新・中野サンプラザ再開発ストップの衝撃:中野区政に与えるインパクト

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9月25日、朝日新聞が「中野サンプラザ跡61階ビル、完成延期に 建設費900億円上ぶれか」の記事を掲載した。

区によると跡地に建設が予定されているのは地上61階、高さ約250メートルの複合施設「NAKANOサンプラザシティ(仮称)」。高層棟にはオフィスや住宅、展望施設が設けられる。隣接する低層棟には、収容人員7千人規模の大ホールやホテルなどが入る予定だ。子どもの遊び場や会議室も整備する。区は、この再開発の事業費を2639億円と見込んでいた。

ところが、区関係者によると9月上旬、施工者の野村不動産が人件費の高騰や物価高を理由に「工事費が900億円超増える」と伝えてきた。工事を請け負う清水建設が増額した見積もりを、野村不動産に出してきたという。

NAKANOサンプラザシティ(以後、新サンプラザ)の延期は中野区関係者において衝撃的なニュースである。著者は中野区議会議員として10年間、中野区内における議論に関わっており、今回の事態について時系列でご説明させていただく。

図1 新サンプラザイメージパース

中野区は従前資産評価額663億円と鑑定された中野サンプラザ・旧中野区役所の土地建物を活用して、施工予定者が新サンプラザを建設するスキームとしていた。

中野区と施工予定者は権利調整の中で、区は①新サンプラザの権利床263億円、②令和6年度中の転出補償金400億円収受の予定としていた。その400億円の転出補償金は今年2024年5月に開設した新庁舎の借金116億円の返済、今後の学校・センターなどの区有施設・まちづくりなどの整備に向けた預金を予定した。

しかしその計画がゼロベースになる可能性も示唆されており、中野区政の展望は真っ暗となった。中野区がこの状況に至るまでに何をしていたのか疑義が残る。

図2 新旧中野区庁舎・中野サンプラザ等の配置図

中野区議会がこの事態を公の場で知ったのは、9月19日中野区議会決算特別委員会(総括質疑)の小林ぜんいち議員の質疑に対する答弁である。その後、私が所属する自由民主党会派議員らの質疑において今回のトラブルの全容が見えてきたので、これまでの経緯と合わせて、説明する。

1. 中野区が中野サンプラザを取得するまで

(※ 話は20年前に遡るため、直近の事態のみを知りたい方は「3. 施工予定者決定後の流れ」へ)

詳細は「なぜ中野サンプラザを建て替える必要があるか?」に任せるが、概要としては以下となる。

  • 1973年、中野サンプラザ(当時正式名称:全国勤労青少年会館)は雇用促進事業団(旧労働省所管)の勤労者福祉施設として建設された。(関連:中野区の秘史2〜田中角栄と中野サンプラザ〜
  • 2002年、特殊法人等のあり方が問われる世相で、独立行政法人雇用・能力開発機構が所有していた同施設の区への譲渡についての打診。交渉の結果、当時の中野サンプラザ土地・建物の評価額の半額の約53億円で譲渡されることに。条件として①取得後、10年間の公共性のある運営の継続②中野サンプラザ勤務職員の雇用継続。
  • 2004年、区の貯金は底をついていたため地元民間企業等のグループと所有会社を作り、中野サンプラザの経営権取得。
  • 紆余曲折があり、のちに中野区が所有会社の100%の株を取得し、完全主導の運営となる。

2. 中野サンプラザ・中野区役所地区の再開発計画策定まで

同計画の基本計画の策定までについては中野区HP「中野駅新北口駅前エリア(区役所・サンプラザ地区)再整備について」にまとまっている。

中野サンプラザの経営権取得4年後の2008年にサンプラザ地区のまちづくり整備方針が決まった。内容は中野サンプラザ・旧中野区役所エリア一帯でまちづくりを進めるというものであった。中野サンプラザ取得の際に最低10年間の運営の条件はこのことを踏まえてのものである。中野サンプラザは区民の関心事項であり、度々、選挙の争点となり、その度に事業進捗が滞る。

  • 2008年10月 サンプラザ地区に係るまちづくり整備の方針が区議会で議決
  • 2011年3月 区役所・サンプラザ地区再整備の基本的方向策定
  • 2015年6月 区役所・サンプラザ地区再整備基本構想策定
  • 2017年5月 区役所・サンプラザ地区再整備実施方針策定
  • 2018年3月 中野四丁目新北口地区まちづくり方針策定
  • 2018年6月10日 中野区長選挙(中野サンプラザの今後のあり方が争点)
  • 2018年6月15日 酒井直人区長記者会見において、区役所・サンプラザ地区の再開発構想は検証委員会を設立し、「今のサンプラザを建て替える、建て替えないを含めて、かつ1万人アリーナ全体について考えてもらえればいい」と発言。
  • 2018年9月11日 中野区議会本会議において、区長より再整備の方針が打ち出される。
  • 2020年1月 中野駅新北口駅前エリア再整備事業計画策定

2020年に策定された中野駅新北口駅前エリア再整備事業計画において、事業スケジュールは下図を想定した。

図3 2020年1月における新サンプラザの想定スケジュール

 

3. 施工予定者決定後の流れ

コンペを経て、2021年3月に市街地再開発事業の施工予定者(代表事業者:野村不動産株式会社、共同事業者:東急不動産株式会社、住友商事株式会社、ヒューリック株式会社、東日本旅客鉄道株式会社)が決定した。

その後、事業計画を策定に向けて調整が進み中、施工予定者から容積率900%を1000%に変更する要望があった。施工予定者選定する上での条件が900%であったことから、コンペの妥当性について疑義が生じた。

また当初の設計案では新サンプラザのレジデンスもしくはオフィス関係者でなければ、5階程度高さまでフロアにしか入れないことがわかり、自民党会派としては容積率アップの条件として、最上階に誰でも入れる展望施設を入れるべきだと提案した。その後、事業収支の計算などに時間を要し、当プロジェクトに関係する議案が2024年3月に議決した。

その時点での事業概要は2024年1月29日中野区議会中野駅周辺整備・西武新宿線沿線まちづくり調査特別委員会資料「中野駅新北口駅前エリアの市街地再開発事業に係る事業計画(案)及び資産の活用について」で示されている。

どういった特徴の施設であるかはもちろん重要であるが、本稿では事業収支に問題が生じたところに焦点を当てているために割愛させていただく。

下図に示ように事業収支案は、提案時2021年3月約1810億円、2022年12月約2250億円、2024年1月約2639億円と事業採算性を高めるための容積率増加、物価高騰等の社会情勢を要因として上昇していた。上述の2024年3月の中野区議会で議決がかかった議案説明においては最後の金額から大きく変わることはない見込みだと説明があった。

中野区議会はいろいろと不安を抱えるプロジェクトに対して、委員会の日程を増やし、様々な議論をさせていただいた。少なからず私が所属する会派は、事業進捗の足を引っ張ることが最大のリスクにつながると判断し、賛成をさせていただいた。

図4 新サンプラザプロジェクトの事業収支案の変遷

図5 新サンプラザプロジェクトの事業収支案(図6現時点の拡大)

その1か月後、2024年4月25日中野区議会総務委員会において「中野駅新北口駅前エリアの市街地再開発事業の検討状況について」が報告された。施工予定者の一者であったヒューリック株式会社が事業から撤退するという衝撃的なニュースであった。他者で穴埋めができるという報告であった。今思えば、何か崩れ始める音がしていたのかもしれない。

そして2024年7月上旬に東京都に事業認可申請を行った。承認が得られれば事業が開始され、権利変換による転出補償金の収受、中野サンプラザ解体などと進んでいくだけであった。

しかし冒頭に説明した通り9月19日に中野区議会で事業費が2693億円から900億円以上が増加し、事業が停滞するという事実が明るみになった。得られるはずであった400億円の転出補償金は少なからず今年度には収受できない。そして事業もゼロベースの可能性が示唆された。

4. 中野区にあたえるインパクト

中野区の予算は令和5年度決算ベースでいうと約2000億円、単年度収支ではマイナスとなり、余力があるわけではなく、貯金は799億円、借金は360億円で実質の貯金は439億円という財政状況である。ちなみに23区平均の貯金は1136億円、借金は211億円で実質の貯金は925億円である。

もし新サンプラザプロジェクトがご破算になった場合、衝撃は転出補償金だけではなく、以下のことが想定される。

  • 転出補償金400億円がなければ、新区役所の建設費用のために借金した116億円の返済が滞ると年1億円程度の追加利払いが発生する可能性がある。また残りを貯金し、今後の学校建設・区民活動センター等の整備費用に充てる計画が崩れる。
  • 中野サンプラザを管理所有する株式会社まちづくり中野21(同社の株は中野区が100%所有)は、現在40億円の借金をしており、借入金利子や固定資産税等で毎月3,000万円程度の経費が必要で、施工事業者へ早期の受け渡しできなければ、補填し続ける必要がある。
  • 旧中野区役所庁舎の閉鎖管理に伴う維持管理経費等による負担増。
  • 中野駅新北口から新サンプラザへつながるはずの駅前広場の接続先がなくなる。
  • 中野駅新北口駅前に完成予定のバスターミナル、タクシープールにつながる地下道路は新サンプラザの下を通す予定であったために大きな計画の変更が求められる。

図6 予定されている周辺施設整備(サンプラザは現存のもの)

負担はすべて大切な税金、現・中野サンプラザが空き家となって残り続けることで、恐ろしい事態となる。

5. 残る中野区・施工予定者に対する疑問・疑義

ここまでの事態になるまで中野区は何をしてきたのだろうか。物価高騰等の社会情勢の変化を鑑みれば、迅速に事業を推進すべきであったが、マネジメントに失敗、図3に示す当初スケジュールから大きく遅れてしまった。施工事業者に確認をしてきたとの回答だが、どこまでできていたのか疑義がある。

直近の動きで区が持つ情報としては、施工事業者は2024年7月上旬に2636億円で東京都に事業認可申請をした、8月下旬に清水建設から野村不動産に900億円増額した見積もりが提出された。野村不動産は中野区にその件を報告、中野区は精査をするように要望、9月13日に「今年度の着工は難しい」と回答、9月19日に議会で判明した。

清水建設は2024年3月の決算で創業以来初の営業赤字になったとの報告があった。その原因に麻布台ヒルズがあったとのことである。

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この事態に中野区が議決を求める前にその件を含めた協議ができていたのか。また7月上旬から2か月もたたない8月下旬に見積金額が900億円も上昇するとは考え難い。ヒューリックが4月上旬の時点で辞退したのはそのあたりの情報があったのではないか、疑念がぬぐえない。

中野区はこれまでの監督不行き届きを猛省し、この状況を最少失点で乗り切るための努力が求められている。