地に堕ちたアメリカ医療制度への信頼から何を読むか?

こんにちは。

今年最後の投稿となる今回はどんな話題を取り上げるべきか、いろいろ迷いました。結局アメリカの医療制度が回復不能と言ってもいいほど国民の信頼を失っていることから見えてくるアメリカ社会に漂う絶望感について書くことにしました。

SDI Productions/iStock

一見まだ高そうなアメリカの医療制度への信頼感

まず、アメリカ医療制度に関する最新の世論調査結果の概要をご覧ください。

看護師の場合には「すばらしい」と「良い」の合計が8割を超えているし、医師への信頼、病院への信頼はそれぞれ7割弱、6割弱とかなり高水準を維持しています。「地に堕ちた信頼」とは大げさな表現だと思われる方も多いでしょう。

ところが、アメリカでは比較的最近まで看護師だけではなく医師や病院の信頼度も非常に高かったのです。

2010年の評価と比べて高くなっているのは外来専門/緊急治療診療所だけで、その他の医療や健康に関わる団体、企業施設などは軒並み評価を下げています。とくに下げ方がきつかったのが21ポイントも下げた製薬会社と14~15ポイントも下げた病院と医師です。

医療制度中で唯一評価が上がった外来専門/緊急治療診療所のどこが良かったのかというと「小さな診療所でベッドもないので、たとえしたくても入院はできません」と始めから断っているのが、安心感を誘ったのだと思います。

アメリカの場合、外来患者を有無を言わせず入院させて1泊当たり日本円にすると150~200万円も取るボッタクリ商法をしている病院が多く、「健康保険にも加入していないし、貯蓄も資産もほとんどない」という人にとっては怖くて行けない場所になっているのです。

そのへんの事情を反映して同じ病院の中でも緊急外来受付は、2010年の調査でも今回の調査でも病院全体より10ポイント以上評価が低くなっています。

つまり、病院の緊急外来受付は怖いところだという認識はコロナ騒動以前からあったけれども、その認識がさらに浸透したと見ていいでしょう。

下落幅最大の製薬会社の問題点は?

さて、「すばらしい」と「良い」の合計が21ポイントも下がって過半数から全体の3分の1になってしまった製薬会社の信頼性はなぜこれほど低下したのでしょうか。

やはり、たとえ薬害事件などが起きたとしても自社は賠償金などを支払う義務をまぬかれた上で、コヴィッド-19用ワクチンの大量接種によって儲けていたことが次第に明らかになってきたのが最大の理由だと思います。

まず、日米欧とも当初のワクチン接種はまだ治験が完全に終わっていないうちの「緊急投与」ということで、製薬会社の責任を問うことはできない仕組みになっていました。「治験さえ済んでいない薬剤を受け入れるのだから自己責任だ」という論理です。

それでは、治験結果が出た後はどうかというと、アメリカの法律によって「乳幼児に打ってもいいとされているワクチンについては、それほど安全性の確認ができているのだから、副作用や後遺症があったとしても製薬会社の責任は問えない」ということになっていました。

ちょうど正式の治験結果が出る頃に、感染事例も少ないし、かかってもほとんど軽症で済む乳幼児への投与を強力に推進する動きがあったのは、製薬会社の責任が問われないようにするためだったという疑惑を招くのは当然だと思います。

とにかく、製薬産業全体として何かしら後ろめたいことをしている企業の多い業界だという見方が有力になってきたからこそ、全回答者の3分の1しか肯定的な判断を下さなくなってしまったのでしょう。

その結果、コヴィッド-19用ワクチンの大量投与で最大の収益増加を達成した製薬会社であるファイザー社の株価も、ご覧のようにピークを付けた後に急反落しています。

ファイザー社の株価はコロナ騒動勃発前の高値よりかなり低いところまで下がっています。ワクチン接種による収益増加は、結局のところ一過性の盛り上がりであって持続的にこの会社の収益を底上げするものではないと株式市場が判断したのだと思います。

製薬会社より評価が低い介護施設

さらに深刻な問題なのが、介護施設の評価が製薬会社より低いことでしょう。いったいどんな問題があって評価が低いのかを、もう少しこまかく探ってみましょう。

これは先ほどの調査より約4ヵ月前の調査結果ですが、ぎりぎり合格と落第の中間ぐらいが適切だろうという辛口の評価になっています。そして、自分が入るにしても家族や親戚を送りこむにしても「不安を感じる」と答えた人が過半数となっています。

過去には、ニューヨーク州知事だったアンドリュー・コモが非常に衛生状態が悪かったり、入居者を長時間放置したりする運営の劣悪な介護施設に高齢のコヴィッド-19発症者を送りこんで集団感染を起こし入居者の死期を早めてしまったという事例もありました。

介護施設の場合は、元々高くなかった評価がさらに低下したと見るべきでしょう。それに比べると、医師・看護師・薬剤師の倫理観についての評価はいまだにかなり高い位置にあります。

この点については、病院や介護施設などの医療機関の評価は下がっていても「医師や看護師など医療現場の最前線で仕事をしている人たちも、医療機関による悪辣な経営の被害者なのだ」という認識がごく最近まであったと見るべきでしょう。

次の2段組グラフで、アメリカの医療機関は現場で働く人たちはせいぜい人口増加率並みにしか増やさずに、事務職員などの間接的なサポートをするはずの人たちばかり増やしてきたことがわかります。

事務職員の場合、一般企業で働く人たちと医療機関で働く人たちで要求される仕事の質はあまり大きく違わないでしょう。ところが、アメリカでは医療機関で働く人たちは事務職員であっても、一般企業で働く事務職員より賃金・給与が高い傾向があります。

そういう人たちばかりが激増して、現場で働く医師や看護師の人数は微増にとどまっているのだから、医師や看護師も病院経営者によって過重な負担を強いられている被害者だということになっていたのだと思います。

いちばん悪いのはだれか?

次にご覧いただくのは、医療機関就業者への信頼が急激に下がる直前だった去年の今ごろの調査結果です。医療関連専門職3グループは、全部で18の専門職の中で倫理観が高いほうのトップ3を独占していました。

ここでぜひご注目いただきたいのは、ワースト3のほうです。最悪がひんぱんに迷惑電話をかけてきてうさん臭い商品やサービスを買わせようとする電話勧誘要員です。そのすぐ上に連邦議会議員が入っています。

このふたつの専門職は、自動車セールスマンより倫理観が低いとアメリカ国民は考えているわけです。

自動車セールスマンの中でも、中古車のセールスマンは重大な欠陥のあるクルマを舌先三寸で欺して客に買わせることができなければ食っていけないと言われるほど倫理観の低さで「定評」のある職種となっています。

アメリカ最高の立法府である連邦議会上下院の議員たちは、その自動車セールスマンより倫理観が低いと見られているのです。この評価を見ると、私はアメリカ国民も最近10~20年で何が現代アメリカをむしばむ元凶なのかについて、かなり核心に迫ってきたなと思います。

おそらく先進諸国でただ1国と言っていいでしょうが、アメリカは有力産業の大企業や職能団体や大金持ちが議会に登録したロビイストを通じてであれば、献金によって自分たちに有利な法律や規則をつくらせることが合法的な政治活動と見なされている国です。

1946年に制定された「ロビイング規制法」という名の贈収賄奨励法がどれほど深刻にアメリカ社会を歪めているかは、贈収賄は一応非合法ということになっていて、たかだか数千万円程度のカネが動くと大騒ぎになる日本から見ると想像を絶します

そして、ほかの分野、たとえばジャーナリストとか企業重役については民主党支持者と共和党支持者のあいだでかなり大きな倫理観評価の食い違いがあるのに、連邦議員と電話勧誘要員だけは超党派で「こいつらこそとんでもない悪党だ」と見ています

問題は電話勧誘要員によって大きな被害に遭うのは、「情報弱者」と呼ばれる高齢で世間の事情に疎くなってしまった人たちに限られそうですが、連邦議会議員による被害にはアメリカ国民全体が遭っていることです。

次にご紹介するのは、アメリカ中で最も巨額の資金をロビイストを通じて議員たちに贈っている13の産業・団体の表ですが、突出して高い「投資」をしているのが医療・健康産業だとわかります。

この表に出ているのは今年の第3四半期までの9ヵ月分の金額ですが、トップの医療・健康産業は約5億3000万ドル(直近のレートで日本円にすると750億円強)を使っていました。通年にすると去年の実績である7億ドル(約1000億円)台に乗せるのは確実でしょう。

このところ、収益が上がって献金用の原資も増えているはずですから、今年は8億ドル台に乗せるかもしれません。

この金額は連邦議会だけではなく州議会、地方自治体議会など公共部門全体に対する献金ですが、これだけせっせと献金するのは、もちろんすれば優遇してもらえて、元をとっておつりが来るほどの見返りがあるからこそ、毎年おこなっているのです。

医療・健康産業は儲け、米国民の健康は劣化

その結果は、あきれるほどカネがかかるのにちっとも国民の健康には寄与しないとんでもない医療・健康産業のあり方です。

まずヘルスケア・医療費支出ですが、いちばん上の先進諸国でも突出して高いのがアメリカで、2021年にはGDPの17.8%となっていました。2位のドイツが12.8%ですから、5パーセンテージポイントも2位より高かったのです。

一方、国民の健康を測る尺度として平均寿命を見ると、次のグラフのとおりいちばん健康維持にカネがかかっているアメリカ国民が、こちらは突出して低くなっています。

20世紀のうちは韓国がいちばん低かったのですが、21世紀に入ってからはアメリカがほぼ一貫してビリになっています。2021年の実績ではOECD平均の80.4年に比べると3年強低い77.0年、いちばん高い日本に比べると8年弱低くなっています。

アメリカ国民のヘルスケア・医療費のコストパフォーマンスが極端に低い理由のひとつが、アメリカは、これも先進諸国の中では異例ですが、国民全員に医療=健康保険を提供する仕組みがないことです。

国民皆保険制度のない「先進国」

その結果、アメリカ国民の4割近くが突然大きな医療費のかかる病気や怪我をした場合に全額自費負担しなければならない立場にあります。

これもまた、毎年医療・健康ロビー(日本流に言えば厚生族)の議員たちに巨額の献金をしているブルークロス・ブルーシールズという巨大医療保険会社が、「高齢者にはメディケア、低所得者にはメディケイドという保険があるからそれでいいじゃないか」と国民皆保険制度の導入を突っぱねつづけているからです。

しかし、現実にはこの選別的な医療保険制度はアメリカ国民全体にとって大損になっているのです。国民皆保険にすれば、国が全国民を代表して唯一の買い手として売り手である医療=健康保険会社と交渉するので、それだけ強気に値切ることができます

アメリカでは、大手保険各社が揃って議員たちに献金してそうさせないようにしているのです。

アメリカの医療機関は高いだけ優秀か?

世の中には病的なまでにアメリカびいきの方々がいらっしゃって「なるほどアメリカは医療費も、医療保険の掛け金も高いかもしれない。だが、病院も市場競争の中に放りこまれているので、高い分だけ先端技術を駆使したり、サービスが良かったりして、消費者が満足する医療を提供している」と、おっしゃったりします。

まったくのウソっぱちです。客観的なデータを見れば、アメリカ国民の健康は高くて品質も悪い医療サービスによって確実にむしばまれています

上の2枚組グラフは、アメリカは母子双方にとって出産時に亡くなる危険の大きな国だということがわかります。

分娩そのものは国によってそれほど危険性に差があるとは思えないのですが、アメリカの場合母親が薬物依存症などを持っていて、その結果生まれてくる子どもも胎児のうちに依存症になっているため、分娩時の危険が大きくなることはあり得ます。

ただ、それ以上に分娩前後にどの程度ゆったり病室で過ごすことができるかなどの条件が、とにかく入院費がべら棒に高いアメリカでは非常に不利になっているのが実情だと思います。

生活習慣病も簡単に病院に行けないので悪化

もうひとつ、コストが高いので病院に行くのを怖がる人が多いという環境のもたらす深刻な弊害があります。慢性的な病気、とくに生活習慣病などで比較的初期に適切な治療を受けられないために悪化するケースが多いことです。

なお、下段のグラフにはなぜか日本が入っていませんが、他のさまざまな分野では優等生の日本がここではかなり高い位置に入るかもしれないという懸念はあります。

あまりにも病院に行きやすい環境である上に、加齢とともに自然に高くなる最高血圧が年齢不問で130を超えると高血圧と診断され、降圧剤を常用させられるので、2つ以上の慢性疾患を持っていることになる高齢者は多そうだと思うからです。

でも、日本のやや過剰気味の医療と、アメリカの国民の下から半分は切り捨て的な医療を比べれば、間違いなく日本のほうが暮らしやすい国でしょう。

諸悪の根源はロビイスト政治

アメリカでもこうした現状に対する認識も高まり、不満も鬱積していることは次の共和党・民主党それぞれの長老政治家の写真が付いたポスターでもわかります。

とにかく、政治家と大企業が結託して自分たちに都合のいい法律や規則をつくってボロ儲けをするほど、アメリカ国民全体が困窮していくことは明白なのです。

つい昨日も、こうした国民の怒りに油を注ぐような新しい事実が発覚しました。22日にアメリカの医薬品大手の一角、ブリストル・メイヤーズ スクイブがカルナ・セラピューティクスという医薬品開発ベンチャー企業を買収することを発表しました。

これで23日の株式市場では同社の株価が50%近い暴騰となったのですが、議会の審議過程でこの買収が通ることを予測できていたナンシー・ペロシは2~3週間前にまだ安かった同社株を買っていたというのです。

これだけ露骨にインサイダー情報による取引で不正な利益を得ても、連邦議会に議席を持っているかぎり罰を受けることはないそうです。

民主党支持者も共和党支持者も、諸悪の根源はロビイスト政治だとわかっているけれども、なかなかどうすれば現状を打破することができるかはわからないという状況なのでしょう。

たまにトランプのような、大手企業のヒモが付いていない人物が要職に当選したりしても、すぐあちこちから巨額の献金が殺到して、結局同じように巨大企業に有利な政治をすることになってしまいます。

献金する側にとっては勝ち馬がわかってから馬券を買うようなもので、ほとんどギャンブル性のない「確実に儲かる投資」となっています。

それでも誘惑をはねのけて大企業の言いなりにならない議員は、次の選挙で有力な対立候補に巨額献金が集中して落選するというケースも多いようです。

アメリカ国民の中には「ロビイング規制法があるかぎり、議会制民主主義を守っていては多数派の声を反映した政治はできないから、この際直接行動に訴えるべきだろうか」と考え始めた人たちもいるのではないでしょうか。


増田先生の新刊 生成AIは電気羊の夢を見るか? が好評発売中です。ぜひご覧ください。

【関連記事】


編集部より:この記事は増田悦佐氏のブログ「読みたいから書き、書きたいから調べるーー増田悦佐の珍事・奇書探訪」2023年12月25日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方は「読みたいから書き、書きたいから調べるーー増田悦佐の珍事・奇書探訪」をご覧ください。