最近、育児を理由に早退したり育休取ったりする同僚を“子持ち様”といった揶揄する向きが強まっていて、たびたびニュースにもなっています。
そうした中で言及されている理由が「社会が不寛容になった」とか「子育てを知らない世代が増えたから」とかで、読むたびになんだかなぁという気になりますね。
Yahooニュースにも書いたんですが、基本的に終身雇用をベースとする日本型雇用と育児は相性が最悪なので、どうしてもそうなってしまうものなんですね。
【参考リンク】「子持ち様」分断は誰が引き起こしたのか
同じ視点から眺めてみると、実は日本社会の抱える様々な課題や特徴の多くが、同じ構造的な課題に根付くものであることがよく分かると思います。
というわけで、今回はこの「他者の子育てに対し不寛容になってしまう根っこの問題」についてもう少し深く掘り下げたいと思います。
その中で個人は今後どうふるまうべきか、方向性も見えてくることでしょう。
終身雇用で育児のコストを負担するのは従業員自身
筆者はかねてより「終身雇用制度というのは企業による社会保障も含めた従業員の人生丸抱えであり、そのコストを負担するのは結局は従業員自身である」という主張を続けてきました。
と言われてもピンとこない人は、ちょっと想像してみてください。日本全体が一つの会社で、政府がこんな注文をつけたとしましょう。
「政府は失業者の面倒なんてみたくないから、労使はよく話し合って、定年まで無理なく雇い続けられるほどほどの給料にしとけよ」
これがいわゆる終身雇用というもので、日本の賃上げがずっと微々たるものなのも、にもかかわらずストの一つも起きないのもこれが理由です。
「あとさあ、金無いから年金の支給開始年齢引き上げようと思ってるんだよね。というわけでそれまで企業で面倒見てよ」
で55歳からちょこちょこ引き上げられ続けているのが定年で、第二次安倍政権ではとうとう70歳までの雇用努力が大企業には義務化されています。
雇用を保証しなければならない期間が長くなれば、それだけ賃金水準も引き下げられることになります。
よく「日本は規制でがんじがらめだから経済成長できない」という話がありますが、その典型が上記のような雇用に関する規制なんですね。
もちろんただ一方的に命じるだけではなく、政府もそのためのツールは用意してきました。労使協定さえ結べばほぼ無制限に残業させられるようになっていたり、会社都合で全国転勤を命じられ、従わない人間は解雇できるようにしたり。
これって要するに、誰かが休んだりしても、周囲の同僚が残業や転勤でしっかりカバーできるようにするためのツールなんですね。
そもそも終身雇用制度のもとでは少々人が足りないくらいでは新規採用なんておいそれとはできませんから、一定の残業は必ず発生するようになっています。
余談ですが、過労死もこの「同僚みんなでカバー」という仕組みの副産物なので、ここにメスを入れない限り無くなることはないですね。まあ労働弁護士の皆さんも本気で過労死を根絶する気はさらさらないみたいですが。
要するに、終身雇用というと一見すると従業員目線の優しい制度に聞こえるかもしれませんが、その実現のために賃金抑制したり残業や転勤でコスト負担しているのは、従業員自身ということです。
では本題。そういう視点に立ったうえで、政府がこういうこと言い出したらどうでしょうか。
「少子化対策の一環として育休制度を拡充するから。あと体裁が悪いんで、日本の男性も他国ばりに育休取得すべき。というわけで全部現場の負担でなんとかしたまえ」
で、ただでさえ人手が足りずに残業で回してる職場で、誰かが突然「政府からお墨付きをもらったので育休取りますね」とか言い出すわけですよ。
そりゃ勘弁してほしいと思うのが人情ってものでしょう。
逆に言うと、90年代までのノリで「総合職採用は男性限定!女子は一般職採用のみで結婚か妊娠のタイミングで退職!」ってやってた時の方が(是非はともかくとして)筋は通ってたわけです。
実際、職場内で“子持ち様”みたいな批判は全然聞いたことなかったですし。
とはいえグローバル化の時代、それはどう考えても不可能なのは明らかでしょう。だったらできるだけ早い段階、遅くとも男女雇用機会均等法が改正され処遇に格差をつけることが禁止された99年の段階で、日本型雇用そのものの見直しに着手すべきでしたね。
氷河期でめちゃくちゃ人も余っていたわけで「解雇しやすくするから、人手が足りないならどんどん新規採用しなさい」くらいはやっておくべきでしたね。
「どっちみちクビになるんじゃないか」って人もいるかもですが、手に職をつけられる機会があるだけマシじゃないですか。そういう機会がまったく無いまま50歳前後になってしまったのが氷河期世代の悲劇なわけで。
あと、どんどん人が採用されるようになるから、過労死も無くせたんじゃないですかね。企業だって従業員をぶっ倒れるまで働かせたいなんて考えてはいなくて、いつでも解雇できるなら新規に採用する方を選ぶでしょう。
というわけで、もっと早くやるべきことをやっていれば21世紀の今「子持ち様批判」なんて不毛なバトルは発生しなかったし、日本の現在の姿もだいぶ違ったものになっていた気がします。
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以降、
- 日本型雇用の特殊性を理解していない人たちの語る世にも奇妙な物語
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編集部より:この記事は城繁幸氏のブログ「Joe’sLabo」2024年5月9日の記事より転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はJoe’s Laboをご覧ください。