に苦しむ国民に成長の成果を還元し、コストカット型経済からの歴史的転換を図る」と述べました。
記者説明では「コストカット型の経済から30年ぶりに転換」と書いたパネルを持ち出しましたから、言葉の上滑りからでた発言ではなく、首相、官邸官僚が練りに練ったスローガンです。これは重大な問題だと思う。
それを各紙、各社の社説が取り上げ、問題視しているようには見えません。新聞はいったい、どうなってしまったのでしょうか。
私は驚きました。通常は経営計画の基本として、「コスト・パーフォーマンス(費用対効果比)を改善して、投入した費用(コスト)に対して得られる効果を高くする」を目指します。首相は何を思って「コストカット型経済からの転換」と語ったのか不思議でなりません。
「コストカット型からの転換」というからには、「コストカット(費用の抑制、最小化)を目指すことを今後はしない」との宣言でしょうか。
経済産業省・中小企業庁のホームページにはこう書いてあります。「企業利益=売上-コスト(費用)であり、利益を増やすには、売り上げを増やすか、コストを減らすしかない。企業コスト=原材料費、人件費、販促費、交通費、家賃」とあります。これからは「コストカットなどしなくていい」との宣言ですか。
「コストを削ると、社員のモチベーションの低下、品質・サービスの低下が起きるので、収益をあげるために必要不可欠なコストと見直し可能なコストを見極めなければならない。単なる節約ではなく、収益改善につなげなければならない」とも、説明しています。確かにコストは無茶な削減を続けていくと、企業は潰れかねない。経営学の基本の基本です。
岸田首相はそうした基本に触れることなく、「コストカット型の経済からの転換」、それも「30年ぶりに歴史的転換を図る」と大仰な表現を使いました。1990年に平成バブルが崩壊して、企業がコスト管理に必至になった時点から起算して「30年ぶり」と語ったのでしょうか。
経営理論を別にして、首相の真意は「賃金は抑制(コストカット)しないで、賃上げをどんどんしてやってほしい」、「原材料費が上がったら(コスト増)、販売価格をどんどん上げてほしい」あたりにあるのでしょうか。
つまり値上げ(インフレ)と賃上げの好循環を作りたいのでしょうか。消費者物価は前年比で3%以上も上がり続け、政府の物価政策(ガソリン代補助など)を考慮すると、実質的に4%台に達するでしょう。
日銀は「2%目標を持続的に達成できるかま自信が持てない」といい、異次元金融緩和(日米金利格差による円安要因)を修正するつもりがない。ですから「もっともっと物価を上げを」、「物価高で実質賃金がマイナスにならないよう、賃上げを」が首相の本音でしょうか。
首相の発言は矛盾だらけです。企業のコストに占めるエネルギ・コストは大きく、企業は節電に努めています。「コストカット型からの転換」といってしまえば、原油高=ガソリン代の高騰(コスト増)に対し、コストカットしないでいい、つまり放置していても構わないことになる。その一方でガソリン代の政府補助は年末まで延長する。矛盾しています。
経営原則である「コストには必要不可欠なコストと、見直し可能なコストがあり、それを見極めること」とはお構いなしに、「コストカットは不要」といってしまってはいけない。
人件費については、派遣社員、契約社員の雇用による人件費削減は、企業にとって人件費の抑制にはなっても、労働者全体としてみると賃金が伸びず、デフレの一因になってきました。これからは「賃金抑制より、賃金の増加を」は正解かもしれない。そうであっても、労働者が生む成果に対する適正な支払い(コスト)という視点を忘れてはいけない。
岸田首相の看板は「新しい資本主義」でした。網羅的にあれこれ手をだすことにしていたのに、今度は「経済対策5本柱」として、「物価高から国民生活を守る。持続的な賃上げ。成長力を強化する国内投資の促進。人口減対策。国土強靭化と防災」を掲げました。
スローガンは多くても、全体としての整合性が欠けています。最大の問題は「どんどん値上げを」と言いながら、「円相場はどんどん値下げ」を貫いています。円の実力(実質実効為替レート)は過去最低で、1970年8月を53年ぶりに下回りました。「1ドル=360円の固定相場だった当時より、円の価値が割安になっている」(日経)。
円安が最近では、1ドル=150円に近づき、輸入物価を押し上げ、国内物価高要因になっています。ここで掲げるべきは「コストカット型からの転換」ではなく、「円安誘導型、異次元金融緩和からの転換」のよる円の実力の再建です。つまりアベノミクスの否定、修正から始めるべきです。
編集部より:このブログは「新聞記者OBが書くニュース物語 中村仁のブログ」2023年9月28日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方は、中村氏のブログをご覧ください。