自民党の総裁選挙は、まるで、歌手グループの人気投票のような感を呈している。実体のないキャッチコピーで、この国が立ち直ることができるのか不安が募るばかりだ。
茂木幹事長の防衛増税をしない方針に対して、現政権の決めた防衛費増の方針に反すると批判する声が飛び交っている。しかし、増税はしないと言ってはいるものの、防衛費を抑制するとは一言も言っていない。経済がよくなれば税収が増えるので、増税しなくていいと真っ当なことを言っているだけだ。メディアも揚げ足取りの低レベルだ。
また、ベンチャーを支援すれば経済が活性化されるので、ベンチャー支援をという候補者が多いが、本質的な問題点を理解せずに、税金を垂れ流しを続けるのかと愕然とする。金さえ出せばベンチャーが育つという、間違った考えを糾す必要がある。
科学力の低下が起こっている部分と通ずるが、利権にまみれた腐った評価制度を根底から改めない限り、この国は立ち直ることができない。コロナワクチン開発の失敗から何を学んだのかと問いたい。
今頃、AIの研究者を増やすことが議論されているが、いつも言っているように、ゲームセットしてからバットを振っても逆転できるはずなどないのだ。現状を把握して、10年後の逆転できるための戦略が必要であり、足りないものを追いかけているだけでは、差は開くばかりなのだ。これも過去数十年の失敗から何も学んでいないことが歴然としている。
と愚痴っていても何も変わらないだろうから、科学的な話題を一つ紹介する。Nature Medicine誌のNews &Views欄に「Tracking non-relapse mortality after CAR T cell therapy」(CAR-T細胞療法後の再発死以外の死亡原因)という記事が出ている(8月30日オンライン)。
B細胞系の白血病やリンパ腫に驚異的な有効率を示したCAR-T 細胞療法であるが、前に紹介したようにこの治療法はがん細胞特異的ではなく、B細胞特異的な治療法である。正常なB細胞を含め、B細胞を狙い撃ちにするため、患者さんによってはB細胞がすべて消滅してしまうし、多くの場合、B細胞が極端に低下する。
B細胞には抗体を作る細胞が含まれているので、抗体を作る免疫が低下したり、無くなっても影響がないのかと疑問視されたが、結果的には決定的な問題は起こっていない。しかし、再発によって死亡した患者を除く、非再発患者の死亡原因をまとめたのが、このNews欄の記事だ。7000名以上のデータで、元の原因疾患によって多少異なるが(追跡期間が不明なので評価は難しい)、4-15%の患者さんが再発以外の要因で亡くなっている。
抗体産生能力の低下から容易に推測されることだが、そのうち約半数の50.9%が感染症で亡くなっている。次いで2次がん(7.8%)(別の種類のがん)、心血管・呼吸器疾患(7.3%)と続く。CAR-T細胞療法の前に多くの化学療法などの治療を受けているので、CAR-T細胞療法と直接関連づけるのは難しいが、もっと早期の段階でCAR-T細胞療法で治療すれば、これらの割合は変わって来るかもしれない。
理解して欲しいことは、CAR-T細胞療法は数十年による努力に積み重ねで成功したものであることだ。このようなイノベーションを生むためには、まともな評価と息の長い支援が必要だ。
総裁選候補者には、是非、科学を理解して、科学をどのように支えるべきなのか、日本からイノベーションが生まれない理由は何なのか、しっかり勉強して欲しいと願っている。
編集部より:この記事は、医学者、中村祐輔氏のブログ「中村祐輔のこれでいいのか日本の医療」2024年9月8日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方は、こちらをご覧ください。