オーストリア国民議会選挙(下院、定数183議席)で初めて第1党になった極右政党「自由党」は大喜びだったが、時間の経過と共にその喜びにも影が差してきた。民主主義国では、選挙で第1党となった場合、政権を担当するケースが多い。「極右政党」という看板を背負っている自由党の場合、第1党即「政権」担当というわけにはいかない。オーストリアだけではない。隣国ドイツでも極右「ドイツのための選択肢」(AfD)がテューリンゲン州議会選挙で第1党となったが、政権組閣という声はどこからもかからない。他の政党が極右政党との連立を拒否しているからだ。
キックル党首の「自由党」の場合、ザルツブルク州、オーバーエスターライヒ州、そしてニーダーエスターライヒ州の3州議会では国民党のジュニア・パートナーとして政権入りしていること、連邦レベルでも2000年、選挙で第2党だったが、第3党の国民党に首相ポストを与えて第2・3党から成るシュッセル政権を発足させてきた経験があるから、2013年2月に創設された新党AfDとは少々異なる。
選挙後、大統領府で選挙で議席を獲得した政党代表がファン・デア・ベレン大統領と個別会談したばかりだ。キックル党首は今月3日、第1党として最初に招かれて大統領と今後の政権について話し合った。そして7日午前、第2党の国民党の党首、ネハンマー首相が、同日午後は第3党の社会民主党のバブラー党首がそれぞれ招かれ、8日には第4党のリベラル政党「ネオス」のベアテ・マインル=ライジンガ―党首、最後に「緑の党」党首のコーグラー副首相がそれぞれ個別で大統領と会見し、今後の政権工作で意見を交換した。
大統領との会見後、キックル党首は「会談はいい雰囲気で行われた」と話し、大統領府を後にした。自由党が嫌いな「緑の党」出身のファン・デア・ベレン大統領から政権担当の要請はなかったが、門前払いといった事もなく、選挙で第1党となった政党への配慮があったことを匂わせていた。
さて、選挙から2週間余りが経過したが、オーストリアの新政権はいつ発足するだろうか。同国の政治学者は「クリスマス前には新政権が発足するのではないか」と予想している。
議席を獲得した政党は自由党、国民党、社民党、ネオス、「緑の党」の5党だ。その5党が議会の過半数を有する安定政権を目指して組閣工作を始めるが、舞台裏で既に始まっている。自由党を除いた4党は第1党の自由党と連立政権を組む考えはない。自由党一党でも過半数には届かない。一方、国民党のネハンマー首相は8日、社民党のバブラー党首と非公式の会談をしている。国民党と社民党の2党では議会の過半数にはぎりぎり届くが、不安定だ。どうしてもネオスか「緑の党」を加えた3党連立政権の発足を目指すことになる。現時点では最も現実的なシナリオと受け取られている。
問題がある。政治信条が異なる政党同士が「極右政党に政権を与えない」という大義のもとで政権を組閣し、議会で過半数を占められたとしても、安定政権とはなりにくいという現実がある。例えば、富裕税など増税を主張する社民党に対し、国民党とネオスは増税に強く反対している。移民政策でも国民党と社民党では異なる。3党連立政権が発足したとしても安定政権からはほど遠い。
政治信条からいえば、自由党と保守派政党「国民党」は近い。両党は過去、連立政権を組んだことがある。州レベルで3州で政権を組んでいる。だから、自由党と国民党が連立を組んだ場合、過半数は十分とれ、議席数からも安定政権となる。問題は第2党の国民党だ。ネハンマー首相は選挙戦からキックル党首の自由党とは政権を組まないと表明してきたため、公約を破って自由党と組閣すれば、有権者から強い反対を受けることになる。
それでは自由党と国民党の2党連立政権は無理かといえば、一つだけ可能性がある。ネハンマー首相は「問題はキックル党首だ」と言ってきた。そのキックル党首が新政権に入らないならば、ひょっとしたら連立の可能性が出てくるかもしれない。それに対し、キックル党首は「自分は国民首相になる」と宣言し、自由党外し、キックル党首外しを牽制している。キックル党首を支えているのは「有権者140万人が自由党に投票した」という事実だ。民主的選挙で第1党となった政党外しは非民主的だというわけだ(「極右『自由党』は何を考えているか」2024年9月1日参考)
極右を排除するという理由で、政治信条が異なる同士が結集して連立政権を発足させる。時間の経過とともに、その連立政権は政権内で政策の相違から対立を繰り返す。ドイツのショルツ政権をみれば良くわかる。ショルツ政権は社会民主党、「緑の党」、それにリベラルな政党「自由民主党」の3党から構成されている。ドイツの政界では3党連立政権は初のケースだった。政権発足後3年目が終わろうとしているが、世論調査によるとショルツ政権を支持している国民は30%前後だ。過半数以上の国民は現連立政権の政治に不満を感じているのだ。
同じことが隣国オーストリアでも生じようとしている。極右党外しで発足する新政権は政治信条ばかりか、その政党を支持した有権者も異なっている。政権維持だけが目的となり、必要な国の抜本的な改革は実施できない。
それでは第1党となった極右政党に政権を担当させ、その政治手腕をチェック、必要となれば他の4党が結束して極右主導政権に対して不信任案を提出して、退陣を要求する。極右政党に票を投じた有権者にとってはそれが最も公平かもしれない。なお、キックル党首は7日、国民に向けて「民主主義、法の支配、そしてオーストリア国民に対する自由党の立場」を発表している。
同国では今月13日、フォアアールベルク州、11月24日にはシュタイアーマルク州の州議会選が実施される。ここでも自由党の躍進が予想されている。
「極右党との連立はあり得るか」・・右傾化する欧州の政界でオーストリア国民はその問いに対して答えを強いられてきた。
編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2024年10月10日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。